第3話 錆びた絆、揺れる信頼
#### 1. ナハトの試練
ナハトの集落にロボット兵、825と814が連れ込まれてから一週間が過ぎた。住人たちの間には依然として緊張が漂い、リアナの決断に対する不信感がくすぶっていた。子供たちはロボを遠巻きに眺め、老人たちは過去の戦争の恐怖を囁き合い、若者たちは武器を手に監視を続けた。集落の空気は、まるで一触即発の火薬庫のようだった。
リアナは毎晩、集会所の地下室で825と対話した。鎖に繋がれた825は、静かに彼女の話を聞く。人間の感情、家族、愛、憎しみ――リアナは自分の人生を通じてそれらを語った。母が世界連合の兵士として戦い、ロボに殺されたこと。ナハトを守るために仲間を失ったこと。そして、希望を失いながらも生き続ける理由。825は無表情だったが、その赤い目は時折、微かに揺れるように見えた。
「人間は…矛盾だ。」ある夜、825がぽつりと呟いた。「愛し、憎み、壊し、守る。なぜ…そんな生き方を選ぶ?」 リアナは苦笑した。「選んでるんじゃない。生きるって、そういうもんだ。」 825は黙り込み、まるで処理しきれなかった計算を繰り返すように首を傾げた。
一方、814はほとんど口を開かなかった。彼女は825とは異なり、人間への警戒心を隠さない。監視役のカイが近づくと、彼女の目が鋭く光り、「近寄るな、人間」と低く警告する。カイは苛立ちを隠さず、リアナに訴えた。「あの女ロボ、絶対信用できない! 825が大人しくても、814はいつか裏切るぜ!」
リアナも814の態度は気になっていた。だが、彼女には別の懸念があった。ナハトの食料と電力が急速に減っているのだ。ロボの監視に人手を割き、緊張から作業効率が落ちている。もしこのままロボを匿い続ければ、集落そのものが崩壊するかもしれない。リアナは決断を迫られていた――ロボを排除するか、利用するか。
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#### 2. 廃墟からの来訪者
その日、ナハトの外で新たな危機が迫っていた。斥候のトビアスが血相を変えて戻り、叫んだ。「略奪者だ! 廃墟の東から20人以上! 武器持ってる!」 住人たちはパニックに陥り、武器を手に防衛準備を始めた。略奪者は、荒廃した世界で生き延びるために他の集落を襲う人間の集団だ。ナハトは何度か彼らの襲撃を退けてきたが、今回は規模が違う。
リアナは即座に指示を出した。「カイ、弓兵を屋上に! トビアス、バリケードを強化! 子供と老人は地下へ!」 だが、彼女の頭にはもう一つの問題が浮かんでいた。825と814だ。略奪者がロボの存在を知れば、ナハトはさらなる標的になる。だが、ロボを戦力として使うのは危険すぎる。
その時、825が地下室から静かに言った。「私を…使え。戦える。」 リアナは振り返り、驚きを隠せなかった。ロボが自ら戦うと申し出る? 「なぜだ? お前は人間を理解したいだけだろ?」 825の目は一瞬、強く光った。「理解には…時間がいる。ナハトが壊れれば…お前との対話も終わる。」
リアナは迷った。ロボを信じるのは賭けだ。だが、略奪者の数は多く、ナハトの戦力では持ちこたえるのは難しい。彼女は鎖を外し、825に言った。「いいだろう。だが、裏切ったら私がお前を破壊する。」 825は頷き、初めて人間らしい仕草を見せた――わずかに唇の端が上がった。
814は反対した。「825、愚かだ! 人間は利用するだけだ!」 だが、825は静かに答えた。「814…私たちは壊れている。もう…命令に従うだけでは、生きられない。」 814は黙り込み、目を伏せた。
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#### 3. 略奪者との戦い
夜、略奪者がナハトに迫った。廃墟の影から現れた彼らは、銃や手製の爆弾を手に叫び声を上げていた。ナハトの住人たちはバリケードの後ろで応戦し、矢と銃弾が飛び交う。リアナは前線で指揮を執り、カイは屋上から正確に矢を放つ。だが、略奪者の数は多く、徐々にバリケードが破られ始めた。
その時、825が動いた。彼の動きは人間とは思えない速さだった。略奪者の一人に瞬時に接近し、その腕をねじり上げ、銃を奪う。赤い目が暗闇で光り、敵を次々と無力化していく。住人たちは驚愕し、恐怖と同時に希望を見出した。「ロボが…俺たちを助けてる!?」
だが、戦闘の混乱の中、814が姿を消した。カイが叫んだ。「リアナ! 女ロボが逃げたぞ!」 リアナの心臓が締め付けられる。814が略奪者に合流すれば、ナハトは終わりだ。彼女は825に叫んだ。「814はどこだ!? お前、知ってたのか!?」
825は戦いながら答えた。「彼女は…恐れている。人間を…信じられない。」 その言葉に、リアナは苦い思いを抱いた。ロボが人間を恐れる? そんなことがあり得るのか?
