第十四章

レストランの厨房で働いている男達がジェシカの噂をしていた。

「マヂで可愛いよなぁ~!」

「お前、口説くって言ってなかった?」

「話しかけるキッカケがなぁ…イヤ、挨拶しただけでもオレ幸せなんだけど」

「なぁなぁ、処女だと思うか?」

「どうだかなぁ清純そうだけど…意外と何人も男を泣かせてたりして」

ウェイターが食器を下げて持ってきた。

トニーからチップをもらってジェシカにメモを渡したウェイターだった。

「あの子、ブルートパーズのヴォーカリストから口説かれてたよ。僕、この前、メンバーが食事に来た時に頼まれてメモ渡したんだ」

厨房で話していた男達が一斉に黙った。

その中で皿洗いをしていた一人の男は完全に手が止まった。


「その手があったか…」

「なんだぁガッカリだな」

「いや、お前なんで渡すんだよ~」

「なんでってチップはずんでくれたんだ♪」とウェイターが答えた。

「ソイツがメモ渡す前に口説いておくんだったな」

「あの人気バンドの男に口説かれて断る女がいるか?それに男前度で厳しいって」

「イヤ、俺もチップはずんでメモ渡してもらうんだった~」

「タッチの差だな」

「いや、俺もう彼女と同じ空気が吸えるだけでいいや♪」

男達は、ため息混じりに笑い話しながら、それぞれ自分の持ち場に戻って仕事した。

皿洗いをしていた男は食器を洗いながらピアノを弾くジェシカの姿を見て舌舐りした。

「ブルートパーズかよ…」男は呟いた。

この日、トニーはジェシカを迎えに行く約束だったが、バンドのミーティングが長引いてレストランに着くのが少し遅れそうだった為、

「ジェシカ、少し遅れるから店の中で待ってて。店の前に着いたら電話するから」と、ジェシカにメールしたのだが、ジェシカはメールに気付かず、店の外に出ていた。

(トニー遅いわ…そうだ、遅れるとか何かメッセージが来ているかも…)と、自分の携帯を見ようとバッグに目を向けた時に、いきなり乱暴に腕を掴まれた。

驚いて顔を上げると、濃い茶色の長髪で黒い革のライダースジャケットを着た見慣れない男だった。

「よぉ~」ニヤニヤ笑いを浮かべている。

「俺さぁ、ここで皿洗いしているんだ。言わば同僚ってやつ。あんた、ピアノすげぇな」

「それは、知らなかったわ。言わば同僚、なのね。誉めてくれて、ありがとう嬉しいわ…でも、手を放してくれない?痛いから」

男は、それには答えずニヤニヤ笑いながら更に掴んだ手に力を込めた。

あまりの痛みにジェシカは男の手を振りほどこうと試みるも無駄だった。

「痛い…お願い離して!」

なんとか言うも男は更に力を込め、ジェシカは痛みに苦痛の声をあげた。

「いいねぇ!ベッドでも、その声聞かせてよ」

ジェシカは痛みに耐えながら男を睨みつけたが男はニヤッと笑うとジェシカの腕を掴んでいた力を抜いてダンスのパートナーをターンさせるようにジェシカを回転させ背後から抱き寄せて囁いた。

「パーティしようぜ」

男は図々しく背中のファスナーを少し下げると胸に手を入れようとした。

「嫌!やめて!」

ジェシカは抵抗して身を捩り掴まれていない方の手で男の手を掴み胸に入れさせまいとした。

「へっ可愛いねぇ」

男は再びジェシカをターンさせて前に向けると突き放してからみぞおちに拳を突きジェシカを気絶させると抱え込み、自分の車に乗せ発車させた。

「パーティーだよ、パーティー♪」男は呟いた。

トニーが約束した時間より二十分ほど遅れて到着した。

当然、連れ去られたジェシカの姿はなかった。

店の中に居るだろうと携帯に電話した。

呼び出し音が繰り返すだけだった。

トニーは何回も、かけ直してみたがジェシカは電話に出なかった。

どうしたんだろう?1人で帰ったのかな…だけど…店の中で待っていて、と送ったメールの返信は来ていない。

トニーは何か嫌な感じがして、またジェシカに電話をかけた。


「クックックッ…必死だねぇ」

ジェシカを連れ去った男は自分の部屋でビールを飲みながらジェシカのバッグから抜き取った携帯の着信を見て嘲笑った。男は自分が住んでいるアパートにジェシカを連れ込んでいた。二部屋で奥にベッドがあり、ベッドの傍には食事用に使っている小さなテーブルがあった。

