第31話

 救命艇には貴婦人たちが乗り、小さな照明だけを頼りに空母を捜してる。

「船員もなしに? 自殺行為じゃないか」

 ジーク様も私も唖然とした。でも、それだけ背に腹は代えられない事態だったのね。

 急にひとりの貴婦人が苦しみ始め、両手で喉を押さえ込む。彼女は拳大ほどもある、何かの幼虫みたいな異物を吐き出して……ボートの上はパニックになった。

 その幼虫が血にまみれながら、別の貴婦人の口へ飛び込む。

 全滅するまで、ひとりずつ。映像はその途中で途切れ、再びエックスが笑った。

『というわけでして……誠に残念でございますが、主人を失った以上、あなたがたは本戦へ進む資格がないのです』

「いっ、いや! 助け……あぐっ、なんれもひます、から……!」

 メイドたちは絶望の色を濃くしながらも、首元のロープにしがみつく。

「まあ待ちたまえ、エックス」

 それを制したのはジーク様だった。腰に手を当て、綺麗な瞳でスクリーンのエックスをまっすぐに見据える。

「ここで彼女らを除外するのは、いささか強引ではないかな? それ以前にあなたは主催者として、ルールを周知徹底させているとは言い難い」

 これにはマキューシオも口を揃えた。

「主人と世話役は一心同体というルールにしても、ぶれがありますね。主人に裏切られたら失格としながら、今しがた、あなたは『主人を失った以上』と言ったのですから」

 そうよ、デスゲームのルールにはちらほらと不備がある。

 昨日の予選にしたって、制限時間は設けられてなかった。仮にまだ乗客の誰かがアンティノラ城のどこかで生き残ってるとしたら?

 一匹狼のクロウも乗ってくる。

「貴様が俺たちを気分ひとつで殺しては、ゲーム自体が成り立たんぞ」

「だろ? 港を目前にして、全員が殺されるなんてオチもあるかもしれない」

 表向きは侍女らを助けるため――その裏でジーク様たちはおそらくデスゲームの続行を望んでいた。マキューシオとクロウはそのつもりに違いないわ。

 エックスは素直に折れた。

『確かに……いや、失礼しました』

 首吊り用のロープが解け、メイドたちは解放される。

『裏切ったかどうか、見捨てたかどうかは、少なからず主観的な判断を要するもの。それに予選のうちから、みなさまに未知のルールを徹底したのも、まずい進行でした』

 エックスは気障ったらしい会釈を交え、ひとまずのところは頭をさげた。

「念のため、確認しておこう。不可抗力で主人が死んで、使用人が生き残った場合……もしくはその逆の場合は、どういう判定になるんだい?」

『生き残った者で続行としましょう。予選では想定以上に脱落者が出ましたので、あまり数を減らすのも、デスゲームには不都合なことですし……』

「あとでルールを変えるなよ」

『肝に銘じておきます』

 釈然としないものを感じつつ、私は自分の仕事に徹する。

 次にエックスが現れたら、映像の場所を吟味してくれ――そう頼まれたの。ジーク様やクロウが会話を引き延ばすのは、このため。

 けど、向こうも『お城の中』じゃわからないわね。アンティノラ号の船室なら、少しは推測もできるんだけど……。

『それでは本戦を始めます! まずはみなさま、二人一組になってくださいませ』

 プレイヤーの間で驚きの波が走った。

「二人一組だと?」

『はい。誰でも構いません』

 当然のようにジーク様は私の肩を抱き、主張する。

「僕はオディールと組むよ。ふたりの愛が勝利を導くと、信じてるからね」

「……はあ」

 気のない返事を返したら、クロウに失笑されてしまった。

「心がこもっていないと、女にばれてるぞ」

「縁談を二度も駄目にした、君に言われたくないね」

 同じくシモンズ夫妻もペアとなる。

 ところが、マキューシオは相棒のロベルトで即決しなかった。

「クローディス、怪しいと思わないか? やつはタッグで何をさせる気なのか……」

「タッグとは限らんな。あるいは……」

 今になって、私もはっとする。

 これが一対一のトーナメント形式だったら? 私はジーク様と戦う羽目になるわ。

「ジ、ジーク様!」

「心配いらないさ。主人と使用人が一心同体と言ったのは、彼だよ」

 それでもジーク様は一笑に付し、メイドの私をこれ見よがしに抱きすくめる。

 一方でマキューシオたちは警戒し、ロベルトはクロウと組むことになった。カチュア女史団(と呼ぶことにしよう)は主人が一で侍女が五だから、三組ね。

「頼りにしてましてよ、キトリ」

「お任せください。全身全霊をもってお守りします」

 クロウ親衛隊(これも今考えた)は五名で、一名がマキューシオとペアを結成した。

「そう硬くならないでくれ。えぇと……スコット、だったね」

「よ、よろしくお願い致します……」

 大体のペアは問題なさそうだけど、クロウとロベルトのコンビは今にも摩擦が熱を発しつつあった。クロウとマキューシオからして犬猿の仲だもの。

「余計なことは考えてくれるなよ? ロベルト」

「私が怖いのですか? 噂の王子殿下も肝っ玉は小さくていらっしゃる」

 改めてエックスがゲームの説明に入った。

『それでは一回戦、ドキドキ救出ゲームの始まりです! まずはこれをご覧ください』

 バニーガールのひとりが箱の中に身体を閉じ込め、ウサギのお耳と頭だけ出す。

 派手な色の箱には、至るところに細長い穴が空いてた。

 そこにエックスが剣を添え、一息に刺し込む。

『このソードが鍵となっておりまして。こうすると!』

「きゃああっ! ……え?」

 そして箱が開くや、バニーガールは豊満な身体つきをパフォーマンスのように見せびらかした。エックスは平然と剣に触れ、その刀身をぐにゃりと曲げる。

『ただのオモチャでございますよ。こうやって、パートナーを救出するのです』

 なるほど、そのための二人一組なのね。

 ひとりは箱の中で待ち、もうひとりは剣を探してこい、と。

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2025年12月13日 12:00
2025年12月16日 12:00
2025年12月19日 12:00

Death Game Clewes (デスゲーム・クルーズ) 飛知和美里 @hichi3310

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