べちゃべちゃチャンポン

バイト終わり、撮影終わりの行き帰りは助手席で喋りながら、というのが定番だけど今日は違った。


ドアを開こうと来た瞬間にちょいちょいと後部座席に座れサインをしてくる。


…なんだか大量のダンボールが見えるなあ。


後部座席のドアを開けると座席には「にんじん」だの「タマネギ」と書かれたやや土臭い箱がふんだんに積まれていた。


「おつかれっす。…これを押さえてろってことですね?」


「おう。配っても配ってもこんなに余ったよ。今日はアサヒが日勤だから拾ってまっすぐ帰るぜ。」


アサヒは看護師をしているオレの姉貴兼、ハジメさんの彼女。


ちなみにオレは現在モデルとアパレルでバイトをしながらハジメさんの家に転がり込んでいる居候です。


「じゃあ今日は3人で飯ですね、久しぶりに。」


「おぉ、実家から野菜送られてきたって言ったらちゃんぽん作るってさ。いっつも過労気味なんだから俺が作るのにな。」


「手料理だなんて彼氏冥利に尽きるじゃないですか。」


…適当に誤魔化したけど姉貴いわく


「ハジメさんの作る料理はいつも味が濃ゆくてなんかべちゃべちゃしてる典型的男料理なのよねぇ、チャーハンとか。夜勤明けにはちょうどいいんだけどさ。」


とのことで、オレもこの意見にはおおむね賛同の意を示す。


味の素か味覇は入れれば入れるほど美味しくなると思ってる節あるからなあ、ハジメさん。


作るのがチャンポンとはいえ、いずれ嫁ぐ家の野菜はなるべくうま味調味料にどぶ漬けしたくないんだろうな。


「…ハジメさん、たまにはオレも作りますよ…鍋とか。」


「…どうした急に。温まるしいいけどさ。」


二人でいる時はハジメさんに作ってもらいがちで、いつも食べさせていただいてる中で言うのもナンだけど、ここらであの調味料でギラついた味を矯正してもいいかもしれない。



____


「ただいまぁ、ハジメさん。うわ、お母様これまたすごい量。また配ったの?」


ドアを開けて助手席についた姉貴は俺じゃなくてまずダンボールを視界に入れていた。


気持ちはわかるけどさ、俺頑張ってるやん?


「人参玉ねぎ馬鈴薯とあと蓮根。お世話になってる人には配ってきたから残りは全部俺らが食わなきゃだからなぁ。気合い入れなきゃよ?」


「野菜なんかどれだけあったっていいよ。ハジメさん不摂生なんだから。」


「レントにも食べさせるんだからちゃんとしたもん作ってますぅ~」


「ほんとかなぁ~?」


車を走らせながらする会話はオレそっちのけのイチャイチャムードに発展しようとしていた。


…いつもなら助手席で話すのは俺なのになぁ。


オレずっと押さえてるんだけどなぁ!?



_____



シャワーを浴び終えて台所を通過すると野菜と魚介の煮える香りがたちこめていた。


姉貴は鼻歌交じりに鍋を箸でかき混ぜて、ハジメさんは怪人のソフビ人形をいじくりながら


「死んじゃったよヒルヒールゥ…」


などとボヤいている。


姉貴とハジメさんの出会いは3年前で、看護師なりたての姉の元に慣れないスタントで腕と足がポッキリ折れたハジメさんの担当になったのが馴れ初めだそうだ。


姉貴にとって出会った当初のハジメさんは体育会系で好みの顔ではあったものの、


「病院食だけじゃ治るもんも治らねえ」


とどこからか持ってこさせたコンビニのチキンをコソコソ喰らい、一緒に特撮を見ていた子どもに勝手にお菓子を与える自由ぶりを披露するなどして印象は最悪だったそうだ。


昔から良くも悪くも正直な人だったようです。


「…分からんもんですねぇ。」


「何がァ?」


姉弟そろってこの人の何を気に入ったんだろう?


特撮フィギュアを握って遊ぶアラサーを眺めていると、姉貴が鍋を持ってきて晩御飯が始まった。



____



肌寒い季節になってきたからか、毛布にくるまりながらダラダラとしていたらいつの間にか眠りこけていたみたいだ。


時計は深夜1時を指している。


水でも飲もうかと台所に向かうとまだリビングの明かりは点いたままで、ミシミシと足音もする。何してんだろうと扉を開けるとやはりハジメさんがいた。


手にはどんぶり、口にはお箸。振り向いて俺を睨みつけると電光石火の速さで机にそれらを置き、オレの口を手で塞ぐ。


「むぐっ」


「見られたからにはしょうがねえ、いいか。大きな声は出すなよ。」


台所に向かうと洗ったばかりのどんぶりにチャンポンの残りをよそい、俺に手渡す。


「お前も共犯だからな。」


…別に言わないし、いらないんだけどまあご相伴に預かるとしますか。


晩御飯の時はテレビをつけっぱなしにしていたけど、今は時計の秒針の音だけが鳴っている静かな部屋でずるずると麺をすする。


「…そういえば普段から結構沢山料理作るよなぁとか思ってたけど、毎晩こんなことしてたんですか?」


「アサヒには内緒にしといてくれよな。入院してた時ビール飲みながらジャーキー食ってたのバレて以来俺の食生活に厳しいんだ。一緒に住み始めた時もカップ麺のゴミばっかりの部屋見て怒られたし。」


なんて言いながら平然と残り汁に米と生卵を入れて胡椒を振るハジメさんに反省の色は見えない。


「いくらなんでも太りますよ!?」


「デケェ声出すな!野菜入ってるし手料理だからヘルシーなんだよ!」


ややムキになったハジメさんがおじやをかき込む。食べちゃったよこの人。


多分、姉貴も俺もこの人を放っておけないんだろうな。変なとこまで姉弟だ。


ただ、2つだけ違う点があるとするなら、ハジメさんと俺は多分兄弟に近くて、こういうワルいことをするのが少し楽しいということと、


案外、鍋に放置されてふやけたべちょべちょのチャンポンも悪くないな、なんて思えるところだな。
























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