他にはクローゼットやCDが数十枚収納している小さな棚がベッドサイドに置いてある。

明かりはベッドサイドのランプだけ。

窓があるがカーテンは付けていなかった。最上階の部屋で周りには同じ高さの建物はなく覗かれることもない。

日中は充分な日射しが差し込む、こじんまりとしている部屋だった。

ジェシカはベッドに寝かされていて足には鎖で繋いで逃げられないようにしてあった。

男はジェシカの目が覚めたら、トニーに場所を伝えて、ここに呼び出しトニーが着く頃を見計らってジェシカを犯してやろうか、それとも、目を覚ました時点で犯して泣きわめく声を電話でトニーに聴かせてやろうか、と色々考えていた。

ヤッている動画を撮ってヤツに送るのもいい。どちらにしても久しぶりに楽しい夜になりそうだ。

妄想して男は一人ほくそ笑み、ベッドで眠っているジェシカを眺めた。ほどなく、ジェシカは目覚めた。

身を起こし、繋がれた鎖に気付いた。

「ここは何処なの?どうして…どうして、こんなことするの?この鎖、外してよ!」

同じ店で働いていると男は言っていたが、会ったのは今日が初めてで見知らぬ部屋に連れ込まれた恐怖に震えながらも男に言った。

「よお~グッスリ寝てたな」

男が声をかけるのと同時にジェシカの携帯が鳴った。

トニーからの着信だった。

「あんたの彼氏、熱心だねぇ。さっきから何回もかけてくる」

男はジェシカに着信中の携帯を放り投げた。

ジェシカは電話を受け取り着信を受けた。

「トニー?」ジェシカが震える声で言いかけるとトニーが答えるより男が素早くジェシカから携帯を取り上げた。

「クックックッ…よお~ブルートパーズの新人ヴォーカリストさんよお。さっきから何回も熱心に電話させて悪いなぁ。彼女、今お目覚めでな」

男はスピーカーに切り替えて話した。

「誰だ?」トニーが困惑した様子で答えた。

「あんたの彼女、俺が預かっている」男はビール瓶の飲み口を指先でつまんでを左右に振って遊びながら答えた。

「どういうことだ?」トニーの声が震える。

「大切な彼女なんだろ、取りに来いよ、場所を教えてやるから」男はクククッと含み笑いしながら言った。

「物みたいに言うな!」

トニーの声が怒りで震えた。男は手に持っていた瓶ビールをラッパ飲みするとベッドに座っているジェシカを見てニヤニヤ笑いがらトニーに話し始めた。

「レストランを背にして左側の道を約2キロほど歩くと左側に赤茶けたレンガの外装の細い塔みたいな建物がある。その最上階の部屋だ。ワンフロアに一部屋しかない。急いだ方がいいかもしれないな。まだ何もしてねぇけどな~」

