第28話 決戦

 吉良アツシの、殺人の行動原理はそれほど深いモノではない。

 好奇心、それを行うとどうなるか。

 これが大きかった。

 だから、子どもの時、試したのだ。

 『定命の蝋燭』という、火を点した人間の寿命が分かる蝋燭の火を、水鉄砲で消火したらどうなるのか。

 探索者達の、火の点った『定命の蝋燭』が保管されていた寺に入り込み、百以上もある灯火を消した。

 結果、百人単位の死者が出た。

 当時はダンジョン関係の法整備がまだ不完全で、吉良が罪に問われることは無かった。

 しかしやったことはやったこと、遺族に恨まれることを恐れた両親とともに、夜逃げしたのだ。

 吉良としては、遺族の反応を見てみたかったので、残念な思い出だ。

 同時に、自分の手で百を超える命を摘んだ事実は、吉良をゾクゾクさせた。

 実家は資産家で、夜逃げした先は海外だった。

 吉良はそこで伸び伸びと暮らし、いくつかの言語を習得、そして探索者となってダンジョンに潜るようになった。

 そしてダンジョン内で、当然のように殺人を行った。

 ダンジョン内は治外法権だし、監視カメラもない。

 子どもの時の事件は間接的な殺人ではあったが、吉良が殺人を嗜好するには充分な経験だった。

 最初の頃は自分に好都合な状況ならば相手構わずであったが、その内に殺害対象を選別するようになった。

 希望を持って探索者となった新米ルーキー、重病を持つ子どもがいて一攫千金か万病に効く薬を求めるベテラン、両片想いの探索者カップル。

 そういう、を殺すと、吉良は充実感を覚えるようになっていた。

 吉良の殺人の嗜好にはもう一つあった。

 とてもではないが殺せそうにない相手である。

 MMORPGというジャンルにPK(プレイヤーキラー)という存在がいるが、こちらの嗜好はこれに近い。

 そこに山があるから登る、である。

 ダンジョンの最奥に潜むドラゴンに挑む、である。

 ダンジョン内での罠や暗闇からの不意討ちはいいが、酒場で油断させての毒殺なんかはつまらない……といった拘りも、ここにはあった。

 エレナ・ヴォルフを殺したい、という衝動は、こちらの嗜好であった。

 人の形をしたダンジョンであり、何者も殺す事はできない存在。

 ダンジョンに刃を突き立てたとして、ダンジョンが死ぬだろうか。

 答えは否である。

 そんな超常の存在を、どうすれば殺す事ができるのか。

 色々と考えて、吉良アツシは答えに到った。

 自分も同じ存在になれば、エレナ・ヴォルフ殺せるのではないか? ……と。

 挑む理由はそれだけだ。

 運がよければ(相手にとっては悪ければ)、サミットに参加する各国の首脳も殺せそうではあったが、今の吉良は、それを阻止したエレナ・ヴォルフに専念しなければならなかった。

