第11話 死相
「ゴホッ、気にするな。少し気分が、悪いだけだ」
明らかに顔色が良くないリンダージ公爵の言葉に俺は黙らざるを得なかった。
蒼白な顔にしては鋭い眼光、これ以上自分の事を話すなら出て行くと言わんばかりの態度に何を言えようか。
「…………公爵、この度は問題を起こし申し訳ございません。全て私の責任です」
「ボロトーのせがれよ、まだ家も継いでない貴様が言うことではない。アレの暴走は、ゴホッ、誰も予期してはおらんかった」
「ですが、決闘騒ぎまで起こして、今思い返せば第三王子を殴打するなど」
まだ新しい体になって興奮してたせいか、ようやく冷静になって自分がしでかした事に悪寒が走る。
何やってんだ俺、馬鹿でも王族だぞ相手は。死力の一撃でステッキを魔力を込めて振り切ったのだから相当なダメージになる筈だ。
死んでないよな?決闘といえど流石に王族殺しまで言ってないよな?
「安心しろ、ゴホッ!王族らしく生きてる…………品性以外はな」
嫌なものを見たかのように公爵は咳き込みながらも俺の表情を見ながら答えてくれた。
こう言う大貴族、俺の父上もそうだが家族に対してもあまり感情的な表情を見せることは少ない。
何を考えているかまでは読めないが、目が覚めた後の馬鹿の醜態を見たのではないだろうか。
「お前にも聞かせてやりたかったぞ。あの垂れ流した妄言を」
「戯れを…………」
聞きたくもないぞ王族が垂れ流す妄言なんて!
思っていた展開とは違うな。少なくとも何らかの利があって俺のところに見舞いに来ただろうが、逆に俺が見舞いに行かなければならないほどリンダージ公爵の体調も悪そうだ。
どうしてこうも厄介ごとが増えるんだ?
公爵が体調を崩しているなんて聞いてないし、相当秘匿していたはずだ。
「それで公爵、時間も貴重です。今後のことについて話しましょう」
「…………それでいい。この後始末について話だ」
年老いて、病に冒されようと公爵の眼光は鋭い。
俺も侯爵を継ぐために勉強はしている、つもりだが現場は全く違う。
例えどのような力を得ようとも、精神的に圧倒的されるほどの格上相手は緊張する。
「ボロトーのせがれ、公爵候補の若造よ。あの場にしゃしゃり出る必要はなかった。あのまま、ゴホッ!静観していれば貴様の妹は王家に嫁ぎ蜜を得るべきだった。ゴホッ、何か成すにしても、余計な騒動は起こさないべきだった」
「その後のしわ寄せを考えると身震いがします。まして、歳が近い者たちが集まる場であのようなことをされて麻薬のような快楽に溺れるようなリスクを取りたくないだけです」
「後始末だが、ゴホゴホッ!ここまでしたのだ。貴様はこちら側につかなければ、ゴホッ、どうなるか分かっているだろうな」
鋭い視線が俺の身体を突き刺す。
どうあがいても、既に相手の盤上に乗ってしまったのだから逆らう余地もない。
リンダージ公爵家は元々貴族派閥寄りの第一王子派だったのだが、数年前に不慮の事故により第一王子が亡くなられたことで派閥を変えざるを得なくなった。
その時に目をつけたのが第三王子、王位継承権が一つ繰り上がったことで既にある程度の地盤を固めた第二王子よりも付け入る隙があったからこそ取り入れることが出来た。
その派閥内で地盤を固めるために娘と婚約をしたはずがこの様。
本来であるならば王家に抗議を入れて完全に貴族派閥へ移行する機会ではあったが俺という横槍が入ったせいで、しかも命がけになってしまったことで話が余計に面倒になってしまっていた。
ボロトー侯爵は中立寄り、悪い言い方をすれば日和見主義だ。
どっちつかずと言いながら貴族として何たるかを注意するような立ち位置であるため、大体の陣営に対して厄介者扱いされている。
それがどこかの陣営に入ったとなれば風向きも大きく変わる。
特に俺がアララ様を庇った上で第三王子と決闘をした時点でどこに肩入れするかなんて決まったものだ。
だが、それよりもリンダージ公爵の体調だ。
貴族派の旗印になるはずの人物が病気でいつ亡くなるか分からないなど一部しか知らない筈だ。
「もしや、お身体を患ったせいで焦って…………」
「若造、それ以上は言うな」
広めたらタダでは済まないと目で語る。
「私とて長く生きてられるとは思ってはおらん。家督もいずれ次男に継がせてアララを嫁として出すまではな」
「私からは私以上の立場の方を紹介できませんよ…………」
「そこに期待はしとらん。だが、貴様に仕事を頼むだけだ」
「…………何をすればいいでしょうか?」
厄介ごとなのは間違いない。これも俺が蒔いた種、リンダージ公爵が受け皿になってくれる信じてやるしかない。
「貴様の過度な勤勉さは噂でも聞く。それ故に青臭い子供は辟易して厄介者としているのもな。故に、今回の件でもっと取り締まりや規律を強化しろ。学園の方には私が手を回す」
なるほど、本来ならアララ様が第三王子に実質的な婚約破棄を受けたため悪評が広められるのは間違いない。
卒業が近くなってきたとはいえ俺は一応は現役の学生、命のやり取りを多少やっているとはいえど辛うじて同年代の集団を率いる者ではある。
しいて言うならやることをいつもより強化して、なおかつ悪辣に接して俺の悪評で塗り替えろという事だ。
一応だがアララ様もおなじ学園に通う身ではいらっしゃるが、高貴ゆえに男が接することは少ないが女性同士での友好は相当深い。
だが、ニーニェから偶に聞く愚痴から女の園は美しく咲き誇っているように見えて根の下では栄養を奪い合うような醜い戦いがあると聞いたことがある。
大人しいニーニェが若干苦い顔をして珍しく毒を吐くほどなのだから男としてもあまり考えたくない魔窟なのだろう。
大衆小説にも後宮が似たようなどろどろとした場であるとされている妄想をしていることもあるが、現実を知っているとあまり関わりたくないと思ったりする。
「分かりました。私にとって悪評など今更なところです。どうせなら皆模範的な貴族になってもらうよう普段より厳しくしてやりますよ」
「ふん、ゴホッ!貴様も身体と夜道には気を付けておけ」
「肝に銘じます」
簡単な指示ではあるが、この程度のやり取りで相手の心を読めと言わんばかりにリンダージ公爵は部屋から出て行った。
やっと緊張から解放されたと思いはああ、とため息をつける。
例え負の力を得たとしても、四六時中怨念が飛んで来ようとも怖いものは怖いし、のしかかる責任だって重い。
力ある者はそれ相応のふるまいを。今の俺では明らかに重すぎるモノと他人の未来を背負うという責任は思っている以上に来るものがある。
そう思いながらも再びベッドに横になり、ニーニェが戻って来るまで今後のことについて考えることしかできなかった。
悪役貴族っぽいんだけどパラレルワールドの俺と繋がったら悪役どころじゃない 蓮太郎 @hastar0
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