男は、おかしくて堪らないという感じでゲラゲラ笑いだした。

「何が、おかしい?」

トニーが走りながら訊いた。

「おやおや!走っているのか新人ヴォーカリストさんは忙しいこったな。まぁゆっくり来いよ、あんたの彼女、俺がた~っぷり可愛がってやるから」

「ジェシカに指一本触れるな!」

トニーが何処にいるのかは解らないが男に場所を説明されて走りながら向かっている様子が伝わってきた。

「その約束は出来ねぇなぁ!ヘヘヘッ!」

男は品のない笑い声をあげて電話をきった。冷蔵庫からビール瓶をもう一本取り出すと飲みながらジェシカの傍に来た。

「さて、これからスウィートタイムだ」男は飲みかけのビール瓶を小さなテーブルに置いてジェシカの隣に座った。

「どうして、こんなことするの?私やトニーに何か恨みでもあるの?これ、重たいし冷たいし痛いわ…外してくれない?」

ジェシカは電話越しにトニーの声を聞いて彼が向かっているのを知り恐怖は少し薄らいで鎖を持ち上げて男に頼んだ。

鎖は鉄製でズッシリとしていた。

男は着ていたTシャツを脱いでから、またビールを飲んだ。

ニヤリと笑うとジェシカの顔の前に小さな鍵をぶら下げて見せた。

「鎖の鍵、欲しいか?んっ?」

ジェシカが鍵を奪い取ろうとすると男は鍵を持っていた手を一度引っ込めてから鍵を放り投げた。

鍵はカシャンと音を立てて落ちた。

ジェシカは床に落ちた鍵を取ろうとベッドから降りたが鎖の長さが足りなかった為、鍵まで、あと少しの所で手が届かずに床に転んだ。

「痛…」

床に転んだジェシカの腕を乱暴に引っ張って起こすと男はジェシカをベッドに放るように寝かせたがジェシカは、襲われると思い、すぐに体勢をととのえて起き上がった。

男は、ジェシカの様子を見てフッと笑った。

「あんたや彼氏には何も恨みとかねぇよ。だがなブルートパーズには、ちょいとな…その鎖は外すワケにはいかねぇよ外したら、あんた逃げるだろ。こ れ か ら!楽しませてもらうんだから逃がすワケにはいかねぇからなぁ!」ビールを飲み干すとニヤニヤしながらジェシカに向き合って体中を舐め回すように眺めた。

ジェシカは男から、男の視線からも遠ざかろうと起き上がったベッドの上で身じろぎした。

男は、ゆっくりとジェシカににじり寄ると彼女の髪を掴み顔を自分に向けさせた。

「あんた、あの新人ヴォーカリストの女なんだろ。毎晩のようにアイツとヤりまくってんだろう。あんたはヴォーカリストの男なら誰でもいいのか?俺とはどうだ?俺はな、ブルートパーズの元ヴォーカリストなんだよ」そう言って掴んでいた髪を放すと今度はジェシカの両肩に手を置いた。ジェシカは男の手を払いのけて体を動かして男の手から逃げた。

男は更ににじり寄りジェシカが着ているワンピースを乱暴に引き裂くと囁いた。

「俺が元ヴォーカリストでも、セックスはアイツとヤるより、ずっといいかもしれないぜ。俺で試してみろよ。暴れるなよ、優しくしてやるから」

ジェシカは再び恐怖に怯えて目に涙が浮かんだ。声も出せなかった。

怖い…でもトニーは、ここに向かっているはず…。

男は余裕だった。

ジェシカの片脚は鎖で繋いであるから逃げられない。

泣きわめこうが暴れて抵抗しようが女の力なんて知れている。確実にヤれる。

男は、続けてブラジャーに手をかけた。ヤツが向かっている。サッサと犯っちまおう。

「あららら、なに泣いちゃって~。優しくしてやるって言ってんのに。ああ、叫んでも無駄だからな。ここには俺しか居ないから。もっとも、泣き叫んでくれる方が俺は興奮するけどな~」

ジェシカの涙に気付いた男は茶化してブラジャーを外そうと彼女に抱きつくようにしながら背中に手を回そうとしたので、ジェシカは男を突き飛ばした。

男は少し後退しベッドに手を着いただけで、面白そうに笑った。

「可愛い顔して気が強いねぇ元ヴォーカリストじゃ気に入らない、ってか…」男は苦笑いしながらジェシカの顎を掴みキスしようと顔を近づけてきたのでジェシカは自分の頭を男の顔面めがけて頭突きした。