 ……若干、邪魔が入ってはいるが、問題はない。

 エレナ・ヴォルフを殺せるのが吉良だけであるのと同じように、自分を殺せるのもまた、エレナ・ヴォルフでしかないのだ。

 一つだけ例外は存在するが、まあそれは難しいだろうと吉良は見ている。

 なので、自分達を取り囲む探索者は、吉良にとってはただの雑音ノイズでしかなかった。




「ははは、ここまでやれるとは、ちょっと予想外だったなぁ」


 吉良の持つ拳銃の銃口から、煙が漏れる。


「それなりに人生経験は積んでいますので」


 赤ずきんならぬ黒ずきん、エレナ・ヴォルフの手から、幾つもの銃弾がこぼれ落ちた。

 まあ、当たったとしてもダメージはなかっただろう。

 彼女を殺すには、もっと距離を詰める必要がある。

 具体的には、一メートル圏内といったところだ。

 そしてそれは、彼女が吉良を殺せる距離でもあった。


「人でなくなってからの経験は、人生経験って呼ぶのかな?」

「そういう貴方は、大したことがありません。それなりには強い、ぐらいですね」


 気がつけば、エレナ・ヴォルフは吉良の懐に潜り込んでいた。

 その腕はいつの間にか、鋭い爪と鱗を生やした巨椀へと変わっていた。エレナ・ヴォルフは、食べたモノの性質を取り込む獣魔術を得意としている。

 今のは、かつて食べたドラゴンの力を引き出したのだろう。


「お褒めにあずかり光栄至極!!」


 バックステップで、吉良はかろうじてエレナ・ヴォルフの必殺の一撃を回避する。

 だがもう一方の腕が吉良を逃すまいと、伸びてきた。

 これもまた、吉良は半身になって逃れた。


「警戒していますね。心配は無用ですよ。普通に貴方を倒す策しか、用意していません」

「本音なのかブラフなのか、判断に苦しむなあ」


 エレナ・ヴォルフは対峙した時から、その場を動いていない。

 単純な近接戦等では、彼女の方に一日の長があると見るべきか。

 まあ、これで殺せるとは思っていないが、と吉良は内心考えていた。

 となると、もう一つの方法を使う。

 正確にはもう、使っている最中だ。




 エレナ・ヴォルフはかつて、獣魔術を使用してダンジョンを己の中に取り込んだことがある。

 エレナはそのダンジョンと一体化し、またこのダンジョンにはエレナに触れることによって、入ることができる。

 出入りを拒否することは、エレナにもできない。

 これはこちらの世界と異空間を繋ぐ出入り口が、常に開いていることに由来する。

 また、エレナは他のダンジョンに入ることができない。

 ダンジョンとダンジョンがぶつかり合うようなもので、磁石の同極のように反発しあうのだ。

 ただし裏技があり、エレナの意思を小さな使い魔に乗せ、他のダンジョンに入ることはできる。

 他のダンジョンに入った時点で、この使い魔は本体からはほぼ独立し、本体の意思を伝えることはできなくなる。

 使い魔が他ダンジョンから戻れば、本体と同調シンクロすることはできるが、それまで本体にできることといえば、使い魔の感覚から見聞きすることぐらいだ。


 そして、同じ存在となった吉良アツシもまた、同じことができる。

 吉良アツシがエレナのダンジョン、通称『ザイデルベルクダンジョン』に侵入させた使い魔は、スライムであった。



 草原フィールドを、スライムが走っていた。

 逃げ惑う一角ウサギや丸ネズミを取り込み、さながらその姿は緩い津波のようだ。

 そしてモンスターを食べるごとに、その体積は増え、速度と捕食の範囲を広げていた。


「侵入させる依り代に、スライムを使うとは考えましたね」


 己と同一である『ザイデルベルクダンジョン』の様子は、エレナも観測できている。

 このまま進めば、いずれはダンジョンの最奥に到達するだろう。

 そして、ダンジョンの守護者を倒され、ダンジョンの核が破壊されれば……ダンジョンそのモノが崩壊するのだから、おそらくエレナも死ぬことになるだろう。


「水属性の魔術師だからね。一番相性がいいっていうのもあるし、テーブルトークRPGじゃスライムは強キャラだ」


 使い魔であるスライムを侵入させた吉良アツシは、笑みを保ったまま動かない。

 とはいえ、エレナが攻撃してもこの距離だとまた、避けられてしまうだろう。


「確かに今、厄介な状況にありますが、それはそちらも同じでしょう」


 『ザイデルベルクダンジョン』に吉良の使い魔が侵入したように、エレナもまた、吉良のダンジョン『サンチアロダンジョン』に使い魔を侵入させていた。

 例えるなら、遅効性の毒だ。

 核にたどり着けば、致命傷となる。

 だが、エレナも吉良も、どちらも平然としていた。

 違いがあるとすれば、『ザイデルベルクダンジョン』にはスライムが休みなく進み続けているのに対し、『サンチアロダンジョン』にはエレナの使い魔以外にも、多くの探索者が潜り込んでいた。

 様々な国に協力してきたエレナとは違い、吉良の存在は危険視されている。

 その差であった。

 今、『サンチアロダンジョン』を、探索者達が凄まじい勢いで攻略していた。


「危機ではあるが、脅威ではないなぁ。所詮は人。それに探索者の中でも、それほど強い連中じゃあないようだし?」


 ただ、そこに違和感を感じる吉良でもあった。

 ……こういう状況ならば、各国の精鋭が来るモノではないだろうか?

