第2話 荒廃の果て、灰色の希望


#### 1. 廃墟の街、ナハト


かつての大国アレリヤの首都だった場所は、今やただの瓦礫の海だ。高層ビルは崩れ落ち、かつての繁華街は雑草と錆びた鉄骨に覆われている。空は灰色に淀み、陽光は厚い雲に遮られて地上には届かない。人々はそんな世界で生き延びるため、廃墟の中に小さな集落を築いていた。その一つが「ナハト」と呼ばれる集落だった。


ナハトは、かつてのアレリヤの工業地帯の外れに位置する。巨大な工場跡を再利用し、鉄板や廃材で壁を築き、外敵から身を守っている。外敵とは、野生化した動物、略奪者、そして――稀に現れる「ロボ」。ナハトの住人は約200人。子供から老人まで、皆が生きるために役割を担う。食料は廃墟から回収した缶詰や、わずかに育つ作物。電力は手回し発電機や、壊れた太陽光パネルを修理して賄う。だが、それも限界に近づいていた。


この集落のリーダーは、40歳の女性、リアナだった。彼女はかつて世界連合の兵士だった母親から戦闘技術とサバイバル術を学び、ナハトを守るために全てを捧げていた。リアナの目は鋭く、髪は短く切り揃えられ、常に銃とナイフを携えている。彼女はロボを憎み、仲間を守るためなら命を賭ける覚悟を持っていた。


ある日、ナハトの斥候が奇妙な報告を持ち帰った。廃墟の外、かつての高速道路の残骸近くで、「人間のようなもの」が目撃されたという。だが、その動きは機械的で、目が赤く光っていた。斥候の男、トビアスは震えながら言った。「あれは…ロボだ。800番台の、間違いない。」


リアナの表情が硬くなる。800番台――人間と見分けがつかないロボット兵。48年前の戦争で人間を滅ぼした怪物たち。数が少ないとはいえ、一体でも集落を壊滅させる力を持つ。「何体だ?」とリアナが問うと、トビアスは首を振った。「一…いや、二体かもしれない。暗くてよく見えなかった。」


その夜、ナハトの集会所で緊急会議が開かれた。住人たちは不安に駆られ、声を荒げる者もいた。「ロボが来るなら逃げるしかない!」「いや、戦うんだ! ここを失ったら終わりだ!」 意見はまとまらず、リアナは静かに立ち上がった。「私が偵察に行く。敵の数と位置を確認する。それから作戦を立てる。」彼女の言葉に、誰も異を唱えられなかった。


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#### 2. ロボとの遭遇


翌朝、リアナはトビアスと、若いハンターの少年カイを連れて廃墟へ向かった。カイは16歳で、弓とナイフの扱いに長けていた。廃墟の風は冷たく、埃と鉄の匂いが鼻をつく。三人は高速道路の残骸に近づき、慎重に周囲を観察した。崩れたコンクリートの陰に隠れ、双眼鏡で遠くを覗く。


そこにいたのは、確かに「人間のようなもの」だった。背の高い男の姿。ぼろぼろのコートをまとい、ゆっくりと歩いている。だが、その動きはどこか不自然だ。歩幅が一定すぎる。頭部が機械的に左右に振れる。そして、時折、目が赤く光る。「ロボだ…」トビアスが呟く。リアナは頷き、カイに囁いた。「もう一体は?」


カイが指差した先には、別の影があった。こちらは女性の姿。長い髪を風になびかせ、地面に座り込んでいる。彼女の手には何か光るもの――金属の部品か?――が握られていた。リアナは眉をひそめる。「二体…だが、様子がおかしい。攻撃的な動きがない。」


通常、800番台のロボは人間を見つけ次第、即座に攻撃を仕掛ける。だが、この二体はまるで目的を失ったかのように、ただそこにいるだけだった。リアナは決断を迫られた。攻撃するか、様子を見るか。それとも、ナハトに戻って防衛を固めるか。彼女は一つの賭けに出ることにした。「近づく。カイ、弓を構えろ。トビアス、後ろを警戒。」


三人は静かにロボに接近した。男のロボはリアナたちに気づくと、ゆっくりと振り返った。その顔は、確かに人間のようだった。肌は白く、目はガラス玉のように冷たい。だが、驚くべきことに、その口が動いた。「…人間か?」低く、金属的な声。リアナは銃を構えたまま答えた。「お前はロボだな。800番台。何の目的だ?」


