第二十一章
食事を済ませてトニーから洗った皿を受け取り丁寧に拭いて棚に仕舞いながらジェシカは帰りたくない気持ちでいっぱいだった。せっかくレストランの定休日だし、何よりも約十日ぶりにトニーに会えたのだから。しかも、トニーは抱いてくれた。あのことを話してからもトニーは普通に接してくれていて、いつ、こうした関係になるのか期待と不安があったけれども。ジェシカにとって初めてのことで、とても嬉しかった。
でも、遠征してきてトニーきっと疲れているだろうし…帰った方がいいわよね…一緒に居たいけど。ジェシカは、ため息をついた。
「ジェシカ?具合悪いの?それとも、痛む?」
トニーが手を拭きながらジェシカを心配して見つめている。
「違うの、なんでもないわ」
ジェシカは答えるとトニーの傍に行って抱きしめた。トニーもジェシカを抱きしめ返し、髪を撫でた。
「お茶、飲もうか…俺、話したいことあるし」そう言いながらトニーはジェシカを抱きしめながら片手で湯を沸かす準備を始めた。ベルガモットが香るハーブティーにハチミツを入れてソファがある部屋に運びトニーはジェシカをソファに座らせると一旦、部屋を出て行った。
部屋に戻ってきたトニーは片手に何やら持っていた。ジェシカの隣に腰を降ろすと一度深呼吸をした。
「この前、ジェシカは勇気を出して自分がどうなるか解らないって話してくれたよね」
トニーは真っ直ぐにジェシカの青い目を見つめて静かに話した。
ジェシカは無言で頷いた。
「だから、俺も自分のことをジェシカに話しておこうと思って。これは忘れたくて始末しようと思っていたんだけど」トニーは手に持っていた大判の本をジェシカの前に置いた。
リズム 夏の海辺にて~というタイトルの写真集だった。
ジェシカは、その写真集の表紙に作り笑顔で写る8人の美少年達の中にトニーを見出だした。
「あ…」(トニーに何か見覚えがあるような気がしていたの、判ったわ)一声発したジェシカをトニーは見つめた。
「知ってる?」
「詳しくは知らないの。でもクラスメイトが時々教室に雑誌を持ち込んでいて…本当は雑誌とか持ち込み禁止なのよ。でも凄い夢中でリズムって話していて、やっぱりトニーが一番よねって話していたのをチラッと聞いて雑誌とかも一瞬見たことあって…今、これを見て、それを思い出したわ。実は私、会ったことがないハズなのに…なんだかトニーに見覚えがあるような気がしていたの」ジェシカは学校のことを思い出して微笑みながら話した。
トニーは苦笑いした。
「6歳くらいの時にスカウトされてさ。十二歳で1人暮らしを始めたんだ。料理を自分で始めたのも、その頃なんだ。だけどこの世界が俺の性に合わなくて辞めたんだ。あまり良い思い出じゃないし。バンドのメンバーにも話していないんだ」
「良い思い出じゃないなら本当は私にも話したくなかったんじゃない?」写真集の表紙をめくって中を凄く見たかったけどジェシカはトニーの様子を見て断念した。
「ジェシカには話しておこうと思っていたんだ」ジェシカはトニーの手を、そっと握った。
「ありがとう話してくれて。私、誰にも言わないわ」二人は唇を重ね合わせた。
「ね、トニー…」
ジェシカはトニーの肩に頭を乗せ手に自分の手を重ねた。
「うん?」
「疲れてる?私…今日、帰らなくちゃダメ?」睫毛を臥せて囁いた。
「イヤ、ぜんぜん疲れてないよ。泊まってくれるのは嬉しいよ。俺、明日の午後にミーティングだけど午前中の早い時間帯は、ゆっくり出来るよ。朝飯、一緒に食べよう…あ、だけどミーティングに行く前にジェイミーと約束しているから十時くらいまでだけど」
ジェシカはトニーの手を握りしめると囁いた。
「嬉しい。帰りたくないの。今夜は一人で居たくない、トニーと一緒に居たいの…私、その…さっき本当に嬉しかったの」
トニーは微笑むとジェシカの手を握り返して額にキスした。
「俺も。スッゲー嬉しかったし、ジェシカと一緒に居たい」
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