生後2ヶ月で死にかけた自分の話

@kuropaGu03

第1話

私が生まれたのは両親がどん底のちり紙交換で生計を立ててた時。


生まれる時に父方の地元に帰ったので、生まれはその島になる。


生まれた次の週には大分にいたらしい。


両親は悪い人ではないと思っているけど、お金がなかった。


生後1週間で私は軽トラで生活をして、母乳が出ない母親はコーヒー牛乳で私を育てたと言っていた。


なんでか聞いてもそれは安かったからとしか聞いてない。


父と母はたまに人の家に訪問しては手伝いという事で1食貰ったりしてたらしい。


その時はほぼ2個上の私の兄もいたので、乳児は水分でいいけど、固形物はいるよねって理解した。


母は美容師で腕は良かったらしいのでたまに住み込みの仕事を貰って、1ヶ月は過ごさないくらいの間、住み込みで家族で雇ってもらってたみたい。


もっといてもらいたいって話が出ると、次の日にはそれまでの給料を貰って、出ていったと聞いてる。



父と母は出会った時、父は大工で母は美容院を経営してたらしい。


なんでこんな生活になったか?


母親もその当時病んでたのか、本当か分からないけど、出会った父に後光がさしてて、ついて行こうと思ったみたい。


その後、宗教でボロボロになった自分の育った環境について考えてたけど、そればかりでは無いかもしれないと今は思ってるし、答えなんて出てない。



そして、私が生後3ヶ月の時、何を思っていたか聞くことはできないけど、母親を下ろして実家に帰れと言ったあと、父は幼い兄と生後3ヶ月の私を抱っこした状態で、車で電信柱に突っ込んだ。




この話を聞いた時、ビックリした。

父はオラオラ系だったから、なんでそんなことをしたか。

今は「お父さんって強そうにしてたけど、弱かったのかも」と思っている。





その後大きな怪我もなく、警察に少しお世話になってまた家族で過ごしたらしい。





その後、思うとが生まれた。

私が1歳4ヶ月の時。

ちゃんと定期検診も行けてなくて、借金取りがよく家に来てたようで母に陣痛が来た時、外に出ることが出来なくて、妹は家で生まれた。

へその緒は父が切ったそう。

妹も小さかったらしいから、よく無事に大きくなったなと思う。




そういう家だから大きくなるまで予防接種は学校で受けれるものしか受けてない。





その後は父の地元に家族で引っ越した。

父がまだ稼いでる時に、祖父母に小さい家を建てて上げてたので、そこを頼って帰ったんだけど、そこには父の弟が離婚したあと子供だけを4人預けていたため、住むことはできなかったらしい。






そして1DKくらいの広さのボロボロのアパートを借りて、父母兄私妹の5人で住み始めた。






その時の記憶で残ってるのは

父が販売機で15回連続で当たり続けて、ジュースを持って帰るのが大変だったことと、兄とはよく遊んでいてセメントで作られてる車庫みたいなところで声が響かせて遊んでいた。





その頃は父と母は食堂で働いてたらしい。

父母が働いてる時は食堂の近くで兄と遊んでいて、母が兄と私を探した時に、トラックに積んであるトマトを勝手に食べてたことがあるみたいで、慌てたと言っていた。

並んでる自転車のタイヤの空気も抜いて遊んだことがあるみたいで、母は全部のタイヤに空気を入れて元に戻すのが大変だったらしい。


4歳と2歳だったから、2人でずっと遊んでてよく大怪我しなかったなと思う。





母は1回死産している。

3歳くらいの時だったと思うけど、覚えてる。

寒い日で、丸いストーブにヤカンがのっていて、外に焼き芋屋さんが来た時に父が買ってくれた。

父と母が泣いていた。








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