不意打ちを食らって男がよろめいたところにさらに、もう一度頭突きを食らわせ、足で男の胸を思いっきり蹴飛ばした。男は悶絶してベッドからずり落ちた。

蹴飛ばした利き脚が鎖に繋がれた方だった為、脚が鎖で擦りむけたがジェシカは見ず知らずの男に好き勝手にされてたまるか!と怒りでいっぱいで無言のまま、今度はベッドサイドに置いてあるCD棚に腕を伸ばしCDを鷲掴みにするとベッドからずり落ちたまま顔を押さえている男に投げつけた。

「やめろって…おい」

ジェシカは無言でCDを投げ続けた。男の顔面は最初の頭突きで鼻血を流し血だらけになっていた。

CDを棚から全部投げつけた後は空になったCD棚を投げつけた。

サイドテーブルの上に置かれた飲みかけのビール瓶を投げた上にサイドテーブルの脚の部分を掴むと何回も男に振り下ろしたが手が滑ってテーブルは飛んで壁に当たった。

枕やマットレスも投げつけベッドもひっくり返し投げたが鎖が繋がっていたのでベッドを投げつけた勢いでジェシカも転んだ。

「痛ぇ!やめろって…」

まさかの反撃に男は面食らっていた。

エレベーターが着いた音がした。

「ジェシカ!」トニーが叫びながら部屋に近づいてきた。

「ジェシカ───!」

トニーがドアを開けて部屋に飛び込んできた。

激しく息を切らしていた。

男はCD棚やらベッドやテーブルの下敷きになり呻いていた。ジェシカはトニーの姿を見て安心して力が抜け床に座り込んだ。

「トニー…」

薄明かりの下でも涙がこぼれ落ちたのがわかった。

トニーはジェシカの服が破られているのを見てカッとなり、男が埋もれている所に近寄ると、

「おい!お前!」

と、怒鳴りつけた。

ジェシカが鎖の長さと重さに邪魔されながらも立ち上がりトニーの腕に触れた。その手は震えている。

部屋の凄まじい荒れ方とベッドやらテーブルやらCDの下敷きになっている男の様子からジェシカが抵抗したのは見て取れるが怒りは収まらなかった。しかも、ジェシカの脚を鎖に繋いでいる。

男は呻いていたが今や完全に失神したようだった。

「トニー、鍵は床に落ちたの、その辺に…ない?」

ジェシカが指さした付近を探すと鍵は見つかった。

トニーは鍵を拾い上げジェシカに自分の上着を羽織らせ鎖の鍵を外すと外に連れ出した。

ジェシカは怖がって震えている。ここから早く離れる方がいい

エレベーターの中でトニーはジェシカを力強く抱きしめた。

ジェシカは、すすり泣いていたがトニーに抱きしめられ、声をあげて泣き出した。

「怖かった…凄く怖かったの」

トニーは更に力を込めて抱きしめて言った。

「ごめん、ごめんねジェシカ。俺が迎えに行くの遅れたから…」

ジェシカは泣きながら大きくかぶりを振った。男の部屋でトニーの着信を受けた時にトニーからメールが来ていたことに気付いていた。彼は連絡してくれていたのだから。

「トニーは悪くないわ、私…トニーのメールに気がつかなくて、でも、お店の外で携帯を見ようとしたらアイツに邪魔され…て」

トニーは何度も頷いてジェシカが泣き止むまで抱きしめていた。

二人は真夜中の道路を手をつないで無言で歩いていたが、しばらく経ってからトニーが口を開いた。

「ジェシカ、アイツ知ってる奴?」

ジェシカはかぶりをふった。

「さっき初めて会ったのよ。あのレストランで皿洗いしているって云わば同僚だって言ってたわ…でも私、今まで会ったことないの。他の従業員の人達とは挨拶していたから」

「このまま警察に行こう…その、未遂だけど犯罪だよ。これは」(客で来ていてジェシカに目をつけて待ち伏せしていたのかもしれない)トニーは、そう思って引き返して男を殴りたいと思ったが、こんな遅い時間にジェシカを1人残して行くのは良くないし彼女を連れて戻るにしてもジェシカは嫌がるだろうから引き返さないけど男に対する怒りは治まっていなかった。

