第23話 蚊帳の外の兄二人
「すまんな志水」
宮沢先輩が謝罪の言葉とともに頭を下げる。明後日にレイニー・デイを控えた六月十二日のことだった。
朝食を求める寮生たちでいつものように食堂はごった返していた。
いまだ夢の中にいるような寝ぼけ具合だったおれの肩が叩かれたのは、プラスチックのトレーを手にして列の最後尾に加わったときである。
しかしおれには彼から詫びを入れられるような事柄に思い当たる節がない。
「いったい何すか」
こちらがよほど怪訝そうな顔をしていたのだろう、宮沢先輩の口調も疑問を伴ったものへと変わる。
「もしかしておまえ、何も聞いていないのか」
「いや、ほんと何のことすかね」
またぞろおれを担ごうとしているのでは、そんな疑念がどうにも拭えず少し警戒気味な声の調子となってしまった。人を信じられないって悲しいことだよな。
だが宮沢先輩はなぜか何度も頷いてみせる。
「そうかそうか。まあ、どこの家でも兄の扱いなんてそんなもんだ。どれほど愛情を注いでも注いでもそう簡単には返してくれない存在、それが妹なんだから」
「宮沢家とうちとを一緒にしないでくれませんかねえ」
あんたに対するまどかの態度と、おれへの花南の態度とではツンドラ気候と温暖湿潤気候くらいは優に異なる。どれだけの温度差があると思っているんだか。
そんな嫌味を放ったおれへ宮沢先輩はにやりと笑って答えた。
「ならおまえ、ここのところ毎週のようにまどかが花南ちゃんに会いに行っていることもちゃんと聞かされているんだな?」
一瞬、意味を飲みこむのに手間どった。それくらい彼の話した内容が予想外だったからだ。花南からも、もちろん両親からも何の連絡も来ていない。
どこか遠くを見つめるような眼差しで宮沢先輩が続ける。
「先々週、先週と続けてお泊りだったらしいぞ。いいよなあ女子会、おれも混ざってきゃっきゃとはしゃぎてえよ」
「──いやいやいや、ちょっと待ってくださいって。まどかがうちの実家へ勝手に遊びに行ってるってことですか? おれに何の断りもなく?」
あなたみたいな人は警察に捕まっちまった方が世のためですね、とシスコンの権化へ吐き捨てる代わりにストレートな疑問をぶつける。
「別におまえの許可なんて必要ないだろうよ。まどかはおまえの友達じゃなく花南ちゃんの友達なんだからな」
大袈裟に肩を竦めながら言われると非常にむかつくが、正論には違いない。
列は順調に進み、そろそろ配膳の順番がやってこようとしている。それを見計らったかのようにもう一度おれの肩が叩かれた。
「まあそういうわけだ。兄としては妹が迷惑をかけているお詫びと、世話になっているお礼とを述べておかなきゃいかんからな。夏にはまたおれも伺わせてもらうから、そのときにご両親へちゃんと挨拶させてもらうよ」
「えー……また来るんすか……」
「あーん? 何だおまえ、おれが遊びに行くのがそんなに嫌なのか、ああん?」
「んなことないすけどね……」
どうせ言っても無駄なのはわかっている。なぜにおれの周りには聞き分けてくれない人間ばかりが集うのか。もしかしてこれっておれのせいなのだろうか。
はいおはよー、と声をかけてくれながら調理のおばちゃんがお椀に味噌汁をよそう。挨拶を返したおれは食堂の隅っこに置かれているテレビへと目を遣った。
ローカルニュースを扱っていた画面には姫ヶ瀬市の週間天気予報が映しだされていた。すでに梅雨入りしているにもかかわらず、どういうわけかこれから一週間は晴天が続くのだそうだ。
つまり、再び「雨の降らない六月十四日」がやってくることになる。
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