第2話 出会い

刈谷恵介との出会いは、2年前にさかのぼる。私は当時小学6年生だった。

その年の春、刈谷恵介は、転校生として私のクラスである6年2組にやってきた。

新学年の4月、朝礼台に立たされた彼は、6年生にしては少し小柄で、でもすっきりとした整った顔立ちで、クラスの女子たちは色めきだっていた。


「えーっ、刈谷くん、かっこいいかも。」


「ねー。私もそう思った!」


弾むような女子たちの声が、朝会の終わったばかりの教室のあちこちから聞こえていた。


当時、私は可愛い物が大好きだった。色ならピンクが好きで、洋服はスカートかワンピース。靴下も白いレースや可愛いキャラクターのついた物ばかりを身に着けていた。というのも、キャピタルファイブのカオルンにあこがれていたからだ。キャピタル5は、女子高生だけで編成された超人気アイドルで、可愛いだけじゃなくて、歌も踊りも一流だった。特に好きだったセンターのカオルンは、いつもピンクの洋服や小物を身に着けていたから、私は少しでも近づきたくて、何を選ぶにもカオルンをお手本にしていた。彼女達が出るテレビ番組はもちろん、SNSもチェックして、昼休みには友達と一緒にいつもカオルンの真似をして歌ったり踊ったりしていた。学校に提出した“将来の夢”というタイトルの作文には、“アイドルになる”と堂々と書いていた。当時の私は、「がんばれば、夢はかなう」と信じていたし、仲良しだった美咲ちゃんも桜ちゃんも、


「あさこちゃんなら、絶対になれるよ~。踊りも歌も一番上手だし、すっごく可愛いもん!」


っていつも言ってくれたから、素直な私はそのまんま受け止めていた。


その日、私の班は教室掃除の担当だった。あいにく同じ班の美咲ちゃんも郡司君も季節外れのインフルエンザで休んでいて、刈谷君と二人きりで教室を掃除しなければならなかった。私は刈谷君に言った。


「二人だけで掃除なんて、ついてないね。」


「……。」


刈谷君は、何も言わなかった。返事を期待していたわけではないけれど、勇気をふり絞って話しかけた一言だったから、何だか自分だけが浮かれているみだいで恥ずかしくて、箒をわざと大きく動かして刈谷君から少し離れた。


刈谷君は、転校してきた時からクラスの男子とは一味違っていた。バカな事ばっかり言って群れてる他の男子とは、一線をひいているみたいだった。気が付くと図書室にいて、一人で難しそうな本を読んでた。


(すてきだな。あんな風になりたいな)


私は、そんな刈谷君をひそかに尊敬していた。小学生だった私は、とにかく友達の輪に入っていないと安心できなくて、みんながいいという物に、「いいよねー」と考えないで言っちゃうところがあった。

みんなにに嫌われて、一人になりたくなかったのだ。

でも、そういう自分って、なんだかやだな。そんな事をよく考えていたから、“孤高の刈谷君”は、私のあこがれだったのだ。


それに、刈谷君はとてつもなく綺麗な顔をしていた。少し長めの前髪の奥に切れ長の目、少し大きめの口はいつもきゅっと結ばれている。


(あの口が大笑いするところ、見てみたいな。)


そんな風に、私は刈谷君をいつもそっと見ていたのだ。


私は黙々と箒で床をはき続け、刈谷君は淡々と黒板を消し、黒板けしをクリーナーにかけた。机を二人で元の位置に戻し、掃除が無事に終わった。二人とも一言も喋らなかったから、たった二人で掃除した割に、いつもより早く終わった。


(結局、一言も話せなかったな。)


私は心の中で小さく溜息をつき、手を洗いに行くために教室を出ようとした。すると、刈谷君がずんずんと私に向かって歩いてきて、突然言ったのだ。


「岡山さんって、将来アイドルになりたいって、本当?」


真っすぐな刈谷君の目が、私の目を見てる。私は至近距離の刈谷君に、耳がどんどん熱くなるのを感じながらも、何とか答えた。


「う、うん。」


すると、彼は言ったのだ。


「やめた方が、いいと思うけどな。」


一瞬の


(え?)


今まで一度も話したことのない、あこがれの刈谷君の突然の一言に、私は割とまぬけな顔をしていたと思う。


「なんで?」


とりあえず、率直に聞いてみた。そんな私に、刈谷君は言いはなったのだ。


「だって…アイドルって、かわいくなきゃなれないんだよ。」

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