 『サンチアロダンジョン』に潜っている探索者達は、それほど強くはないが、かといって弱くもない。

 主な面子は、日本人の探索者のようだ。


「貴方だって、元は人間だったはず。人間を侮らない方がいいですよ」


 エレナ・ヴォルフの言葉を聞きながらも、吉良は己の中にある『サンチアロダンジョン』に意識を向ける。


「……一人、極端に速い奴がいるなぁ」

「それは、私の同居人でしょうね」


 エレナ・ヴォルフの言葉が、吉良は気になった。

 モンスターとの戦いは最小限、上手く罠を避け、宝箱も無視して、とにかく迷いがなく速い。


「何者か、教えてもらえると嬉しいなあ」

「敵に情報を与えるほど、お人好しではありませんよ。私、人ではありませんが」

「ははは、ダンジョンジョークか。まあ、速さは認めるけど、コイツじゃダンジョンマスターは倒せないだろう」

「そうかもしれませんね」


 エレナ・ヴォルフは否定しなかった。




 それからしばらくして。

 二人の周囲を、機動隊と自衛隊の混成部隊が取り囲んでいた。

 ダンジョンが出現しても、日本における銃の扱いは慎重だ。

 そもそも、ミサイルすら効きそうにないエレナや吉良に対して、自動小銃が有効かというと、怪しくもある。

 結局のところ、吉良を止められる最善手はエレナにある、というのが現場上層部問わずの、共通意識であった。

 そして。


「ここまで、ですね」


 エレナは呟いた。

 『ザイデルベルクダンジョン』最下層に通じる大階段に、吉良の使い魔であるスライムが到達したのだ。

 ここを潜れば、あとは最下層のみ。

 最奥の守護者を倒せば、ダンジョンの攻略は完了する。

 一方、『サンチアロダンジョン』の攻略はまだ途中であり、エレナの同居人である佐々木ダイキも最奥には届いていない。


「おや、もう諦めたのか? それだと私がつまらない。もうちょっと頑張ってもらいたいな」

「そうではなく――」


 スライムが、大階段を下る。


「――そちらが、終わりという意味です」


 『ザイデルベルクダンジョン』最下層は、猛吹雪に視界が遮られた、大雪原だった。

 遠くには針葉樹林が生い茂っているようだが、それもシルエットでしか分からない。


「これは!!」

「マイナス60度ほどあります。温まるドリンクは用意してありますか?」


 初めて、吉良の表情が引きつった。


「……甘く見られては困るな。この程度で、私の使い魔が止まるとでも?」

「思っていませんが、足止めにはなります」


 スライムの表面が凍り、目に見えてその移動速度は減衰していた。

 そしてフィールド型のこのダンジョンは、守護者を探すのも一苦労だろう。


「ちなみに、ダンジョン核を守る守護者は氷結ドラゴンです。空からのブレスに、期待していてください」


 スライムは地を這うモンスターだ。

 吉良の使い魔となっているこのスライムがどれだけ大きくとも、空を舞うドラゴンには届かない。




 吉良のニヤけた表情は変わらない。

 しかし、焦りが増してきているのを、エレナは見逃さなかった。

 『サンチアロダンジョン』の中を、佐々木ダイキとエレナの使い魔である黒い子猫が進んでいるのだ。


「思ったよりも、時間が掛かっていますね」


 初めてのダンジョンなのだから、それは当然でもあった。


「ただのノービスじゃなかったって訳か……」

「職業としては、ただのノービスですよ」


 ただし鍛え方が少し特殊ではある。

 朝と夜、毎日二回、ダイキは『ザイデルベルクダンジョン』を攻略する。

 ダンジョン核を破壊することはないが、一日に二回、最奥部に到達するのだ。

 一度も足を止めることはなく、モンスターの討伐は最小限、幾重にも張り巡らされた罠も全て回避する。

 毎回同じでは芸がないので、エレナはモンスターや罠の配置は毎回、変更している。

 それでも最近では、二時間を切る速度だ。

 様々な職業のスキルを、彼なりに模倣して習得し、最近では魔術も使えるようになった。


「ただのノービスは、魔術を使えないだろう」