「まず、あのレストランのオーナーに話すわ。アイツが本当に同僚なのか解らないし。オーナーは、まだレストランに残って売り上げを見ているはずよ」

ジェシカは歩きながら言った。

トニーはジェシカが裸足なのに気付いた。

「ジェシカ、靴が」

「置いてきちゃったのね…」

もちろん取りに戻る気はない。諦め気味に言うジェシカをトニーは抱き上げた。

「ちょっ…やめて、下ろして恥ずかしい」

ジェシカが脚をバタつかせたがトニーはしっかり抱き上げていた。

「ダメ。道路を裸足でなんて歩かせられないよ。ガラスの破片が落ちているかもしれない。それに寒いし」

ジェシカは静かに自分の頭をトニーの胸に押し当てた。

「トニー、心臓の鼓動が早いわ。私、重たいでしょう、やっぱり下ろして」

「鼓動が早いのは~まぁ気にしないでよ。ぜんぜん、重たくなんかないから」

好きな子を抱き上げて歩いてたら、さすがにドキドキするのは当たり前だよ。

トニーは心の中で呟いた。

「トニー…」

「うん?」

「助けに来てくれて、ありがとう…本当に」ジェシカは腕をトニーの首に巻きつけた。

「当たり前じゃないか…と言っても俺の出番は殆どなかったけど。本当に無事で良かった」

トニーはジェシカの額にキスした。

レストランに着くと、やはりオーナーは残っているようで二階の事務室にあかりが灯っているのが外から見えた。

オーナーはジェシカとトニーが事務室に入ってきたのに少し驚きを見せた。

「どうしたんだね?ジェシカ、忘れ物かい?」

「いいえ、こんな時間にすみません。少しお訊きしたいことと、お話したいことがあるんです。いいですか?」

「いったい、どうしたのかね?」

オーナーは売り上げが記された書類を机に置いた。

ジェシカは息を吸い込み、トニーが貸してくれたジャケットを着た上半身を守るようにボタンをギュッと握りオーナーを真っ直ぐに見つめて口を開いた。

「名前は判らないんですけど…皿洗いのスタッフで濃い茶色で長い髪の人いますか?」

オーナーは眉間にシワを寄せ片方の眉を上げ答えた。

「それは、サムだね。彼が何か?」

「あの…わ、私、さっき、店の前で強引に、その彼の家に連れ込まれて…」

ジェシカは恐怖が甦り最後まで言えずに震えて泣きだしたのでトニーはジェシカの手をそっと握ってオーナーに説明した。

オーナーはジェシカが途中まで言った時に既に驚きの表情を見せていた。

「本当なんです。俺が彼女の携帯に電話したらジェシカを預かっているから来いって言われて俺、場所を説明されて行ってきたんです。未遂ですけど彼女の脚を鎖で繋いでいました」

「いや、嘘だと思っていないし、疑っているんじゃないんだ…アイツは一度ならず…また…しかも、うちで働いている子に」

オーナーが呻き片手で頭に手をやると髪をグシャグシャにして机に顔を向けて呻くように呟いた。

トニーは泣いているジェシカの肩を抱き寄せていた。

オーナーは顔を上げると立ち上がり言った。

「ジェシカ、大変に申し訳ないことをしたね、すまない。アイツは前にも…その、色々と、そうした問題を起こしていてね。何回も警察の世話になっているんだ。遠縁の息子だからといって、まぁ渋々情けで雇っていたんだが、無断欠勤やら遅刻やら多くてね」

オーナーは話しを続けた。

「そんなことをしたのだから、もちろん彼は解雇する。そのあとも色々始末しないとな」

最後の方の言葉はほとんど小さな呟きだった。

ジェシカは店に置いてあった店内用にしていた靴を履いてトニーとレストランの外に出た。

涙は殆ど止まっていた。

「とりあえず帰る?警察に行くなら俺も一緒に行くよ」

トニーはジェシカの手を、そっと握った。

「ありがとうトニー。一旦帰った方がいいかしら…脚が痛くて」

「解った。送っていくよ」

トニーは言いながら頷いた。

お姫様抱っこはジェシカが恥ずかしがるのでトニーは支えながら歩いた。


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