第28話

 だけど、いつまで経っても救援は登場しなかった。

 私たちは幽霊船で漂流してるも同然。

「全員がリタイアしちゃったら、どうなるんだろーねぇ?」

「兄さん……エックスのひとり勝ちに?」

 クロウは先に踵を返す。

「ひとつ忠告しておく。マキューシオにはお前たちも気をつけろ」

「ああ。君も足元を掬われるなよ、クローディス」

 私とジーク様もすでに同じ結論に達してた。

 あれだけたくさんいた参加者が、十数人しか残ってないんだもの。単に脱落していっただけじゃないわ。ライバルによって、まんまと蹴落とされた可能性が高い。

「意図的にパニックを誘発すれば、簡単さ。不協和音も使いようによっては……」

「マキューシオはまだしも、ロベルトなら考えるでしょう」

 そして、この展開はおそらくエックスも想定していた。プレイヤーに武器を与えたうえで、わざわざ『リタイアは死』を『死はリタイア』と言い換えてる。

「クロウも油断なりません」

「だろうね。このゲームはご褒美が美味しすぎる」

 生き残るだけなら、誰もそこまでしないわ。マキューシオも、クローディスも、このゲームの『結果』がもたらすものを見据えてた。

クルーズで猟奇事件に巻き込まれ、共和国議員は全滅。生き残った者は数々の疑惑を有耶無耶にしながらも、今後の議会をリードしていく立場となる。

 クロウが王侯貴族から猛反発される『国民主権』を押し通すには、千載一遇のチャンスだった。同様にマキューシオも古株の保守派を斬り捨て、『経済特化』を推進できる。

 ただ、ジーク様の場合は味方が激減する恐れもあった。大物貴族がいなくなっては、ジーク様の『貴族主義』は後ろ盾を失うも同じだもの。

 いずれにせよ、おめおめとライバルに勝利を譲るわけにはいかないわ。

 私たちがあの『目的』を果たすためにも。

 国民主権は民の暮らしを優先するから、芸術なんてあとまわし、でしょ? 経済特化も音楽だのはお金にならないからって、価値を見い出そうとしない。

 それじゃ困るのよ。カレードウルフ共和国でバレエの公演を実現するには。

 そう、だからこその貴族主義。

ご貴族様が趣味にお金を掛けまくるのは、どこにだってある話だもの。ジーク様は民の血税でバレエ文化を立てなおし、特等席で私と一緒に鑑賞するおつもりなんだから。

そのためにデスゲームさえ利用しようとしてる。

 地獄に落ちるのも当然だわ、ほんと。

「戻ろうか、オディール」

「はい」

 そんな本音をひた隠しにして、私たちはメインホールへ戻った。


 クルーズのスタッフが正装したうえで、メインホールに入ってくる。

 厨房のシェフとか、カジノのディーラーとかね。アンティノラ号を運航するための乗組員とは別に、クルーズの旅をサポートするための面々だわ。

 彼らはアイマスクで目元だけ隠し、一言も話さなかった。自我はないのか、黙々と自分たちの作業にだけに没頭する。

 メインホールの壁にスクリーンが掛けられた。

 部屋を暗くして、映写機が光を当てると、そこにエックスの姿が浮かびあがる。

『みなさん! 命をお懸けになっての予選突破、おめでとうございます!』

鼻につく言い方ね。仮面の中で脱落者を嘲笑ってる。

 クロウが声を張りあげた。

「テレーズを出せっ! 無事なんだろうな?」

 対し、エックスはしれっと肩を竦める。

『ご心配なく。観客のみなさまには、先にお休みになっていただいております』

 アンティノラ号に鐘の音が鳴り響いた。あの礼拝堂のものね……。

『本戦を始めたいのはやまやまなのですが、みなさまもお疲れでしょう。今夜のところはお開きとしまして、続きは明日としませんか?』

 エックスの言葉だけに信用ならない。

にもかかわらず、ジーク様は即答してしまった。

「僕は賛成だよ。汗もかいたことだし……軽く食事をしてから、一眠りしたいな」

『でしょう? すぐにご用意致しますので』

 入浴や食事ができると聞き、カチュア女史らも安堵する。

「よかった……カチュア様、お立ちになれますか?」

「え、ええ。でもお部屋は?」

 クルーズのスタッフが壁際に並んで、お辞儀した。

『ただいま、みなさまのお荷物を近くの部屋へ運ばせております。ご用の際は、そちらのスタッフに何なりとお申しつけください』

「……………」

 無言の相手に指示しろって言われても、ねえ?

『お部屋のほうは少し手を加えておりまして、必ずやご満足いただけるかと』

「私の船なのだが……では、今夜は解散でいいのかな」

 エックスの提案っていうのは不本意だけど、私たちには休息が必要だった。

 本来ならとっくに就寝してる時間で、怪物と連戦も強いられてる。私とジーク様は余裕があるものの、クロウの部下やカチュア婦人の侍女らはとっくに限界を超えていた。

「俺も異存ない。怪我人もいることだしな」

 この面子で初めて満場一致に。

 エックスは仮面の前で人差し指を立て、私たちに釘を刺した。

『ただし次の鐘が鳴るまで、ゲームはお休みです。この間の妨害行為などは一切認められませんので、ご留意くだいますよう……ふっふっふ』

 要は『殺すな』ってことね。

 でもこんなふうに言われたら、逆に意識しちゃうんじゃないかしら? 休憩の間も警戒はしておかないと……。

『それでは、おやすみなさいませ。よき夢を』

 映像はぷつんと途切れ、メインホールの照明がまた点いた。

 私とジーク様は適当なスタッフを指名して、お部屋まで案内してもらう。

「この者たちも巻き込まれたか……」

「デスゲームで競争させられるよりは、ましだと思いますけど」

 その部屋を一瞥して、ご主人様は瞳を輝かせた。

「おお~っ! 気が利いてるじゃないか」

「げっ?」

 メイドの私は顔を引き攣らせ、廊下まであとずさる。

 このお部屋……なんでダブルベッドなのよ! 男と女のムードを盛りあげるため、ご丁寧にピンク色のルームランプも設置されてる。

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