第十八章

ブルートパーズの活動が忙しくなっていた。地元はもちろん、近隣の街のライヴハウスに連日連夜、出演し、トニーのヴォーカルが好評でアルバムの売れ行きも良かった。

「ツアーの前身として、近いうちに隣の州に行こうと思うんだけど。みんなが提出してくれたスケジュールと照らし合わせて現在可能な日程とオファーを含め、あちらの会場を今、仮で7ヵ所押さえてもらっている。そろそろ活動に本腰を入れていきたい」

ロバートがミーティングで集まったメンバーの前で話した。

皆で話し合い、隣の州の会場でのライヴが決まった。十日間で7ヶ所、なかなかの過密スケジュールだ。仮で押さえてもらっていた会場は何処もブルートパーズを歓迎していて突然決まったにもかかわらずチケットも即売れていった。

同じ頃、ジョージは予定よりも早く改装工事が終わり、ピアノを搬入することも早めに進められることが決まったので、ダンバー邸とジェシカ、それぞれに連絡をした。

「ジェシカ、新しく住む所とレストランの下見に行こう、明日は大丈夫かね?」というジョージに2つ返事でジェシカは応じた。その日の夕方、ダンバー邸で荷物をまとめ始めていたジェシカの携帯が鳴った。トニーからだった。

「えぇ?来週会えないの?1日も?」

「うん…そのうち大がかりなツアーもするんだけど、とりあえず隣の州で7ヶ所、ライヴすることになって、向こうで泊まるんだ」

「そうなの…でも良いことじゃない。トニーに会えないのは正直凄く寂しいけど…応援しているわ」

「ぁあ…!」トニーが電話口で軽く呻いた。

「どうかしたの?」突然そんな呻くなんて…と、ジェシカが心配になって訊いた。

「違う、イヤ先に言われちゃったから、さ。俺もジェシカに会えないなんて超絶淋しいんだ。出来る限り毎日電話かメールするよ。帰ったら即会おうね」電話の向こうで誰かがトニーを呼んでいる声がした。トニーは電話口を塞いで何か話している。

「ごめん、そろそろ行かないと…」

「待って、トニー1分かからないわ」

「うん?」

「ジョージおじ様のレストランの改装工事が終わったの。ダンバーさんの所から、明後日…引っ越すわ。住所とかはメールするわね」

「解った。新しいところでも頑張って」

「トニーも頑張って」

二人は電話をきった。

翌日、ジョージはジェシカを連れて自分のレストランの下見に来た。

前にジェシカが働いていたレストランよりも、広々としていてテーブルは二十席ほどだった。白い半円型の幕が奥にあった。

「ジェシカ、こっちに来てごらん」

ジョージは一旦ジェシカと店の外に出た。レストランの外観は白い円柱型だった。ジョージは円柱型の建物に沿って歩いた。レストランの裏側とおぼしきところに螺旋階段があり2階へと続いている。階段をあがるとジョージはジェシカに鍵を渡した。

「レストランの2階をジェシカの部屋にしたんだよ。室内からリモコンでも開く鍵も付けた。従業員は別の入り口から3階を使うことになっていて、4階は事務所になっているのと私が帰れない時に寝泊まり出来るようにしたんだ。とりあえず中を見てごらん」

ジェシカが部屋の鍵を開けて入ると、白で統一された室内には、まだ家具は何もなくがらんとしている。いくつかに部屋は分かれていて、バスルームや寝室などをジョージが先に立って案内していく。

「この部屋には小さいながらもピアノを置いたからね練習用に使うといい」ピアノ室の隣の扉を開けると白いドレッサーと、まだ何もかかっていないクロゼットがあった。

「衣装部屋だよ。それから、こちらにも来てごらん」通路の突き当たりに小さなエレベーターがあった。

「一人用だからね、先に降りて待っていてくれ」ジョージはジェシカを先に降ろした。エレベーターを出ると廊下が続いていた。ジョージも降りて来ると廊下の突き当たりのドアを指さして、また別の鍵を手渡した。

「開けてごらん」言われた通りに鍵を開けると先ほどレストランのホールから見た半円型の幕の内側らしいのが見て取れた。

「明日、ピアノが搬入される予定なんだ。ここに置かれる。そしてね、」ジョージはジェシカを手招きした。床にボタンがあった。

「足で押してごらん」

言われた通りにすると半円型の幕は音も微かに左右に開き客席が見渡せた。

「演奏が終わったら、また足で押せば幕は閉じる」

ジェシカは仰天していた。

「ジョージおじ様、凄いわ…なんだかSF映画みたい…こんなに良くして頂いて…本当にありがとうございます!私、私…どう感謝したらいいのか…」ジェシカが半泣きになりながら礼を言った。

「どういたしまして。でも何も気にしないでいいんだよ。エドワードの遺言がなかったとしても同じようにしているよ。ジェシカは私の娘も同然だから」ジョージは微笑んで答えた。


その日の夕方、マリアは涙ぐみながら残っていたジェシカの荷物をまとめるのを手伝っていた。

「寂しくなるわ」

「マリアさん、とても親切にして頂いて…本当に、ありがとうございました。どう感謝してもし尽くせないくらい感謝しています」 

──私なんて他人なのに…まるで妹に接するかのように優しくして頂いたわ。

ジェシカの心を読んだかのようにマリアが口を開いた。

「勝手かもしれないけど…ブルートパーズのメンバーの家族やガールフレンドは家族同然だと私は思っているの。それに、あなたの演奏にも同性でも惚れ惚れしているのよ」

ジェシカは涙ぐんだ。6歳から施設で育ったジェシカには嬉しい言葉だった。

そんなジェシカの肩を優しく抱き寄せると、マリアは言った。

「いつでも遊びに来て。また一緒にお茶を飲んだり食事したりピアノ弾きましょう。ジョージさんのレストランにも行くわね」

ジェシカは頷いた。滞在中、マリアの演奏を聴いたジェシカは、その素晴らしさにマリアをリスペクトしていた。

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