ダブルヘリックス・サテライト
蛟 禍根
第1話 ダヌアとラン
偏西風に巻き上げられた砂漠の砂はかなりの距離を飛んで行く。国境無くなったこの世界では砂害による諍いは国家間で発生することはないが、各地に点在するコミュニティと呼ばれる小さな都市に住む人々にとっては迷惑極まりないものだった。
地球上の陸地の一部に砂漠があるのではなかった。海や巨大な湖、人の手が入った街を除いて全てが砂に覆われた世界。自分の住む都市のすぐそばにある砂漠の砂が、他の都市に襲い掛かっているかもしれない現状を考えると誰も文句など言えないのは明らかだった。
砂の色は白に近く、太陽から照り付ける光は強く反射して、着色されたすべての物に熱をもたらす。
白く長いローブのような衣服と白い頭巾、そしてサングラス仕様のゴーグルに身を包んだ青年は崩れ落ちた大きな建物の日陰を選びながら西へと歩いていた。その後ろから、同じ服装の背の低い女性が、青年の足跡をたどってついていく。
女性が口を開いた。
「ダヌア。そろそろ、休憩しない?」
ダヌアと呼ばれた青年が振り返りながら応えた。
「ああ、この先、日陰も少なくなるらしい。少し休もうか」
二人は瓦礫となった建物の影に腰を落とす。
彼らは、任ぜられた職務に就くため、遥か100km西のガンダラまで出向こうとしているのだ。
「今までの仕事の方が楽だったのにな」
女性がローブの中で背負ったリュックを下ろし、中から携帯用水分補給ボトルを取り出した。
「ラン。こぼさずにな」
「ええ。分かってる。今日は湿度が高かったみたい。結構たまってる」
金属製のボトルは二重の蓋になっている。ボディの周囲には細いスリットが入っており、空気中に含まれる水分を集める触媒フィルターを介してボトル内に水分を貯めておくのだ。今はボトルの三分の一ほど水が溜まっている。
ランはゴーグルを取り、頭巾の左頬部分のマジックテープを外して、顔を出した。まだ少女の様だ。色は白く、照り付ける太陽の日差しが厳しい砂漠の中で、一凛の可憐な花が咲いたかのようだった。
ランはボトルの上蓋をひっくり返してコップの代わりにすると、細い糸のようにしか出てこない小さな注ぎ口から慎重に水を注いだ。
コップの既定のラインに注ぎ、再びボトルの口を起こした時、ポトリと小さな雫が地面の砂の上に落ちて、黒いしみを作った。
「だから言ったろう? 気を付けろって」
「ごめん!! 本当にごめんね…」
ランはすっかりしょげた声でダヌアに謝った。
「ああ、水は貴重だから…お互い気を付けよう」
「…うん」
「さ、早く飲めよ。気温で蒸発してしまうぞ」
コクリと頷き、こぼさないように一気に飲み干し、はぁと一息ついた。
ダヌアは水を飲み終えたランからボトルとコップを受け取ると、これがお手本だと言わんばかりに慎重に水を注ぎ、頭巾の裾を持ち上げると一気に飲み干した。
中蓋をしっかり締めると、照り付ける太陽が当たる影の外にコップを置いた。唾液などから繁殖する菌を殺すためだ。10分も置いておけば消毒されると教わった。そもそもこのボトル自体が抗菌作用がある金属でできているらしい。
砂から呼吸気管を守るためとはいえ、口の前にまで垂れる頭巾をずっと装着しておくのは息苦しい。
ダヌアはゴーグルを外し、頭巾を上から脱ぐと膝の上に置いた。ふぅと深呼吸する
「それにしても暑いな…」
と言い、汗だくになっている黒髪を両手で後ろにかき上げた。
彫りの深い端正な顔立ち。精悍な日焼けが逞しさを感じる。
ランも頭巾を取ると、ローブの内側のポケットから吸水タオルを取りだし、ダヌアに差し出す。
汗すらも貴重な水分なのだ。コミュニティにたどり着けばタオル内の高分子ポリマーによって貯められた汗も、特殊な装置で殺菌され水へと戻される。これは、この地球で生きる者としての義務なのだ。
ダヌアは汗を拭いた吸水タオルをランに返すと、空を見ながら言った。
「サテライトが飛んでる」
雲一つない青空にキラキラとした飛行物体が見えた。目のいい人間であれば、それが三日月状の二つの物体がお互い向き合ってくるくると回っている姿が見えただろう。
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