第34話 かみさまクロニクル

 その後の話も手短にしておこう。

 まともに話せば、夜が更けて太陽が昇ってくるまで喋り倒したって終わりゃしない。何せ四百年以上のダイジェストだよ?


 行くあてもなく生きる目的もなく、ただただ惰性による放浪を続けていく中でボクはさまざまな〈かみさま〉たちと出会った。

 願いを叶えた人間は幸せになれたのか。答えは条件付きで「否」だ。

 世界は広い、〈かみさま〉でありながらも穏やかな人生を送ることができた人だってきっとどこかにいたんだろう。ボクが知り合えなかっただけで。


 死ねない身体を持つ人間が口にするのもどうかとは思うんだけれど、いったん〈かみさま病〉を発症したなら常軌を逸した事態が生じてしまうのが常だったよ。


 中には本当に悪魔のようなやつもいたな。

 十代半ばにして早くも人生に倦み、ただひたすら退屈を吹き飛ばす刺激的なショウを願った貴族の娘がそれだ。

 あれはたしかオーストリア帝国がまだ成立する前のことだったから、十八世紀の話か。ま、いずれにせよハプスブルク帝国内でのことだ。


 刺激的なものの行きつく先はだいたいが「死」だ。

 このときも例外じゃなかった。その娘はね、とある晩餐会で供された食べ物や飲み物のすべてを毒にしてしまったんだよ。

 触れたものすべて黄金に変える力を授かったミダス王もびっくりに違いない。


 豪奢な邸宅内で、親を含む千人規模の人間が長く悶え苦しみながら絶命していくのを、いかにも清楚なお嬢さまといった風情の少女がにこにこと見守っている光景にはさすがに気がおかしくなりそうだったさ。


 その頃のボクはさる貴族の御者として日々を送っていたんだ。

 珍しく腰を落ち着けていたからね、それなりに居心地がよかったんだろう。

 で、王家と近しい大貴族の邸宅で催される晩餐会へ主人が出席したときももちろん送り届けたわけだ。

 異変に気づいたときはすっかり手遅れさ。ボクにできたのはただ片をつけることだけだった。


 一方でとてもかわいそうな男の子もいたよ。

 兄弟同然に育ってきた犬が死んでしまい、その亡骸を埋めた場所へ花の種を蒔いたんだ。もう想像はつくだろう。

 その花は少年の願いを遥かに超えて恐ろしく巨大な姿へと生長してしまった。一言で説明するならリアル版『ジャックと豆の木』だね。


 周囲の生態系を壊し、なおも巨大化し続ける花を止めたのは花自身だった。

 目を細めて見上げるほどの高さにある花から落ちた種が、袂にいた男の子を直撃したんだよ。

 苦しまずに死ねたことだけはあの子にとって幸いだったのかもしれないね。


 もううんざりだったんだ。

 手に負えない〈かみさま〉たちに翻弄されるのは。

 あの愚かな錬金術師がいったい何を為したのか、どうすれば広がっていく〈かみさま病〉を止めることができるのか。

 放浪を続けていたボクの人生はその点に集約されると言っていい。


 ようやく答えらしきものにわずかながら近づいたのは二十世紀も半ばに差しかかった頃だ。

 割と最近だと思うけど、さすがにユイもその頃には生まれていなかったっけ。まだ全然?

 おっと、そりゃ失礼。


 先ほどちらっと話に出てきたドイツ人研究者、ミヒャエルのおかげさ。大学で異端児扱いだった彼と出会ったのは再び酒場だ。本物の常盤宗助に続いてね。


 飲んだくれたミヒャエルは延々と管を巻いていたんだ。

 酒を静かに嗜みたいボクにとっては迷惑この上なかったんだけど、聞くとはなしに耳を傾けていると実に興味深いことを口走っていたのさ。


 本来の彼は医師だ。しかしたった一人の少女患者にかまけすぎていたせいで、本人曰く医学界に居場所がなくなっていたらしい。

 幼い時分からずっと昏睡状態でありながら、どういうわけか周囲は彼女が普通に暮らしているように錯覚しているのだという。

 架空の家庭生活に学校生活、いわば集団催眠にずっとかかっているようなものなのだろうか。


 そんな断片的な独り言を呂律が回らない調子で呟きまくっていたのさ。そりゃあピンとくるよ、またしても〈かみさま病〉なんだろうなって。少し毛色は違うけどね。


 ミヒャエルの自尊心をくすぐるべく、崇拝しているような演技でボクは彼に近づいた。おそらく大根芝居だったはずなんだけど、ひたすら「貴方は素晴らしい研究者だ」と言い続けてやればちょろいもんだったよ。


 そこから彼との二週間にも満たない付き合いが始まった。

 すぐにボクは〈かみさま病〉とそれに付随する自分の昔話を打ち明けたんだ。もちろんキミたちにも見せたようなデモンストレーションと併せてね。


 あいつはまあ、単純というか何というか、自分が見たいように世界を眺める類の人間だった。信じるとか信じないとかじゃないんだよ。

 ボクが話した〈かみさま病〉の蔓延しつつある世界という物語がいたく彼のお気に召したんだ。


 ミヒャエルとの最後の日、彼の部屋を訪れたボクはいきなり抱きつかれて困惑した。男性による挨拶の領分をはみ出した抱擁に今も昔も興味はないからね。

 どうにも興奮を抑えきれないといった様子で彼が「喜べソウ」と切りだす。

 そうしてボクはミヒャエルの口から納得するに足る一つの仮説を得たわけだ。


〈かみさま病〉は脳の病気の一種であり、件の錬金術師は現代にも通用する悪魔の実験を行っていたのだと。強い願いによって脳が発火に似た作用を起こし、とんでもない形で摂理がねじ曲がる。

 このときにようやく、勝手に名づけた〈かみさま病〉が恐ろしいほど的を射ていたのだと知ったのさ。


 ただし、その仮説が生まれるためには代償が必要だったんだ。

 部屋の奥で眠り続けているはずの少女は、原形を留めず無残な姿となって永遠の眠りにつかされていたよ。


 進歩には犠牲が伴う、と悲しげに眉を寄せてミヒャエルは呟いた。

 理解はできるし、実際にこっちも恩恵を受けているんだからね。いくら蛮行と呼ぶにふさわしくとも彼の行動を咎める資格なんてボクにはない。 


 ま、ミヒャエルにもその直後にこの世界からご退場願ったんだよ。

 音もなく彼の背後にそっと回りこみ、なるべく苦しまないよう速やかに首の骨を折って終わらせた。

 人生最大の発見を成し遂げた喜びとともに死ねるなら本望だったんじゃないかな。


 なぜって?

 理由はいたって打算的さ。秘密を知る人間は少なければ少ないほどいい。

 はは、口にしてみるとまるで悪役みたいな言い草だな。賭けたっていい、あの手合いをそのまま生かしていたってろくなことにはならないよ。


 しばらくしてヨーロッパを離れたボクはブラジルへと渡った。

 そこでも〈かみさま〉に出会わずにはいられなかった。

 コルコバードの丘からイエス・キリスト像が見下ろす貧民街ファベーラのひとつ、その片隅で貧しさを嘆き、家族や友人のために金の雨を降らせた子がいたのさ。レインメーカーってやつだな。

 結末は……話さなくてもいいよね。


 本当にさ、もう充分なんだ。充分にボクは生きた。生きすぎた。

 死ねないのはわかっていても、足は死に場所を求めて日本に向いていたのさ。

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