第4話 有害

飯を食べる。

それは生き物にとっては必須のことだ。

彼もそれは分かっていた。

だから、逃げなければならないとは思っていても、彼はそこから逃げられなかった…―。


アーダムはご飯を咀嚼する。

女が匙で食べさせてくれるからだ。

「どう?カイン、美味しい?」

(まあまあだな。)

アーダムはそこそこの評価をする。

彼にとって“まあまあ”とは、それなりに美味しいということだ。

女はアーダムが返事しないのも気にせず、続けて食事を与え続ける。


食事が終わった彼は、女に対して(去れ。)と願った。

早々にベッドに横になり、女に背を向けて布団を被る。

女はそれを困ったように見つめた。

が、

「それじゃ、ゆっくり休んでね。」

と言って大人しく去って行った。

(ふん、誰が心など開くものか。)

アーダムはひねくれている。

(…さて、)

彼にはしたいことがあった。

まずは自身の魔力量のチェックだ。

この世界にも学校はあり、その入学時に簡単に魔力量を調べられる方法を使うのである(勿論、その後本格的に調)。

その方法とは簡単だ。

ある呪文を唱えるだけである。

「アレムゥ=ヴォウ(ォ)レ。」

アーダムが呪文を唱えると、彼の手の平から小さな火の玉が出てきた。

その火は青く燃えている。

魔力量をチェックする方法とは、単純にこの火がどれだけの間点き続けているかを見ることだ。

一般的には長くて2, 3時間だが、アーダムが死ぬ前(本当に死んだかは分からないが)には24時間点き続けた。

流石に起きるのが面倒になって寝てしまったが、その時の彼の感覚からすると、まだまだ長時間点けられ続けられたようだ(実際には点け続けてみないと分からないが)。

…とまあ、そんな便利な方法があるので、アーダムも(男女がいない隙に)是非試してみようと思った次第である。

彼はこの時、何も考えていなかった。

火が点くのを見て、

(点いた!!)

となんとなく高揚したのも束の間、

―フッ…。

と、火は簡単に消えてしまった。

(な…っ!?)

アーダムは開いた口が塞がらなかった。

そんな筈はない。

(もう一回…。)

アーダムは再度火を点けた。

今度も小さく火炎音を立てて青い炎が点き、なんとなく彼のテンションは上がる。

が、しかし…、

―フッ…。

と、またしても同じタイミングで消えてしまったのである。

いや、今回は前回よりも少し早かっただろうか?

「馬鹿な!!!」

アーダムは思わず大声を上げてしまった。

「どうしたのカイン!?」

すかさず女が扉を勢いよく開けて入ってくる。

「来るな!!!!」

気が立っていたアーダムは、思わず大声を上げてしまった。

その声に、女の肩がビクッと震える。

アーダムはそんなことなど気にもしない。

(クソッ!!クソッ!!!なんて、そんな筈はない!!!!)

アーダムは現実が認められず、いつの間にベッドの上に立っていたのか(自分でも分からないが)、その上で地団太を踏んでいた。

「ちょっと、何をしてるのカイン!?」

「うるさい触るな!!!」

アーダムは女を突き飛ばした。

女が困惑した表情を浮かべる。

「カイン…?」と小声で呟く女になど目も向けず、アーダムはひたすら「アレムゥ=ヴォウ(ォ)レ。」、「アレムゥ=ヴォウ(ォ)レ。」と呪文を繰り返し続けた。

火が消える速度はどんどん速くなっていく。

その内、火は全く点かなくなって、

「クソッ!!!!!」

とアーダムはベッドに四つん這いになって拳を叩き付けた。

その動作をしてから自分の右手が無いことを思い出して、思わず手首を庇う。

(大丈夫だろうか…?)

無くなっている箇所ところから血が出てやしないだろうか、と恐々右手首の断面を見つめた。

アーダムには、当然だが今まで右手が無くなった経験がない。

「カイン、大丈夫…?」

というか細い声が聞こえてきて、アーダムはようやっと女の方を向いた。

というよりも、女がまだいることに今頃になって気付いたようだ。

(なんだ、まだいたのか。)

という心の声は口にしない。

なんて言おうかとアーダムは考えあぐね、その結果、2人の間には気まずい静寂が生まれてしまった。

「……。」

「……。」

お互いを見つめ合う嫌な時間が続く。

「……あ…。」

最初に口を開いたのはアーダムだった。

気まずさに耐えられず何か喋ろうと口を開いたのだが、

「あ、と…とりあえず、私コレ持ってっちゃうわね!」

とわざと明るい口調で言った(かに見える)女がそそくさと部屋を去って行った。

アーダムの願い通りに。

(…ふん。)

気まずさが抜け切れないアーダムだが、それでも、追いかけるのが癪に障ったので、そのままベッドに横になった。

(このままでは不味いな…。)

何が不味いのかと言うと、アーダムはこれまで魔法の力を頼って生きてきた。

それができないとなると、今後どうやって生きて行けばいいのか分からないのである。

(ひとまず私の魔力を回復させる何か(方法)を模索しなければならない。)

その為には、暫くこの家にいるのが得策かもしれない、とアーダムは思った。

黙っていても食事は出てくるし、大人しくしていれば何ら生活には困らないだろう。

幸いというかなんと言うか、アーダムは(自身の中では)なるべくこの家の住人が気に入るように接してきた(つもりだ)し、現状の打開策が見つかるまではこの家に留まっていても問題ないだろう、と気が変わった。


―その日の夜。

アーダムは一先ず落ち着いていた。

無い右手をと知人の元を頼ろうとしていたが、その前に魔力を回復することにする。

まずは彼自身の魔力を取り戻すことだ。

それができなければ、最悪他人から

世の中には他人の魔力を吸収する(魔法の)呪文がある。

アーダムはそれが何かを忘れてしまったが、(ま、その内思い出すだろう。)と気長に構えていた。

彼は変な所で大らかというか、大雑把なのである。

だが、日頃の行いが悪いからだろうか?

彼の思い通りには動いてくれない。


彼がトイレに行こうと部屋を出た時、

「―…私、あの子のことが理解できない。」

という声が聞こえた。

廊下の先の扉が少し開いている。

そこから光が漏れており、アーダムはそれに引き寄せられるように、ゆっくりと隙間の前に立った。

そして目を覗かせる。

「どうしたんだ、一体?」

「だって、今日もあの子訳の分からない行動を取ってたの。急に地団太を踏んだり怒鳴り散らしてきたり…。」

「それは、まだ記憶が戻らなくて混乱してるんじゃ…。」

「だとしても、明らかに今までのカインと違うじゃない!こんなの信じられない!!」

「ちょ、落ち着けって…。」

男が女の両肩を持って優しく揺すぶる。

それを見てアーダムは、

(あぁ…。この家にはいられないな…。)

などと思ってしまった。

彼にとって、不都合なことがあれば全て魔法で解決してきた。

それはことでも同様である。

もしも他者がアーダムに敵対するような感情を持てば、彼は彼等の心をき直して従順にしてきた。

それが今はできないとなると、アーダムはどうしていいのか分からないのである。

普通であれば、それでも他人との心の距離を縮めようと試みる(もし、この家にいたいのであれば)のだろうが、アーダムからするとそれは至極面倒なことに感じた。

それよりも面倒事からは早めに逃げるに限る。

だからアーダムは、家出の準備をした。

滞在してたったの3日(しかもその内のほとんどは気絶した状態)で。

さよならも言わず、彼はこの家を去った。

この家から金目の物を盗んで。

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