10 レンジャー協会



 ダンジョン開発の主導権を握っているのは国であり、幻想資源開発庁(通称・幻資庁)であり、そこから仕事を割り振られているダンジョンゼネコン各企業である。


 しかし、その一方でもうひとつの大きな勢力が存在する。


 それはNPO法人「日本レンジャー協会」である。


 国家資格であるレンジャーになると自動的に会員権が付与される。東京都渋谷区の一等地に本部を構え、一千万人と言われる会員を誇る。ダンジョン内限定とはいえ魔法やスキルを使うレンジャーが所属する性格上「自衛隊、警察を凌ぐ日本最大の実力集団」と呼ばれることさえある。


 彼らは彼らで、国とはまったく別の思惑で動いている。


 その思惑とは――。



 渋谷サクラステージ・オフィスビル内の一室。


「もういい。もういい」


 レンジャー協会副会長・甲斐清輝かいきよてる(51)は、鬱陶しげに部下の報告を打ち切った。


「つまり『例の少年』について、何もわかってないということだな? いったい君はこの一ヶ月間何をしていたんだ!」


 ハンカチで額の汗をふきながら、部下は弁明した。


「何しろ相手はニチダンですので、ガードが堅く……その、情報収集といっても聞き込みだけでは何も」

「海上保安庁にはあたってみたのか?」

「もちろんです。しかし、やはり国家機密とのことで拒否されまして」

「何が国家機密だ!」


 甲斐の「スキンヘッドで眉なし」という強烈な外見は、ただでさえ部下に威圧感を与えている。今、その表情は苛立ちに満ちて、部下は生きた心地がしなかった。


「我々はレンジャー協会だぞ。ダンジョン攻略、モンスター討伐の専門家だ。その我々に情報を開示しないというのはどういうことだ?」

「R討伐に何も関わることができなかったからでは」

「仕方ないだろう。あれは会長命令だ」


 R事変について関わらないというスタンスをいち早く決めたのは会長である。会長はいつも「修行」でダンジョンにこもっており、めったに本部には顔を出さない。ゆえにほとんどの業務は副会長以下が負うことになっているのだが、R出現時にはわざわざ「古竜種とはかかわっちゃダメね♣死ぬから♥」と釘を刺してきたのである。


 その会長は今日も不在である。

 

 甲斐にしてみれば、R事変は日本レンジャー協会の力を世間に見せつける絶好の機会に映った。協会選りすぐりのレンジャーであればRが地上に出る前に叩けると確信していたし、なんなら自分自身が出張る用意もあった。世界でも数少ないA級『斧使い』である彼の実力を見せつける良い機会であったはずだ。


 会長のことは信頼も尊敬もしている甲斐であるが、あの決定には承服しがたいものがあったのだ。


「R事変について、ニチダンは一切触れていない。公的にも私的にもな。あの目立ちたがりの剣聖が、この件については自分のチャンネルでも口を噤んでいる」

「はあ……それは、社外秘だからでは?」

「あの少年についても、社外秘か?」


 甲斐は一枚の画像を映し出したタブレットを、デスクの上に滑らせた。


 そこには、あの巨大魔導装甲のコクピットらしき部位に立つひとりの少年の姿が、粗い画質で映し出されていた。


「この少年は何者だ?」


 それこそ、甲斐が、いやレンジャー協会が最も知りたがっていることだった。


「あの魔導装甲がRに対して放った雷魔法。あれは『ゼウスの雷霆』だった。ギリシャ神話系の召喚魔法を使う者はこの世界には五人しかいないはずだ。しかし、この少年はそのうちの誰でもない」

「では、知られていない六人目ということに?」

「事はそう単純ではないさ」


 大きなため息をついて、甲斐は巨体をチェアの背もたれに預ける。


「ゼウスは主神だ。そのクラスと契約できているレンジャーは世界でも稀だ。それほどの実力者が子供などとはありえん」

「他国のダンジョンで経験を積み、契約したのでは? たとえばNYダンジョンには年齢制限はありません」

「そうだな。しかし、無名というのが解せんのだ」

「……確かに、そこまでの力がある人間が今まで隠れているというのは、不思議ですね。そもそもこの年齢で主神召喚とは……どこの国でも大騒ぎになっているはずです」

「そうだ。ニチダンや日本政府がこの少年の正体を隠蔽してるという見方をすべきだろう」


 部下は頷く。


「この少年こそ、我々レンジャー協会が探し求めている存在かもしれない新人類ニュータイプかもしれん」

「いわゆる『特異点』《シンギュラリティ》ですか……まさか……」


 ダンジョンが存在する世界に適合した人類がいずれ現れる――というのが、各国レンジャー協会の掲げるビジョンである。その人類が世界を導くのだと信じているのだ。その存在を、彼らは「特異点」《シンギュラリティ》と呼んでいる。


 それが現れたかもしれないとなれば、甲斐の心中は穏やかではいられない。


「ともかく、この少年について探るのだ。どんな小さな手がかりでも構わん。何かないのか?」


 部下は考えを巡らせてから言葉を口にした。


「今噂になっている、女子中学生二人組がいます」

「中学生?」

「桧山舞衣の姪と、月島雪也の長女です。彼女らはあの少年と同行してたようなのです。とはいえ、ネットの噂にすぎませんが」

「ネットの噂だと……?」


 眉唾だな、と甲斐は眉もないのに思った。


 しかし、桧山舞衣といえば今も世界に名前が残る大英雄であり、月島雪也も一流のレンジャーだった。何かあるのかもしれない。特に舞衣の姪のほうは、来栖比呂と繋がりがありそうだ。


「人を貼りつかせておくに超したことはないな。何か手を打て」

「この二人は鳳雛女学院に通っていて、最近ダンジョン部を創設したそうです。我々の息のかかった者をその部のコーチとして派遣するのはいかがでしょうか?」

「適任はいるか?」


 部下はスマホを操作していくつかの候補をピックアップした。


「彼はいかがでしょう? 三澤誠志郎くんです」

「ダンジョン競技銀メダリストの彼か。申し分ないが、どこかのゼネコンの顧問レンジャーをしてるんじゃなかったか?」

「それが、帝栄建設とは今月末で契約が切れるようで」

「決まりだな。彼に依頼しろ」

「承知しました。……あっ、いや、待ってください」


 スマホを操作していた部下の指が止まる。


「申し訳ありません副会長。鳳雛ダンジョン部にはすでにコーチがいるようです」

「なんだと?」

「先ほど学生部に登録されていました。藍川英二という男です」


 部下はデータを甲斐に見せた。


「ダンジョンの観光ガイドか。A級のくせにそんな仕事をしているとは、よほど無能なのか? それとも物好きなのか?」

「はあ、そこまではなんとも」


 甲斐は鼻で笑った。


「構わん構わん。この男の補佐でいいから三澤を派遣しろ。女の子らだって、こんなおっさんに教えてもらうよりイケメンの方が喜ぶだろう」


 部下は頷いた。


 三澤は妻帯者だが、まだ若い青年である。顔立ちも端正と言っていい。それに引き換え、藍川という男は無精髭のおっさんでしかない。しかも零細企業のサラリーマン。億の年収を稼いでいる三澤とは比べものにならない。


(公開処刑だな、このおっさんも可哀想に)


 藍川英二なる男に同情しつつ、部下は甲斐の部屋を後にした。

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