二月十四日④
担任を持たない教師は定時で下校する。
自転車置き場に寄った俺はゆっくり移動して目的の人物を見つけた。
この時間帯に下校する生徒は少ない。部活をしている生徒は六時近くになるし、すぐに帰る生徒の姿はもういないからだ。
だから俺が自転車で近づくのを
「先生、後ろに乗っていきます?」俺は真顔で西銘に話しかけた。
「二人乗りはダメよ、鮎沢くん」
「駅まで十五分歩くのですか?」
「私の足なら二十分くらいかかるわ、歩いたらね。でも帰りはバスを使うの」
「駅に着く頃にはすっかり暗くなりますものね」
「うん、これでもうら若き乙女だから」西銘が笑った。
「じゃあ、バス停まで一緒に歩きましょう」
「まあ、怖い。何か企んでいるみたい」
「先生ほどじゃないですよ」
「え?」
「
「なんでそういうこと、聞くかなあ」
「あの先生、冴えないおっさんだけど意外とモテるんですよ。見回りしているだけで上着やズボンのポケットがどんどん膨らんでいく。まあ義理だとか口止めだとは思いますけど、それすらもらえない人間はいくらでもいますからね」
「そうなのね」
「もらえない人間がいるのと同じくらい、渡すことを考えない女性もいます。冷めている、というか、これは習慣の問題なのでしょうね」
俺はふと
「
「何が言いたいのかしら、私、わからないわ」
「最近、蒔苗先生があれこれ芦崎先生の気を引こうとしていました。それは西銘先生も知ってますよね?」
「そうなの? 私は知らなかったわ」
「一方で、最近西銘先生の蒔苗先生へのアプローチが度を超えている」
「ちょっと待って。そんなことないわよ」
「祈念祭でもベタベタしていて、そこにいた生徒はみんな知ってますよ。その挙げ句に今日チョコを渡した」
「それも事実として生徒の間で広まっているのね?」
「広まっても構わないと思ってしているでしょう?」
「蒔苗先生、お喋りなの?」
「俺たちが鎌をかけただけです。そういうこと、男はウソが下手ですから」
「みたいね」
「別に良いんですよ、西銘先生が職員室の男性教師みんなに配っているのなら。あるいはもし蒔苗先生にしか渡さなかったとしても誰にも見られないところでこっそり渡したのだとしたら。本命チョコなら責められる筋合いはないです。でもその気がないのにわざわざ芦崎先生の目の前で蒔苗先生に渡すのはいかがなものでしょう。そこに何か意図があるのかと俺は思ったわけです」
「君、それを言いにわざわざ私の元へ来たの? それにすごい想像力。まるで全て見てきたみたい」
「俺が見ていなくても、生徒の目はあちこちにたくさんありますよ」
「全部、筒抜けなのね、怖いわ、本当に」
「先生が本気で蒔苗先生にアタックするのなら、俺たちも見守りますよ。蒔苗先生がどう思うか蒔苗先生の自由だし。芦崎先生も何とも思っていないなら動かないでしょうから。でも本当は芦崎先生がどう動くか見てみたかったんじゃないですか? だからわざわざ何とも思っていない蒔苗先生に対して芦崎先生に見せつけるようにアプローチしている」
「本当にすごい想像力ね」
「俺が芦崎先生を好きですから」
「え!?」
「だから西銘先生には芦崎先生を変に揺さぶって欲しくないし、蒔苗先生みたいなおっさんが一回りも違う芦崎先生に言い寄って欲しくない」
「うは、勝手な言い分」
「ということで、よろしくお願いしますね、面倒なことを起こさないように」
「君とは違うわよ」という西銘の声を背中に聞きながら俺は自転車を漕いだ。
そう、俺は勝手な男だ。爺さん譲りかな。だから好きな女性はあちこちにいる。とんでもない男だよ。
俺は自虐思考に陥った。
そして日は暮れた。
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