第6話

「ちょっと、サイ。急に走り出したら危ないだろう。それにノックも無しに人の家に上がったりして。すみません、スニーさん」

「ふふ、べつにいいのよ。サイちゃんたらそんなにリュカちゃんに会いたかったのね」


 サイから少し遅れて、薪を載せた荷台を押したノルがスニーの家に訪れた。

 コラ、と注意をするその姿はまるで兄弟のようだ。


「ご、ごめんなさい。お邪魔します」


 叱られたサイはスニーにそう言うとリュカにぎゅっと抱きついた。

 落ち込んでいるサイには失礼かもしれないが、笑顔になったりしゅんと落ち込んだり、その姿は感情豊かで子供らしく愛らしい。


「ノルに怒られちゃった」


 そう言って眉を下げるサイに、リュカは思わず手を伸ばして頭を撫でた。

 リュカには兄しかいないが、もしサイのような弟や妹がいたらかわいがっていたに違いないだろう。


「へへ」


 リュカに頭を撫でられたサイは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに嬉しそうに目を細めて笑った。


「あらぁ、リュカちゃんてば本当にサイちゃんに懐かれているのね」

「俺も最初は驚きましたよ。アトスの知り合いである俺ですら半年くらいはまともに口をきいてくれなかったのに」

「私も出会ったばかりのころはサイちゃんに話しかけたら逃げられていたわ」


 数時間前に出会ったばかりとは思えないほど仲良さそうなリュカとサイの姿を見て、ノルたちは驚きながらも微笑ましそうにその姿を見つめていた。


「ああ、そういえば。サイちゃん、良かったら薪を売ってくれないかしら?」

「あっ、うん! まかせて!」


 ふと思い出したようにスニーに声をかけられ、サイはリュカから離れると笑顔で荷台へ走った。

 薪をいくつか手に取り、ノルにも薪を運ぶ手伝いをしてもらいながらサイとスニーは薪の売買を始めた。


「随分と慣れているのね」

「アトスたちは薪を売って生活しているからね。サイもよく手伝いをしているから、結構手慣れているよ」

「ノルもよく手伝ってくれるんだよ!」

「そうなの」


 取引を終えたサイがリュカの元へ駆け寄ってくる。褒めてほしそうにしていたので、リュカは少し遠慮がちにサイの頭を撫でた。

 これでもしいやがられたらショックを受けただろうが、頭を撫でられたサイは嬉しそうに目を細めた。

 あの顔は頭を撫でて欲しい、で合っていたようだ。


「少し羨ましいな。会って間もないのに、こんなにもサイに心を許されているなんて」

「……もしかしてノルもリュカに頭なでなでされたいの?」

「おっと、そんなこと一言も言ってないよ?」

「ふふっ」


 サイの言葉に少し焦った表情を見せるノル。眼前で軽やかに繰り広げられるやり取りに、リュカは思わず笑ってしまった。

 本当に仲が良くて兄弟のような二人だ。


「りゅ、リュカが笑った!」

「え?」


 リュカが笑っている姿を見てきょとんと目を丸くしたサイが、パッと目を輝かせて笑顔を咲かせた。

 逆に今度はリュカの目が点になった。しかしすぐにそういえばサイの前でここまで気を抜いて笑ったのは初めてだと気づき、気恥ずかしさを感じて目を逸らした。

 リュカも人間なのだから、なにか良いことがあったり嬉しかったら普通に笑うのだが、サイたちと話をしている時はそんな精神状態ではなかったので心から笑うことはできなかった。

