第4話 1月18日 〜深い懺悔〜

 それから一週間後。

 武尊のスマホに病院の電話番号から着信が入った。

 慌て気味に画面をタップする武尊は、かすれ気味に応答した。


「勝木です……」


「美里さんのご主人ですね」


 その確認に「はい」と力強く答えた。


 電話をかけてきた女性は、いろいろ質問されるのが面倒だったのだろう。前置きもなく用件だけを告げた。


「検査結果が揃ったので、医師から説明を受けて欲しんですが、いつなら病院に来られますか?」


 ぼそぼそと話す電話の女性は、自分の名前も名乗らなかったが、看護師からだろうと思う武尊は、前のめりな返答をする。


「今すぐ病院に行くので、聞かせてください」


「あっ、今日は医師の手術の日なので、ちょっと難しいと思います……」


 それを聞いた武尊は、ふぅ~っと大きく息を吐くと、断られませんようにという願いを込め、翌日のインフォームドコンセントを望んだ。一日でも早いに越したことはない。その考えは揺るぎなかった。


 幸いにして、彼の希望は断られることなく、翌日の14時で約束を取り付けた。


 会社の給湯室で電話を終えた武尊は、スマホの画面をぼんやりと見つめ、しばしの間固まっていた。

 病院の職員に今すぐに行けると返した言葉と、以前、美里に仕事を休めないとぶつけた言葉。

 全く真逆の返答を大切な妻に告げたことに対し、激しい後悔が押し寄せていた。


 約二か月前の話だ。


 美里から病院に付き添ってほしいと言われたときに、仕事のせいにした自分が情けなく思えた。


 目の前に美里がいなくなった途端、今すぐ仕事を抜ける決断をした。何の躊躇いもなく。

 皮肉な話だ。

 これが十一月にできていたら違ったのに。

 自責の念が拭えない武尊は、スマホをスーツのポケットにしまうと、力なくとぼとぼと歩みを進め、自席に力なく腰掛けた。


 それから溜まっていた仕事を片付けようとしたが、思うように捗らず、再び立ち上がった。


 有給休暇の申請をするために上司の元を訪ねれば、あっけないほど笑顔で許可された。


 そんな現実が、武尊の気持ちを重くするのに拍車をかける。


◇◇◇


 翌朝、まだ五時にもなっていないが、武尊の目がパチッと開き、むくりと起き上がった。


 病院の指定時刻は午後だ。

 もう一度寝ようかと思ったが、目を閉じても眠れる気がしない。


 里美が入院して以降、早く起きるつもりはないのに目が覚めてしまう。


 これまでなら、眠る気もないのに二度寝に落ちてしまい、美里に起こされていたのだが、今ではすっかり不眠症だ。


 覇気のない足取りで洗面所に向かうと、ジャーッと大きな音を出して水を流す。


 鏡の前に立つ自分の顔には、ひどい隈ができている。バシャバシャと顔に水を顔にかけて、半ば強引に気合を入れ、作り笑いの練習を始めた。


 美里の前で情けない顔をするわけにはいかない。そんな風に気持ちを鼓舞したのも、つかの間──。


 洗面所から出てきた武尊は、人の気配のないキッチンを、視点の定まらない表情で見ていた。


 朝の六時。

 いつもであれば美里が朝食とお弁当を作っているころだ。


 ここ最近はその愛らしい姿がない。

それどころか漂う香りも音も全てなくなり、静まり返るこの場所では、居間にある壁掛け時計の秒針の音がやけに大きく響く。


「一人でいると、家って静かなんだな……」


 広く感じるリビングに佇む彼の口から、心の声がぽつりと漏れた。


 浮かない顔の武尊はベージュ色のカーテンを少しだけまくると、窓の外の空を見上げた。

 他の建物でほとんど隠れて見えないが、漆黒の空がわずかに白くなっている。


 急いで着替えた彼は、ここ最近のルーティンを始めた。


 水さえ飲んでいないが、乾きさえも感じないほど、自分のことには無頓着である。美里の顔を見るよりビーフシチューに気を取られていた彼は、どこへ行ってしまったのか。

 もしもこの場に美里がいれば叱られたに違いない。


 武尊は信仰心とは無縁に生きてきた。

 この世に神や仏がいるとは到底信じていなかったが、美里が入院して以来毎日、日が昇ると同時に神社へ向かい、「誤診でありますように」と願い続けていた。


 他の人の願いを聞く前の早朝の方が、より望みが叶う気がして、日の出に合わせるように家を出ていた。

 そのため参拝の時間は少しずつ早くなっている。


 誰もいない神社の空気は、より一層ひんやりと感じたが、寒ければ寒いほど、修行をこなしている気がして、神様に声が届くような気もしていた。


 賽銭箱を前にして、ぎゅっと固く目を閉じた彼は、心の中で同じ願いを十回唱えている。


 いつもは出勤の準備もあるため一回だけだが、今日は時間に余裕がある。

 そのため、願いごとにも普段以上の熱が入ったようだ。

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