デスシティ　〜魔界都市備忘録〜

　夜。デスシティの中央区は活気に満ちていた。

　刀剣を背負った人間や屈強なオーク、リザードマンや一つ目妖怪が往来を闊歩している。

　彼らの気を引こうとしているダークエルフや化け狐、雪女やサキュバス。

　上空では烏天狗や妖精、アンドロイドが飛び交っている。

　堂々と聳え立つ高層ビルの群れ。

　その合間を謎のエネルギーで滑空する車やバスが通り抜けていく。

　長大に伸びた線路には高速モノレールが走っていた。

　星も見えない曇天の夜空。

　数多のサーチライトに照し出されるのは超科学の結晶である多目的飛行船と飛竜種、ワイバーン。

　幻想、科学、魔物、アンドロイド──

　あらゆる非現実（ファンタジー）が集まった混沌の世界。

　とりわけ一番の活気を誇る中央区は、まさしくデスシティを象徴する場所だった。

　ここには有名な大衆酒場がある。

『ゲート』

　治安と呼べるものが存在しないデスシティにおいて、数少ない「完全安全地帯」に認定されている場所である。

　西部開拓時代を彷彿とさせる店内には飲食を楽しむスペースが大きく設けられていた。

　店内では暴力沙汰厳禁。

　故に客人たちはゆっくりと羽を伸ばしている。

　ふと、何人かが銃器を取り出した。

　犯罪組織の構成員だ。商談が成立しなかったのだろう。

　しかし、店主である大男が鋭い眼光を向ける。

　瞬間、全員冷や汗を流して銃をしまった。

　ゲートが何故「完全安全地帯」に認定されているのか──

　それは、偏に店主の腕っぷしによるものだった。

　店主の名をネメア。

　この魔界都市で五本の指に入る豪傑だ。

　容姿的年齢は三十代ほど。筋骨隆々の肉体にツーブロックに刈り上げられた金髪。髪と同じ色の瞳。

　服装は白のシャツとジーンズ、焦げ茶色のエプロンという簡素なもの。

　眠れる獅子と呼ばれる彼を怒らせることは、即ち死を意味する。

　犯罪組織「程度」で、彼を止めることはできない。

　乾いた音と共にウェスタンドアが開かれた。

　現れたのは褐色肌の美丈夫、大和。

　瞬間、店内の空気がガラリと変わる。

　歩くたびに女に口説かれながら、大和はカウンター席に腰かけた。

　ネメアは見慣れた光景に呆れている。

　大和はニヤリと笑いかけた。

「よう、繁盛してるか？」

「おかげさまでな」

「奢ってくれてもいいぜ？」

「調子に乗るなよ」

「かー、それが客に対する対応かよ」

　肩を竦める大和。

　彼の傍らに金髪碧眼の美女がやってくる。

　ネメアが雇っているウェイトレスだ。

　年齢は二十代前半ほど。服装は裾結びのシャツにホットパンツというラフなもの。

　カウボーイハットから出ている癖のある金髪は腰までふわりと伸びている。

　ザ・アメリカンな美女は、満面の笑みで大和に話しかけた。

「ご注文はありますか～♪」

「じゃあ──お嬢ちゃんをお持ち帰りしようかなぁ」

　ウェイトレスを引き寄せ、甘ったるい声で囁く。

　ウェイトレスは顔を真っ赤にした。

　ネメアはすかさず新聞紙を折り畳み、馬鹿（大和）の頭を叩く。

「いてっ」

「やめろ」

「ちぇー、いいじゃんよー」

　唇を尖らせウェイトレスを離す。

　ウェイトレスは駆け足で去っていった。

　ネメアは心底嫌そうな顔をする。

「うちの従業員に手を出すな」

「あっちがその気ならいいじゃねぇの」

「仕事ができなくなるんだよ。夢中になりすぎて」

　ネメアから向けられる非難の視線を、大和はケラケラと笑って流した。

「俺がいい男過ぎるのか、悪いな」

「ほざけ、馬鹿が」

　悪態をつくと、傍に置いてあった封筒を大和にさし出しす。

「仕事だ」

