第10話
「葵」
「ん?」
「大丈夫なのか、体?」
「うーん、わかんないんだよね。ケガみたいにかさぶたになってとれるってもんじゃないし」
「そうか」
「もう治ったと思う日もあれば、やっぱりまだまだおかしいって思う日もあるし。一進一退ってやつですか?」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。シーソーみたいに揺れてるよ、安心と不安を」
「大変だな」
「大変なんだな、意外に」
葵が電話口で笑う。つられて笑ってしまうが、それで終えていいとは思えなかった。
「今度会わないか。俺、まだ葵のこと」
「待って。言わないで。ソウ、勝手だよ」
「うん、ごめん。それどころじゃないよな。でも、俺にできることが」
「ないよ。自分の問題だから」
「そうかもしれないけど」
「ソウ、じゃあさ、約束してほしい」
「何を?」
「私がまた働けるぐらいに回復して、お互いフリーだったら、そしたら会おう」
「それまで俺はなにもできないのか」
「できない。これは自分の問題だから」
葵なら一人で戦うことを選ぶだろう。それは俺への気持ちが足りないからとか、そういった問題じゃない。葵の性分はよくわかっていた。
「わかった」
「あ、無理にフリーでいなくていいからね。いい人が出てきたら、その人とくっついちゃって。それは私も同じだからね」
「わかった」
「じゃあね」
「うん。無理しないで」
「わかってる。ソウも」
「うん。じゃあ、また」
「またね」
葵が切るのを待って、電話を切った。耳に触れているスマホの部分が熱いと思った。知らずに押し付けていたようだ。
おばあさんが言っていたような「熱い季節」を俺たちは知らない。
誰かをただ信じることはできなくて、常にリスクを考えて、保険をかけていくような生き方しかできないのだ。
それでも「へばりつく相手」が人生には現れる。
目の前の横浜らしい景色はこのうえなく煌びやかなのに、頭に浮かぶのはおばあさんの茶色く日に焼けた白いドレスだった。
自分が葵をどれだけ心配し続けられるかを考え、男を待ち続けたおばあさんの長い長い時間の価値が初めてわかったような気がした。
横浜のおばあさん 梅春 @yokogaki
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