12月 メリークリスマス

 クリスマスイブの夜は、真輝と二人でケーキを食べた。どこかおいしいレストランを予約しようか、という話も出たが、平日だし、やっぱり慣れた家が落ち着く。



 真輝が生クリームを食べれないので、一人用のフルーツタルトを二切れ、近所のケーキ屋で予約していた。夕食作りは俺の担当で、ちょうどフライパンの中のデミグラスソースが煮詰まった頃、白い箱を片手に下げた真輝が帰宅した。



「ただいま、理玖。ちゃんと落とさないで持ってこれたよ」

「よかった。こっちもちょうどできたところ」



 玄関まで歩いて真輝を出迎え、軽く唇を重ねる。昔はするだけでドキドキと胸が高鳴ったキスは、今はじわりと広がる温かさの方が勝つ。それは、マンネリと切り捨てるにはもったいないほどの、安心と幸福に満たされた瞬間だ。



 皿の上のハンバーグに湯気のたつソースをかけ、同じくほかほかの白米を茶碗に盛った。手を洗い、部屋着に着替えた真輝が、配膳を手伝いにキッチンに寄ってくる。



 帰り道に寄ったスーパーで、誘惑に抗えずに買ってしまったチキンとシャンメリー。それから、真輝が慎重に持ち帰ってきたケーキ二切れが、ハンバーグと一緒にコタツ机の天板に並んだ。



 どちらからともなく、「メリークリスマス」と言ってグラスを持ち上げる。乾杯をして、ひと口含めば、甘く華やかな風味が口内に広がった。



「あ、そうだ。理玖。これ俺からのプレゼント」



 そう言っておもむろに立ち上がった真輝は、本棚の奥から小さな箱を取り出してきた。礼を言って受け取り、蓋を開けると、華奢なシルバーチェーンのネックレスが、照明の光を反射してちらりとまたたいた。



「わ、綺麗」

「でしょ? できれば普段からつけてほしいなあって思って、目立たないやつにしてみた」

「ありがとう。シャツのボタンちゃんと留めてれば、仕事中でもつけられるかも」



 俺の職場はアクセサリー禁止だが、外から見えなければ咎めようがない。ネックレスを持ち上げてさっそくつけると、絶えず真輝に触れられているような感じがして、自然と胸が高鳴った。



「ちょっと待ってて。俺からも渡すから」



 そう断って席を立ち、寝室と兼ねている自室の物陰から、俺は今日受け取ったばかりのプレゼントを取り出した。クラフト素材の外袋から慎重に中身を引き抜いて、真輝の方へ向き直る。



「真輝、メリークリスマス」



 俺が両手で差し出した赤バラ五本の花束を、真輝は驚きに満ちた表情で見つめていた。え、ええ、と声をもらした後、「花束なんて、初めてもらった」と口元を緩ませる。



「ありがとう。すごい嬉しい。今めっちゃ、理玖のこと抱きしめたい」

「……いいじゃん、抱きしめれば」



 真輝は花束を受け取って、宣言通り俺に抱きついてきた。大好き。大好きだよ、と、どれだけ言っても言い足りないみたいに、何度も何度もつぶやいている。



「俺も大好き。ずっと、ずっとだ」



 今度の口づけは、内臓が甘く浮き立つような、確かな欲望の気配がした。今すぐにでも押し倒したい衝動を、デミグラスソースのにおいが留めてくれる。



「さあ、そろそろ食べよう。冷めちゃったらまずいから」



 俺が促すと、真輝は名残惜しそうに体を離した。二人で同時に手をあわせて、まずはハンバーグをひとかけ、口に含む。ああやっぱり、と頬が緩む。



「どうしたの?」

「いや。やっぱり、真輝と食べるご飯が一番おいしいなって」



 真輝は少し照れくさそうに、そしてひどく嬉しそうな顔で笑って、「俺も」と相づちを打った。これからもずっと、こうして二人で過ごすことができれば、俺は笑って死ねるだろうと思った。

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夜半過ぎまで 瀬名那奈世 @obobtf

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