 それだけのことだが、こうもまじまじと嬉しそうな顔でこちらを見つめられては恥ずかしさも覚えるというもの。

 リュカがサイの視線から逃れるように窓の外に目をやると、そこには中老の男性が立っていた。


「サイ?」

「おじいちゃん!」


 玄関の外に薪の積んだ荷台があったからサイがこの家にいることに気がついたのだろうか。

 男性がサイの名を呼ぶと、サイは嬉しそうに走っていった。サイがおじいちゃんと呼ぶということはどうやら彼がサイの祖父、アトスのようだ。


「あら、アトスさん。よかったら上がって」


 スニーに招かれ、リュカたちのいる部屋にアトスがやってきた。

 お邪魔しますと言って部屋に入ってきたアトスは、背筋がピンとしていて立ち振る舞いにも品を感じる。


「おや、こちらの方は?」

「は、初めまして、リュカと申します」


 アトスの視線はノルに向き、そしてそのあとリュカに向いた。

 小首を傾げられて、リュカは少し緊張しながらも名を名乗った。


「この子はサイが森から連れて帰ってきた子でね、随分とサイに懐かれている」

「そうですか。それはまた……いや、なんでもない。初めまして、私はアトス。サイの母方の祖父です。薪売りをしているしがない商人だとでも思っていただければ」


 そう自身を紹介して、アトスは頭を下げた。

 頭を下げる角度といい、姿勢といい気品漂う老紳士という印象を抱いた。


「ここでひとつ、アトスに頼みがあるんだが……しばらくの間、彼女をきみの家に泊めてあげてほしい」

「おじいちゃん、僕からもお願い!」


 ノルとサイの急な頼みにアトスは少し驚いた表情を見せたが、すぐに元の表情に戻ると少し考える素振りを見せた。

 そして口を開く。


「二人が構わぬと言うのであれば、私は構いませんが……あなたはどうなのですか?」

「私は――」


 アトスの問いかけに、仲睦まじい彼らの仲にお邪魔してもいいのだろうか。そう思って、つい言葉が濁る。


「リュカがどこかべつのところに行くなら僕もついて行く」

「お邪魔させてもらいます」


 会話に入ってきたサイの言葉が冗談には聞こえなくて、リュカは先程の迷いはどこへやら、即答した。

 今のリュカにサイを養える力などない。もし本当についてこられたら、サイを助けてあげることができない。それは避けなければならないことだと即決したのだ。


「……なるほど、やはりサイは――」


 逃げるとでも思ったのか、サイはむっとした表情でリュカの袖を掴んで離さなかった。

 その姿を見て、アトスは物憂げな表情を一瞬だけ浮かべてすっと元の表情に戻った。


「わかりました。では彼女は責任を持ってうちで預かりましょう。サイ、物置になっている部屋があっただろう。あの部屋を掃除しようか」

「リュカの部屋にするんだね! わかった!」


 サイは笑顔でアトスの言葉に頷くと、意気揚々と駆け出していった。

 ノルは少し呆れた表情を浮かべて苦笑した。森から帰ってきたときに急に走り出さないように注意したのに、また走り出したからだろう。

 元気があって良いことだと思うが、誰かとぶつかっては危ないし、あとを追いかけたほうがいいかもしれない。

 笑顔のスニーに見送られ、リュカたちはサイのあとを追いかけると、サイはアトスの言っていた物置部屋の前で待っていた。


「僕がピカピカにするからね! 待ってて、リュカ!」

「いや、私も手伝います」

「俺も手伝うよ」


 アトスとサイはリュカのための部屋を用意しようとしてくれている。それなのに待っているだけなんて申し訳ないので、手伝いを申し出た。

 あまり他人の家の掃除を手伝うものではないかもしれないが、ここがリュカの当面の居場所になるのなら、それくらいの関わりを持たせてほしい。

 ノルは手が空いているのか、リュカと同じく手伝いに名乗りを上げた。


「……ではお願いします」


 アトスはノルに少し気難しそうな視線を向けたが、ノルがどこ吹く風で袖を捲り上げたのを見て、ため息をつくと掃除を開始した。

 随分と長いこと使われていない部屋なのか、乱雑に置かれた家具や道具は埃を被っていて、空気も埃っぽい。

 まずは窓を開けて通気を良くしてから四人で掃除をすると、意外と早く終わらせられることができた。

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