第40話 Chatter×Cat×Vampire
「分かりました。四の五の言わずに助けられます。ここから出してください」
アタシが答えると美女は少し驚いた顔をしてからくすくすと笑った。とっても色気のある笑い声だった。
「面白い言い方をするのね。それじゃあ助けられなさいな」
美女が優雅に立ち上がった。そうして部屋を出ていこうとする。
「あの」
アタシはそれを声で制しながらベッドから降りた。
「レオも一緒に逃がしてくれませんか? それがダメならレオだけでも逃がしてくれませんか? お願いします」
そう、レオがいないと話にならない。アタシだけ逃げられても意味はないのだ。アタシはレオを助けにやってきたのだから。
美女はアタシを振り返った。
「あの小猫ちゃんは貴方の何なのかしら? 良い人?」
「そんなんじゃないです。友達です」
首を振って否定すると美女は小さくふぅんと言ってアタシを見ていた。アタシはじっと美女を見つめ返した。
「それじゃあ連れてきてあげる。こっちの部屋で少し待っていてくれるかしら」
美女は扉を開けて出ていってしまった。アタシは慌てて美女を追いかけ、扉から寝室の外へ出た。
扉の向こうはまた違う部屋になっている。ここまで来るときに一度通った、ブランの自室らしき部屋である。とても広い部屋の真ん中に質の良いテーブルと重厚なソファが置いてある。一つだけある大きめの窓の下にも、寝られそうなソファが一つ。それだけだが、ソファやテーブルが立派だからか不思議と殺風景な感じはしない部屋だった。床には豪華な柄のワイン色の絨毯が敷かれ、壁には見事な赤いバラの描かれた壁紙が貼ってあるからかもしれない。
部屋に美女はいなかった。たぶん廊下に繋がっている扉から部屋の外に出たんだろう。
美女に言われた通りに大人しく待っていると、廊下に繋がっている扉が開いて美女が戻ってきた。右手の人差し指と親指で銀色の鳥籠を摘まんで。
どうしてそんなものを持ってきたのだろうと思って中を覗いてみると、鳥籠の中には身体を丸めた黒猫がいた。どうして猫が鳥籠の中に閉じ込められているんだろう。しかもなぜそれをここに持ってきたんだろう。アタシは首を傾げた。
「ホノカ無事だったんだね」
「しゃべった!!」
黒猫がしゃべった! しかもアタシの心配をしてくれている! アタシはビックリして後退った。
「オレが分からないの!?」
身体を丸めている黒猫が抗議の声を上げる。冷静になって考えてみると、その声には聞き覚えがあった。
「レオ?」
この声、レオの声だ。少年っぽい声、間違いない。もしかしてあの紫頭のお兄さんがコウモリになったのと同じように、レオは黒猫になれるのかもしれない。なるほど、だから美女はレオを小猫ちゃんと呼んでいたのか。
「そうよ。この子は貴方が欲しいと言った子猫ちゃん」
「欲しいとは言っていませんけど」
語弊がある言い方はやめてほしい。アタシはレオと一緒に逃がしてほしいと言っただけだ。
美女は口の横に左手を当てて首を傾げた。
「あら、いらないのかしら?」
「いります!」
「オレをモノみたいに言わないでほしいんだけど」
ここでのレオの抗議は却下である。
「それじゃあ、あげても良いわ。はいどうぞ」
そう言って美女は鳥籠をアタシの方に差し出した。アタシは美女の近くに歩み寄り、手を伸ばして鳥籠を受け取ろうとした。
「気をつけてね。吸血鬼は銀を触ると身体が溶けるわよ」
「わぁ!? 早く言ってくださいよ!」
寸でのところで手を止めた。危ない! もう少し教えてくれるのが遅かったらしっかり抱えてしまうところだった!
「底を持って。底は金のメッキをしてあるの。運ぶときはこの先を持つと良いわ」
確かに美女の言う通り、鳥籠の底は金色だった。美女の摘まんでいる輪も金色である。アタシは恐る恐る手を出し、床と水平にして掌の上に鳥籠を乗せた。緊張する。爆弾を渡されたみたいな心境だ。
「そしてこれがその籠の鍵よ」
美女が綺麗な顔の横に手を持ってきた。その細い指には金色の鍵が挟まっている。もう一度鳥籠に視線を移すと、底の部分に鍵穴があった。どうやらこの鳥籠は底と檻の部分を別にすることができるらしい。どこにも扉のような部分がないから、レオを出すにはこの鍵を開けて底と檻の部分を離すほかないようだった。
「鍵を貸してください」
アタシは右手を伸ばした。こんな爆弾みたいな鳥籠は置いていって中のレオだけ連れて帰りたい。その方が楽だ。
「ダメよ」
しかし美女は鍵を渡してくれなかった。
どうして? ここまで協力してくれたのにどうして今更鍵を渡すことを拒むんだ?
アタシが不思議そうな顔をしていたからだろうか。美女が口を開いた。
「貴方を出してあげるとは言ったけれど、小猫ちゃんを出してあげるとは言っていないわ。連れてきてあげるとは言ったけれど、逃がしてあげるとは言っていないわ」
美女は目を細めてアタシを見た。途端に今まで友好的に見えていた赤い瞳が怖ろしいものに変わったように見えた。
「そんな。お願いします。その鍵をください。……なんならアタシは残るので、その鍵でこの籠の鍵を開けてレオだけ逃がしてください」
それでも良い。それくらいその鍵が欲しい。レオは籠の中で「それはダメだ。ホノカ、早まるな」などと声を大きくしていたが、アタシは全て無視した。
アタシがここへ来たのはレオのためだ。レオを助けるために来たんだから、レオを助けられなければ意味がない。そのためにアタシがどうなってしまっても良い。……とりあえずは仕方のないことだと諦めてやろう。
「ダメよ」
しかし美女は首を縦に振らなかった。
「どうしてですか?」
「私は貴方にここを出てもらいたくて、貴方もそれを望んでいるから貴方を出すの。貴方は私にとって、いてもいなくてもどちらでも良い存在なのよ。だから貴方が望むなら逃がしてあげようと思ったの。けれどその小猫ちゃんは別。ここにいてもらわないといけないわ」
アタシは唇を噛んだ。まだ理由がよく分からないけど、彼女は彼女なりの考えがあるようだ。しかもアタシ自身は交渉に使えない。アタシはいてもいなくても良いと言われてしまったんだから。
どうすれば良いんだ? どうすればレオを助けられるんだろう。いっそのことこのままレオを連れ帰って鍵のことはフェリックスさんたちになんとかしてもらった方が良いのだろうか。
「いろいろと考えているようだから、言っておくわね。その鳥籠は人間の手でどうにかすることはできないわよ。機械を使おうが熱で溶かそうとしようが壊れないわ。銀の中に吸血鬼の灰を混ぜてあって、それが何ものもうけつけないのよ。それに吸血鬼は銀の形を変えられないから、壊すことは実質不可能よ。別の鍵を作ろうにも、複雑な作りをしているからこの鍵は複製できないわ。その小猫ちゃんを籠から出したいのなら、私の持っているこの鍵が必要ということよ」
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