「コツがあるんですよ」


 もちろん吉良に説明してやる義理はない。

 魔力は誰でも持っている。

 魔術師以外が使えないのは、その魔力の引き出し方や使い方を知らないからだ。

 逆にいえばそれを知れば、理論上は誰でも使うことができる。

 ただし、ダンジョンにおける魔術師以外の戦士職や盗賊職といった職業には、魔術行使に制限が掛かる。

 ノービスはその例外の一つで、制限がない。

 ただし、自動でスキルを習得することはないので、普通は無理だ。

 ダイキが魔力の引き出し方や使い方をどうやって覚えたかというと、スクロール系のマジックアイテムにあった。

 これは使用することで一度だけ、スクロールに記された魔術を展開することができる。

 魔術が使えないモノでも一度だけ、使

 加えて言うなら、ダイキには魔術の師匠がいる。

 家の近所にある、中華料理屋の店主が火魔術が得意なのだ。

 もちろん、ダイキが使える魔術は火魔術だけではないが……。

 とはいえ、吉良にはまだ余裕がある。

 ダイキが最速でのダンジョン踏破に特化した探索者であると、判断したのだろう。

 それはつまり、強い敵には一歩後れを取る、とも捉えることができる。

 その判断は、間違っていない。

 はまさしく、それだ。


「それでは、作戦通り。後はお任せします」

「作戦自体は納得してるけど、抵抗あるなあ」


 そんなやり取りの後、黒い子猫は小さな丸い団子へと変化した。

 片手がふさがっているダイキは、片手で合掌もどきを行い、その団子を食べた。

 団子、すなわちエレナの分身であるそれは『ザイデルベルクダンジョン』の要素そのモノだ。

 直後、ダイキの肉体が変化を起こす。

 頭に角が生え、背中からは蝙蝠に似た翼、そして太い尻尾も生えてきた。肉体は膨張し、着ている服が千切れていく。

 鱗を生やした肌は輝く金色。

 ダイキは、ドラゴンへと変化していた。

 『サンチアロダンジョン』で起こっているこの異変は、吉良にも伝わっているだろう。

 何が起こっているのかも、理解したようだ。


「獣魔術も、習得しているのか……!!」

「正解です」


 獣魔術の目的は、あらゆる生物の頂点を目指すことにある。

 生物の頂点、すなわちドラゴンであり、このドラゴンの中でもピンからキリまで存在するのだが、実のところエレナが用意できた『要素』はせいぜい中級に届くかどうか程度に過ぎない。

 けれど、『サンチアロダンジョン』を攻略するには、充分過ぎる戦力であった。

 まだ、このダンジョンの守護者の姿は見えていないが、属性は分かる。

 吉良が最も得意とする水属性、おそらくはやはり不定形のスライム。

 なので、エレナが用意した『要素』は、雷属性のドラゴンであった。




 エレナの大きく膨れ上がった爪が、吉良に振り下ろされる。


「これで、貴方の勝機はほぼ、なくなりました」

「そうだな。だが、完全じゃあない」


 ギリギリの所で回避に成功はしたが、完全には間に合わず、頬に一筋の傷が浮かび上がった。その傷もすぐに癒えたが、わずかに血の跡が残った。

 もっとも、攻撃時は最大の隙となる。

 吉良は、己の水鉄砲で反撃を行った――が、エレナはこれを完全に見切り、服に染み一つ作ることがなかった。動体視力が尋常ではない。

 吉良が有する『サンチアロダンジョン』が攻略されるのはもう、時間の問題だろう。

 逆に、吉良が使い魔を放った『ザイデルベルクダンジョン』は手詰まりだ。

 己の得意とする水の属性が、裏目に出た形となる。

 つまり、ダンジョンの攻略という勝負では、吉良は完全に敗北した。

 しかし、吉良とエレナの勝負という意味では、まだ勝敗は確定していなかった。

 何故ならば。


「ええ。まだ、貴方にも勝ち目があります。私を直接討ち取るという方法ですね」

「それに対しても、対策があるとでも? この膨大な水を、どう凌ぎきるつもりなのかな!?」


 吉良は、自身の中にある『サンチアロダンジョン』から、雨、泉、池、沼、湖、海といった様々な要素を抽出し、水を捻り出した。

 

