(2)
雅美さんの台風がでかかったから、牟田さんの退職という台風は社にはともかく俺には大きな影響がなかった。牟田さんはきっとカレシとの結婚に踏み切るだろうという予感があったからな。
台風が過ぎ去ったあとには、混乱だけでなく更地が提供される。それをしたたかに利用していかないと、ただかき回されて終わりになっちまう。傍目には台風の渦に巻き込まれてきりきり舞いさせられている枯れ葉のように見えていたかもしれないが、俺は自発的に行動を起こした。そらあいくら鈍臭くたってわかるよ。小さくても渦を作って状況を変えないと、どんどんじり貧に陥るってことくらいはね。
まず人事部に行って、牟田さんの後任探しをちょっと待ってくれとお願いした。上級職でもないのに人事に口出しするのはおかしな話なんだが、牟田さんとは同じ課だったから配慮してもらえたようだ。佐々木さんがそんなことを言い出すのは珍しいですねと訝られたものの、了承は得られた。
で、今度は雅美さんの方だ。優にも立ち会ってもらってご両親との話し合いの結果を伝え、弁護士を介して調べた裏事情の真偽を雅美さんに直接確認した。雅美さんは死んでも口にしたくなかったはずだが、しっかり確認を取らないと法廷闘争になった時こっちが耐えきれない。涙々の事実認定だったものの裏が取れ、俺としてはそこで一区切り。部長さまの成敗はご両親に任せ、俺は雅美さんに転職をお勧めするという流れだ。雅美さんは、子連れでの転職活動が困難だから我慢して残っていたはず。本当は一刻も早く辞めたかったんだろう。案の定、二つ返事で転職を飲んだ。
「でね。私から一つ口を紹介したいんだよ」
「どこ、ですか?」
「私が勤めている建設会社の監理部。つまり私の職場だ。今事務をしている女の子が突然結婚退職してね。急ぎの求人がかかってる」
職場が変わっても、上下関係の厳しいところだと結局同じような被害に遭うんじゃないのか。雅美さんがひどく警戒したようなので、ざっと社の説明をする。
「外仕事が多い部署だから、事務の仕事量は多いけど人とのやりとりは少ないかな。女性社員はほとんど事務系で、年齢は高め。既婚者が多い」
「どうして既婚者が多いんですか?」
「今回辞めた子もそうなんだけど、若い子は落ち着かないんだ。仕事が合わないとか、給料が安いとか、結婚するからとか、なんとなくとか、みんなさっと辞めちゃう。既婚者は生活安定優先だから、長く仕事をしてくれるでしょ?」
「あ、そうなんですね。子供がいる人は多いんですか?」
「多い。いわゆるお
微妙な顔をしてるな。優との夫婦関係がほとんど偽装である以上、雅美さんも実質シンママみたいなものだ。だからと言って、傷を舐め合いたくはないんだろう。
「ただね。私は一職員にすぎないの。人事権限なんか何もない。普通の求職と同じで履歴書とファクトシートを整え、志望動機と熱意をきちんと面接で示さないとならない」
「あ……」
考えてなかったという顔だ。俺の紹介というだけですんなり入れると思っていたのかな。俺はあなたのご両親のような大物とは違う。顔パスなんて到底無理だよ。世の中、そんなに甘くない。
「必ず聞かれるのは、なぜ前の会社を辞めたか、だ」
「……」
黙り込んでしまったか。じゃあ、イレギュラーだけど牟田さんの話を出そう。
「今回辞めることになった女の子は牟田さんという人なんだけど、とても優秀なの。うちの課の花。容姿や性格が優れているというより、仕事をこなす能力が抜群に高かったから。それと」
「それと、なんですか?」
目の色が変わった。プライドに火が点いたかな。
「好奇心がものすごく強い子なんだ。新しいことにチャレンジする姿勢がいつもむき出しになっていて、ぎらぎらしてる。だから、うちでは引き止めきれなかったんだよ」
「でも、結婚退職なんですよね」
「ご主人はフリーのイベンターだそうだ。今後は夫婦で事業に挑むことになる」
「あっ!」
雅美さんは牟田さん以上に優秀だ。俺が提示したわずかなキーワードで、ちゃんと背景まで読み取れるはず。結婚しても仕事は続けられるのにあえて辞めたのは、自分の退路を断つため。家庭に籠るからではなく、夫婦協業でより大きな仕事に挑むため。そういう決意にちゃんと気づいてくれるだろう。
「すごい……ですね」
「悩んだみたいだよ。ご主人との付き合いは親から強く反対されていた。結婚するなら、親との絶縁も考えなければならない。でも、そこまでの勇気はない」
「そうか。でも、決断したんですね」
「うん。いい顔をしてた。もうあとには引かないだろう」
「……」
心に傷を抱えている状態で、自分の売りをきちんとピーアールするのは難しいかもしれない。でも、雇用主は仕事ができるかどうかだけでなく、自己管理能力や即応性、柔軟性についてもきちんと査定する。自らのアドバンテージをしっかり提示できないと、結局ごくろうさんで終わってしまう。
「でね」
「はい」
「うちの社には、職員の資格取得を応援する制度がある。宅建や土地鑑定士、設計士、建築士……仕事に関係する資格の取得を歓迎するんだ。事務の定型業務はつまらないと思うなら、資格を取ってのチャレンジもできるよ」
どうせ職を変えるならゼロリセットしよう。雅美さんはそう考えたのかもしれない。がつんと気合いが入ったみたいだ。
「面接、受けさせてください」
「わかった。人事に話を通しておく。がんばってね。私は採否に影響できないから、だめだったらごめんなさいだけど」
「いいえ。チャンスをいただけただけでも嬉しいです」
私と雅美さんがそういう会話をしている間、優はぼーっとしていた。おいおい、少しは励ましてやれよ。まったく!
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