第5話

「あの、もう少し聞いてもいいですか?」

「うん? ええ、もちろん。わからないことがあればなんでも聞いてちょうだいな」


 リュカが問いかけると、スニーは快く頷いてくれた。なのでリュカは少し気になっていたことをスニーに尋ねた。


「ありがとうございます。実はちょっと気になっていることがあって。ノルがアトスさんとは交友関係にあると言っていたんですが、友達にしては、その、歳が……ちょっと離れているなぁと」


 べつに絶対に知らないといけない情報ではない。しかしせっかく紅茶を淹れてもてなしてくれているスニーとの間に、また沈黙が流れるのがいやでリュカはたどたどしく疑問を口にした。

 歳が離れていては友人にはなれない。そんなことを言うつもりは毛頭ないが、それはそれとしてさすがに歳が離れすぎなのが気にかかったのだ。


「ああ、それねぇ。ノルちゃんとアトスさんはたしかにかなり歳が離れているけど、仲が良いみたいね。ノルちゃんはよくアトスさんとサイちゃんに会いにこの村に遊びに来るのよ」

「あっ、ということはノルはこの村に住んでいるわけではないんですね」

「ええ」


 スニーが言うには二年前に急にこの村に越してきたサイは、両親がおらず祖父であるアトスが面倒を見ているらしい。その様子を見るかのようによくノルがどこからともなく遊びにきているそうだ。

 ノルは村の人間ではないが、頻繁に遊びにくるのでそう人口の多くないこの村のほとんどの人との面識があるとのことだ。

 しかしどの村人もノルの住んでいる場所などは把握していないと言う。気さくで優しい青年という認識をしているらしい。


「まぁ、たぶん流れ者とかの類いじゃないかと思うのだけど。遊牧民とか。ああ見えて狩りとか結構得意なのよ、あの子」

「そうなんですか。なんだか意外ですね」

「でしょう?」


 くすりと笑うスニーにつられるように笑顔を漏らす。

 取り留めもない、ただの世間話。

 もう二度と訪れることはないと思っていた平和な時間にリュカは少し泣きそうになって、心配をかけまいとカップを手に取ると出された紅茶に口付けた。

 サイの家で飲んだものとはまた少し違った味わいだ。少し酸味が効いた、フルーティーな茶葉を使用しているのだろうか。


「サイの家でスニーさんの焼いたクッキーをいただきました。とても美味しかったです」

「あら、そうなの。それはよかったわ!」


 スニーが紅茶の横に焼き菓子を用意してくれているのを見て、サイの家でも食べたことと味の感想を伝えると、スニーは目を細めて笑った。


「あっ」


 そういえば、と思い出す。

 リュカが服を着替えて風呂場から出てきたときに、スニーは鍋をいじっていた。服装もエプロンを着用していることから、なにかを作っている最中だったのだろう。

 ずっと話続けているから作業の邪魔をしているのかもしれない。そうリュカは思って口を開いた。


「あの、なにか作っている最中でしたよね? 私のせいで作業の邪魔をしてしまったようですみません。傷の手当てなどしていただきましたし、私でよければお手伝いします」


 リュカがそう申し出ると、スニーは一度きょとんとした表情になって、すぐにまた笑顔を見せると大丈夫だと首を振った。


「さっきは染色の準備をしていただけよ。邪魔とかそんなこと思っていないから気にしないで」

「染色、ですか」

「ええ。私は小物を作って他所の町に売りに行って家計の足しにしているの」


 そう言ってスニーは今度隣町に売りに行く予定だというポーチなどの小物をリュカに見せた。

 紫色や黄色、赤色など色とりどりで小物のレパートリーも多い。どれも綺麗に染められていて、スニーはこういった作業が得意なのだとよくわかる。


「すごく素敵ですね」


 これらを自分で作っているとはすごいなと思いリュカは感嘆の言葉を口にした。

 こういったものは店で買うものだと思っていたので、自分で作って色付けまでできるなんて自由度が高くて楽しそうだ。


「そうだわ、せっかくの縁だもの。リュカちゃんと出会えた記念になにかプレゼントを贈らせてちょうだいな。どれがいいかしら?」

「えっ、そんないいですよ! 申し訳ないです!」


 ただでさえ服をもらったのだ。これ以上なにかを受け取ることは気が引けてできない。

 今のリュカにはもらった分の対価を支払うことはできない。なにも、持っていないのだ。

 なのに風呂を貸してもらい、新しい服をいただいて傷の手当てまでしてもらった。これ以上を望むなんて強欲ではないだろうか。


「いいのよ、私が勝手にあげるって言っているんだから。ほら、好きなのを選んでちょうだいな」

「でも」

「いいから」

「……では、これを」


 リュカが辞退しようとしても、スニーは気にするなと、贈り物をすると言って譲らない。

 リュカはスニーの押しに負けて、おずおすとハンカチに手を伸ばした。

 それは白に近い淡い紫色に染色されたハンカチで、手触りの良い品だった。


「それにするのね。ふふ、リュカちゃんの髪の色に似ていて、とても似合うと思うわ」

「あ、ありがとうございます。お洋服をいただいたのに、こんな素敵なプレゼントまで。どれも大切、にします。本当にありがとうございます」


 少し言葉に詰まりながらも、リュカは深く頭を下げて礼を言った。

 机の上に積まれた服、そしてリュカの手に握られた綺麗な色に染色されたハンカチ。これらのどれにもリュカは謝礼をできないのに、スニーは善意で譲ってくれた。

 その好意を無下にすることはできない。だから大切にしたいのに、リュカはなによりも自分自身を大切にできなくて、できる自信がなくて申し訳ない気持ちに駆られてしまった。

 物を大切にするには、持ち主がいなければならないのだ。森で自害を図ろうとしていたリュカに、それができるだろうか。


「……まだ、死んじゃだめってことなのかしら」


 リュカは誰にも聞こえない声量でぼそりとつぶやいた。

 少なくともこの村を出て、サイたちから離れた場所でなければリュカが死んでしまったときに彼らを悲しませてしまう。

 せっかくリュカに与えてくれた優しさを蔑ろにしてしまう。

 それは絶対に避けるべきだとリュカは考えて、まだ死ぬなと誰かが言っているのだと解釈して下唇を噛んだ。

 もし、あの森で出会ったのがサイではなく人攫いなどであったなら。この村が悪意の塊だったなら。リュカは迷いなく死を選んでいたことだろう。

 しかしこんなにも優しい人たちと関わりを持ってしまったからには、その選択肢を選ぶことはリュカにはできなかった。

 悪人を知っているからこそ、善人が傷つくことなどしたくないのだ。それをしてしまったら、リュカは自分がされていやなことを他人にしてしまうことになる。

 相手が傷つく行動をとることを、リュカにはできなかった。


「ただいまー! リュカいる⁉︎」


 リュカの思考がセンチメタルな方に走り出したとき、スニーの家の玄関が勢いよく開かれた。

 そのまま足音はリュカに近づいてくる。


「リュカ!」

「わっ、っとと」


 少し焦ってるようにも見えたサイの表情は、その視界にリュカの姿を収めると笑顔に変わって勢いよく抱きついてきた。

 リュカは驚きながらもそれを抱き止める。

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