 一瞬で、周辺が水に満たされ、その水量は腰に達する。

 しかしその量はそれでもわずか。

 捻り出した水の大半は、大波となり吉良の背後のそびえ立っていた。

 これを今から一気に放つ。

 もちろん、これらの水を生み出した吉良は無事だが、エレナはもちろん、自分達を取り囲んでいる自衛隊と機動隊の混成部隊もタダでは済まないだろう。

 なのに、吉良と同じく腰まで水に浸かっているにも関わらず、エレナは表情一つ変えなかった。


「私ではキツいですね。ただ、貴方と私では決定的な違いがあります」


 言って、エレナは指を一本立てた。


「私には、友人がいます」


 すると、いつの間にエレナの後ろにいたのか。

 水面に、一人の男と犬が立っていた。

 年は四十ほどだろうか、年齢の割にやや白髪が多い、ロングコートの長身の男だ。

 そして犬の方は秋田犬の血を引いているようだ。

 吉良の直感が、この男は不味いと判断し、即座に大波を動かした。

 全てを呑み込む波を前にしても、男は動じる様子がなかった。


「どれだけ大量だろうと、『みず』は『みず』。『てん』を足せば――」


 懐から、小さな石を取り出し、それを波に向けて軽く投げた。

 『大波みず』に、『てん』が足された直後。



「――『氷』となる」


 大波は一瞬にして、氷と化した。




 吉良はもう、動かない。

 大波と同じく、氷像となっていたからだ。

 そして、大波と石が接触する直前に、大きく垂直ジャンプをしていたエレナも、凍った水面に着地した。

 周囲を見渡すと、混成部隊の人達も皆、無事らしい。吉良が大技を出す時には大きく撤退するようにと、事前に注意しておいたのが効いたようだ。

 男――鴨野コウメイは、ふん、と鼻を鳴らした。


「こっちは千年以上、この世界の裏でこういう魔術を磨き続けてきてるんだ。十年二十年程度の魔術師に遅れは取らんよ」

「ありがとうございます」


 鴨野の使い魔、雑種のあかりが尻尾を振った。


「焼肉食べ放題。期待しております」

「お任せ下さい。貸し切りです」


 ふと、空間に揺らぎが生じたかと思うと、氷上に何人もの探索者が現れた。

 吉良が内包していた『サンチアロダンジョン』に潜っていた、探索者達だった。

 その中には、佐々木ダイキも含まれている。


「……エレナさん、とりあえず、アイツ生きてる?」


 ダイキの手にはピンポン球程度の大きさの球、ダンジョンコアがあった。

 ダイキの視線は、下半身を氷に埋め、断末魔の氷上で凍った吉良に向けられていた。


「生きてる。あと、ただの人間になっているな。探索者としての力は一応残っているから、かろうじてこの状態でも息があるって感じだ。面倒くさいことは、そういうのをしたがっている連中に任せよう」


 鴨野は、こちらを見守っている、混成部隊の隊長に向かって手を上げた。

 隊長は周りの隊員達と顔を見合わせ、こちらに向かってきた。


「ダイキさん、そのダンジョンコアはあの人に預けてください」

「いいの?」


 ダイキは、手の中にあるダンジョンコアとエレナを交互に見た。


「そういう契約になっていますし、家に置いておくとしても保管場所なんて冷蔵庫ぐらいしかありませんよ? 人間への戻り方が分かりましたし、それで充分です。最悪、ダンジョンコアをダイキさんが手中に収めた時点で、吉良の身体が崩壊していた可能性もありますからね」

「そういえば、吉良の使い魔は?」

「吉良が人間に戻った時点で、消滅しました」

「そりゃよかった。ところで、エレナさん人間に戻る気は?」

「どうしたモノかなとは考えています。まあ、最悪ダイキさんがどこかのダンジョンを攻略して、ダンジョンコアを食べるというのも選択肢の一つですし」

「それはまた、気の長い話で」

「冗談です。そんなに長くは考えませんよ。イツキさんに、ひ孫も見せてあげたいですし」

「あー……んあっ!?」


 妙なことを聞いてしまった気がすると、顔を歪めるダイキに、珍しくエレナは微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代に、ダンジョンが出現いたしまして 丘野 境界 @teraokan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