5 牛頭馬頭と地獄のインフラ
地獄というものは、思っている以上に広い。いや、広すぎると言っても過言ではない。とにかくだだっ広いのである。これは地獄の管理を担当する閻魔省も頭を悩ませる問題であり、昔から幾度となく「地獄再構築プラン」なる予算案が提出されてきたほどだ。
そんな地獄において、罪人たちを裁くのは閻魔大王を中心とした裁判制度であり、罪状に応じて送り込まれるのがいわゆる八大地獄。それぞれ独立した地獄区域に存在し、当然ながら、閻魔省法廷からは離れている。問題は、そこに罪人をどうやって送るかという点だ。
かつてその任を担っていたのが、獄卒の中でも特に腕利きとされる牛頭(ごず)と馬頭(めず)である。彼らは罪人を連行する道中、「口ではなく行動で償わせる」という地獄流の方針のもと、容赦ない呵責(=お説教&拷問)を加えながら、徒歩で八大地獄へと送り届けていた。
ただし、ここで問題がある。地獄が広すぎるのだ。徒歩移動だと最も遠い地獄までに現世換算でおよそ7日間、しかもその間、牛頭馬頭はノンストップで呵責を続けなければならなかった。スタミナ・精神力・口撃力(罵倒スキル)すべてが試される過酷な任務である。
それでも彼らは誇りを持ってこの任務にあたり、罪人を泣かせ、反省させ、時に絶叫とともに魂の底から悔い改めさせた。地獄界隈では、「牛頭馬頭に泣かされたら一人前」とさえ言われるほどである。
だが、時代は変わった。地獄にもインフラ整備の波が訪れたのである。
まずは歩道の舗装。それまでは溶岩まじりのガタガタした地面を歩いていたため、罪人たちは転んでは擦りむき、血まみれで連行されるのが常であったが、道が整備されたことで「外傷が減って呵責が弱まった」と牛頭馬頭から不満の声が上がる。
次に牛車、馬車が導入されるも、牛や馬が地獄の環境に耐えられず次々倒れ、結局獄卒が車を手で押す事態に。結果、非効率との判断で近代化が進み、自動車、バス、果ては鉄道網が敷設され、ついには高速道路と新幹線「地獄ライナー」までもが走るようになった。
これによって、一番遠い地獄までの移動時間が約5時間に短縮。最も近い地獄に至っては、法廷から30分弱で到着するようになり、「効率の地獄」と呼ばれるようになった。
さらには閻魔省直下に「地獄国際空港(HIA:Hell International Airport)」が開港。空路を利用すれば、悪鬼輸送用大型ジェット「炎ノ翼」によって八大地獄どころか、その他のサブ地獄や霊界、煉獄、時には現世との移動までもが実現した。ちなみにHIAのラウンジは和風建築で、なぜかお茶と羊羹が出る。
しかし、これには思わぬ副作用があった。
移動時間の短縮によって、牛頭馬頭による「呵責タイム」が激減してしまったのだ。従来は数日間かけてじっくり説教しながら反省を促していたのに、今では移動中に一言二言口を開く暇もなく、すぐに地獄に到着してしまう。
結果、罪人の泣き声は減り、牛頭馬頭は不完全燃焼。曰く――
「最近の罪人は泣かない。昔は10人中9人が途中で泣き崩れてたのに、今じゃ10人中2人も泣けば良い方だ。泣き芸が足りん!」
そこで彼らは閻魔省に対して「徒歩連行への回帰」を求める嘆願書を提出。しかも年に2回は必ず出しており、通算で第88号に達している。だが、却下理由は明快だった。
「待機所がもう限界なのです」と。
昔は一人ずつ順番に連行していたため、罪人の待ち時間が恐ろしく長くなり、待機所が常にパンク状態。中には現世時間で30年も順番を待った者すらいたという。この問題が深刻化し、ついには「牛頭馬頭による乗り物連行の義務化」が閻魔省令第666号として発布されたのである。
それでも、牛頭馬頭は今日も精一杯、短い移動時間の中で最大限の呵責を行っている。たとえ3分間であっても、彼らは全力で怒鳴り、叱り、心をえぐり、時には歌って踊って責め立てる。彼らの誇りは、「道中こそが地獄」という信念にあるまだあるようだ。
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