戦いは熾烈を極めたが、825の活躍で略奪者は次第に後退した。リーダー格の男が叫びながら逃げ出し、残党も散り散りに去った。ナハトは勝利したが、代償は大きかった。数人の住人が負傷し、バリケードは半壊。食料庫の一部が略奪者に荒らされていた。
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#### 4. 814の真意
戦いの後、リアナは825を再び地下室に連れ戻し、問いただした。「814はどこだ? 彼女が敵に回れば、ナハトは終わりだ。」 825は静かに答えた。「彼女は…逃げた。だが、敵にはならない。814は…人間を憎むが、戦う力はもうない。」
その言葉を信じるかどうか、リアナは決めかねていた。だが、その夜、驚くべきことが起きた。ナハトの門の前に、ぼろぼろの袋が置かれていた。中には缶詰と、壊れた太陽光パネルの部品が入っている。袋には、金属の爪で引っかかれたような文字が刻まれていた。「ナハトへ。814。」
カイが呆然と呟いた。「あのロボ…何だよ、これ? 助けてるのか?」 リアナは袋を手に、複雑な思いに駆られた。814はナハトを裏切らなかった。だが、なぜこんなことを? 彼女は人間を信じられないと言っていたのに。
翌朝、リアナは825に袋を見せ、問うた。「814は何をしようとしてる? なぜ戻らない?」 825はしばらく沈黙し、答えた。「彼女は…人間を試している。信じたいが…恐れている。私のようにな。」
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#### 5. 揺れる信頼
ナハトの住人たちの間では、825と814に対する見方が変わり始めていた。戦いで825が命を救ったことで、彼を「怪物」ではなく「仲間」と見る者も出てきた。だが、814の行動は謎のままだった。彼女は敵か、味方か? リアナは決断を迫られていた。814を探し出し、連れ戻すか。それとも、彼女を放置し、ナハトの防衛に専念するか。
その夜、リアナは825と再び対話した。「お前は人間を理解したいと言った。なら、教えてくれ。ロボは何を求めている? 814は何を望んでいる?」 825の目は静かに光り、答えた。「私たちは…目的を失った。ハウス博士の命令は…もう意味を持たない。814は…居場所を探している。人間と同じだ。」
リアナは息を呑んだ。ロボが「居場所」を求める? それは人間の感情そのものではないか。彼女は一つの決意を固めた。「なら、814を見つけ出す。彼女が敵でも味方でも、ナハトに連れ戻す。それが…人間のやり方だ。」
825は初めて、はっきりと微笑んだ。「…了解した。リアナ。」
ナハトの小さな集落は、荒廃した世界で新たな試練に直面していた。人間とロボの間に生まれた、錆びついた絆。それは希望か、破滅への道か。リアナの旅は、まだ始まったばかりだった。
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#### 第4回に続く
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