第34話

「テール!?」


 ぶち破るように開けた扉から玄関に転がり込む。

 そこに君の靴がそろえられているのを見止めると、僕はせき込みそうになりながらも、猛然もうぜんと床を駆けた。


 リビングの横、開けっぱなしの寝室の扉から、ほのかに明かりが漏れている。


「テール!! ――――うわっ!」


 駆け込むとなぜか布団が敷かれていたらしく、勢い余ってつまずいてしまう。

 枕の両サイドに手を突いて、すんでのところで激突をまぬがれたそこに、ツインテールの君がいた。

 泣きはらした真っ赤な瞳で、僕の布団から顔を出している。


 何度も何度もつっかえて、むせ返りそうになりながらも、僕は〝自分に〟言い聞かせるように叫んだ。

「テール、……君が好きだ。……だから、だからどこにもいかないでくれ」


 瞳から垂れたなにかが、テールのほほを濡らす。


「俺、働くから。仕事探して、就職するから。だから、だからその時は、


 ――結婚してくれないか?」


 ほほを濡らしたなにかが、テールの真っ赤な瞳からあふれたそれと重なり、音もなく流れていく。

 君はうなずくでもなく、首をふるでもなく、いじけたようにそっぽをむいて、消え入りそうなか細い声で言う。


「今じゃなきゃ……」

「え?」


 次の瞬間君は僕を正面から見つめ返すと、口をいっぱいに開けて叫んだ。


「――――今じゃなきゃ、やだっ!!」


 今度こそはっきりと届いた。

 冷え切った汗だくの手が、しびれたようにぴりぴりと震える。

 両の拳を握りしめ、僕は震えを悟られないよう、ゆっくりと君を見つめ返す。


「わかった」


 そのまま、どちらからともなく僕らは、そっと唇を重ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る