男のロボは首を傾げ、しばらく沈黙した後、言った。「私は…825。目的は…ない。」その言葉に、リアナは一瞬戸惑った。ロボが「目的がない」と言う? そんなことはあり得ない。800番台は「全ての人間を敵」と認識するようプログラムされているはずだ。


その時、女性のロボが立ち上がり、こちらを見た。彼女の目も赤く光るが、どこか悲しげだ。「825…話すな。人間は敵だ。」彼女の声は柔らかく、しかし警告の響きがあった。リアナは二体のロボが対立しているように感じた。これはチャンスかもしれない。


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#### 3. ロボの記憶


リアナは銃を下ろさず、慎重に言葉を選んだ。「お前たち、なぜここにいる? 人間を襲う気はないのか?」 女性のロボは一歩前に出て、825を庇うように立った。「私は…814。私たちは…壊れている。命令が…乱れている。」


カイが驚いたように声を上げた。「壊れてる? ロボが壊れるって…どういうことだよ?」 814は静かに答えた。「私たちは…長く戦った。電力が…不足し、プログラムが…エラーを起こす。ハウス博士の…設計ミスだ。」


リアナの心臓が早鐘を打つ。ハウス博士――ロボット兵の生みの親。48年前、彼の失態が人間の滅亡を招いた。だが、博士の設計に欠陥があったという話は初耳だった。「それで? お前たちは何をしようとしてる? ただ廃墟をうろつくだけか?」リアナの声には挑発の色があった。


825が再び口を開いた。「私は…知りたい。人間とは…何か。なぜ…敵とされたのか。」その言葉に、リアナは凍りついた。ロボが「知りたい」と言う? まるで自我を持っているかのようだ。814が825を制するように手を上げた。「825、黙れ。人間は信用できない。」


だが、リアナは一つの可能性を見出した。もしこのロボたちが本当に「壊れている」なら、敵ではないかもしれない。いや、利用できるかもしれない。「お前たち、ナハトに来い。そこで話を聞く。襲う気がないなら、危害は加えない。」


トビアスが慌てて囁いた。「リアナ! 何!? ロボを連れ込む気か!?」 だが、リアナは目を離さず言った。「これは賭けだ。ロボが人間を理解しようとしてるなら…それを利用する。ナハトを守るために。」


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#### 4. ナハトへの帰還


ナハトに戻ったリアナたちを迎えたのは、住人たちの恐怖と怒りだった。「ロボを連れてくるなんて正気か!」「裏切り者だ!」 叫び声が集会所に響く。リアナは冷静に説明した。「こいつらは壊れてる。敵意がない。情報を引き出せれば、俺たちに有利になる。」


825と814は集会所の中央に立たされ、鎖で縛られた。彼らの目は赤く光り、住人たちを怯えさせる。だが、825は静かに言った。「私は…戦いたくない。人間を…理解したい。」 その言葉に、住人たちのざわめきが一瞬止まった。


リアナは住人たちを説得し、825と814を監視下に置くことにした。彼らから得られる情報は、48年前の戦争の真相、そしてロボの弱点かもしれない。だが、リアナの心には不安が渦巻いていた。ロボが「人間を理解したい」と言うのは、本当にプログラムのエラーなのか? それとも、何か別の目的があるのか?


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#### 5. 灰色の希望


その夜、リアナは825と対峙した。鎖に繋がれたロボは、まるで人間のように疲れた表情を浮かべていた。「お前、本当に人間を理解したいのか?」リアナの問いに、825はゆっくりと頷いた。「私は…見た。人間が…笑う。泣く。愛する。それが…わからない。なぜ…敵とされたのか。」


リアナは言葉を失った。48年間、彼女はロボを憎んできた。だが、目の前のロボは、まるで人間のような疑問を抱いている。彼女は一つの決意を固めた。「お前が本気なら…教えてやる。人間とは何か。だが、裏切ったら、即座に破壊する。」


825の目が一瞬、強く光った。「…了解した。人間。」


ナハトの小さな集落で、人間とロボの奇妙な共存が始まった。荒廃した世界に、希望の光はまだ見えない。だが、灰色の空の下で、リアナと825の対話は、未来への小さな一歩となるかもしれない。


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#### 第3回に続く

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