「報酬は？」

「３０００万」

「ふむ、いいぜ。誰を殺せばいい？」

　ネメアは淡々と告げる。　

「ある暴力団を纏めてだ」

「人数は？」

「３０人」

「ふぅん……」

　大和は手に取った封筒を開ける。

　入っていたのは依頼の詳細と手紙だった。

　手紙には、愛娘を殺された両親の激情が綴られていた。

　大事な一人娘を強姦され、四肢を切断され、グチャグチャにされた挙げ句、ドブ川に捨てられたという──

　大和の目に冷たい輝きが灯る。

「受けてくれるか？」

「もちろん。こういうクソッタレを殺すのが俺の仕事だからな」

　

　大和は立ち上がる。

　瞬間、聞き耳を立てていた客人たちが視線を逸らした。

　そのわざとらしい反応に、大和は鼻を鳴らす。

「今回の依頼の報酬、いつも通りお前の口座に振り込んでおく。追加依頼を達成すればその分も振り込んでおく。いいな？」

「オーケー、任せときな」

　大和は手を上げて、大衆酒場を去っていった。

　◆◆

　酒場を離れる大和の背に明るい声がかけられた。

「やまと～！！」

　名前を叫んで寄ってくる少女。

　可憐な美少女だ。

　容姿的年齢は十代前半ほど。綺麗な桃色の髪をツインテールにしており、くりりと丸い双眸が愛くるしい。

　幼いながら整った顔立ち。服装は今時のカジュアルなもの。

　将来とびきりの美人になりそうな──そんな女の子だ。

　彼女はふよふよと空中を浮遊している。

　人間ではない──幽霊だ。

「よ！」

「よぅ」

　幽霊少女が拳を突き出すと、大和も拳を突き出す。

　

「何の用だ幽香（ゆうか）」

「殺しの依頼引き受けたんだろう？　死体回収させてくれよ！」

　可愛いらしい容姿からは想像もできない不気味な発言。

　しかし大和は嬉しそうに笑う。

「話が早くて助かるぜ。後で声をかけるつもりだった」

「へへへ♪」

　幽香は嬉しそうに笑う。

　彼女は有料で死体を回収する死体回収屋『ピクシー』のリーダーだった。

「数は？」

「およそ30」

「種族は？」

「人間」

「肉体改造とか劇薬の使用は？」

「わからん。まぁ、半数はサイボーグだろうな」

「おおー！　それなら買い取り価格上がるぞー！」

　嬉しそうに両手を広げる。

　デスシティの科学水準は表世界より遥かに高い。

　有能過ぎるマッドサイエンティストと宇宙人のせいだ。

　幽香は両手で計算しつつ、大和につげる。

「えーと、今人間の死体の相場が５万なんだよ」

「ほう、上がったな」

「最近、人肉愛好家が増えてるらしいぜ」

「稼ぎ時じゃねぇか」

「へっへっへ」

　幽香はあくどい笑みを浮かべる。

「5×30で150万。でも、半数がサイボーグだろう？　パーツを見なきゃ何とも言えないなぁ」

「なら後払いでいいぜ」

「うぇ？　いいのか？」

「信頼してるからな」

「へへへ……♪」

　幽香は嬉しそうにはにかむ。

　その後、不思議そうに首を傾げた。

「でもさ？　でもさ？」

「？」

「あんな堂々と依頼を引き受けて大丈夫だったのか？　酒場の奴ら、み～んな聞き耳立ててたぞ？」

　そのことかと、大和は鼻で笑う。

「かまわねぇよ。邪魔すんならぶっ飛ばすだけだ」

　その発言に、幽香はキラキラと目を輝かせる。

「さっすが！　デスシティの三羽烏（さんばがらす）は言うことが違うなぁ！」

「だろ？」

　大和は幽香の頭をポンポンと撫でる。

　幽香は「うみゅっ」と声を漏らすと、次には気持ちよさそうに目を細めた。

「じゃあ明日、終わったら連絡する」

「わかった！」

「またな」

「またなー！」

　摩天楼の中に消えていく大和に、幽香はぶんぶんと手を振った。