第7話
「居眠りかい? オディール」
「……え?」
いつの間にか、私はジーク様のお部屋でうたた寝しちゃってた。
これはクルーズで相っ当、気が抜けてるわね……頬を叩いて、頭を覚醒させる。
「寝てる間に何もなさってませんね? ご主人様」
「……帰ったら、ちょっと話しあおうか」
ジーク様はおひとりでダーツに興じてた。多分、練習も兼ねてね。
このひとは仕事は仕事、休暇は休暇とメリハリをつける達人でもあった。今回のクルーズは少なからず政治色があって、商談や会合も予定されてる。
例のオークションを潰すのも、そのひとつだわ。
けど、それと同時に娯楽にも余念がなかった。旅の後半はプール遊びやカジノでゲームなんて予定を盛り込んで、楽しみに取ってる。
「オディール、君も仕事はほどほどにして、楽しんでくれよ? 僕ばかり遊んで、メイドの君はずっと給仕……じゃ、僕の沽券にも関わるからさ」
「仰りたいことはわかります」
はあ……こうやって、私も徐々に追い詰められていくのね。いつものパターン。
「……で、女たらしのロットバルトが何だって?」
「あ、はい。ゴミみたいな兄さんが、予告状はまだ出してない、と」
「ふぅん……まあ、放っておこうか」
それにしても、兄さんの暴落ぷりっと来たら……はあ。
☆
夕食はアンティノラ号のメインホールにて。
最初のうちは立食パーティーの形式で、あとから指定の席に着くの。挨拶のために誰もが歩きまわることから、こういう形にしたんでしょうね。
大戦の前は『豪華客船が潜水艦に沈められた』なんていう事件もあったかしら。アンティノラ号も出航の前は、まだ情勢が何だの、刺激がどうだのと批難もされた。
でも、少なくとも有力者たちは歓迎し、こうして海の上で一堂に介している。誰がなんと言おうと、時代は変わりつつあるみたいね。
ジーク様は上流貴族の代表として、華やかな面々に囲まれてる。
「せっかくのお休みでしてよ? ジークフリート様も羽根をお伸ばしになりませんと」
「ハハハ。そんなふうに誘われては、僕も断りきれないね」
……やっぱり女性が多いわ。
当然、マキューシオのほうも負けてない。
「こんばんは、マキューシオ様。昨夜はろくにご挨拶もできず……」
「いえいえ、こちらこそ。レディーに気を遣わせてしまうなんて、申し訳ない」
さすが共和国一の豪商、縁談の話もひとつやふたつじゃないはず。
どっちも高身長で端正な顔立ち、ロイヤリティに満ち溢れてるもの。おまけに大物貴族と大資産家なんだから、共和国のご令嬢たちも目の色を変えるに決まってた。
それに比べて……兄さんのロットバルトはメイドにしか受けてない。所詮、女はお金と地位ってことなんだわ。
「どうぞ、バル様! お召しあがりになってくださぁい」
「いや……その、オレはさ?」
あと兄さん、お酒はこれっぽっちも飲めないから。
ジーク様の専属メイドたる私は、合図があった時だけ、お傍に駆けつける。
「お呼びでしょうか? ご主人様」
「うん。赤ワインを持ってきてくれたまえ」
公の場でのジーク様は、決して私にべたべたしてこなかった。
でも私の『メイド』ぶりをアピールしたがって、何かと注文をつけてくる。ハンカチをくれとか、グラスを替えてくれとか。
「ありがとう、オディール」
「メイドにお礼など仰るものではございません」
「ふふっ! それもそうだねぇ」
そして、ほかの客の世話は絶対にさせようとしない。
まあ、わざわざ余所の侍女に声を掛けるひともいないけどね。自前の使用人がいるんだし、ましてや私、あのジークフリート様『専属』のメイドなんだもの。
ところが、そんな私の肩を抱き寄せる怖いもの知らずがいた。
「メイドがひとりで混ざっても、居心地が悪いだろう? 俺に付き合え」
「クロ……クローディス様?」
よりによってジーク様の目の前で、クロウが強引に私をかっさらっていく。
「……」
ジーク様の視線に寒気がした。これは……あとで怒られるやつだわ。
クロウの仏頂面が恨めしい。メインホールの脇で、私は彼に小さな癇癪を起こす。
「ちょっと! わざとやったでしょ、今」
「こっちはフォローしてやったつもりなんだが……」
居心地が悪いなんてことはなかった。そりゃあ、ジーク様目当てのご令嬢は面白くなさそうだったけど……メイド風情の私に嫉妬されても、ねえ?
「んもう……自分が退屈してるからって。私は仕事中なのよ? 仕・事・中」
「オレが暇を持て余してることには、気付いてたんだな」
クロウは自嘲気味にやにさがった。楽隊の演奏に耳を傾けながら、やけに眩しい今夜のパーティー会場を見渡す。
「ここの連中にとっちゃ、俺の方針は気に入らないんだろうさ」
カレードウルフ共和国の『共和制』は、まだまだ形だけのもの。依然として議会は王侯貴族の独占状態にあり、民主主義には程遠かった。
クロウの掲げる『国民主権』は、富裕層にとっては不愉快でしかない。
だから元第一王子とはいえ、この会場でクロウに媚を売るような者はいなかった。軍部の関係者が少し話しかける程度ね。
カレードウルフの政界で、この王子様は浮いてしまってる。
「だが、いつかひっくり返してやるとも」
王政でなくなったことへの反逆……なのかしら?
視線をそのままに私は首を傾げた。
「入れ込んでるわね。自分の進退を賭けるくらい、国民主権が大事ってわけ?」
「当然だ。お前こそ、いつまでジークフリートに従ってるつもりなんだ? あいつの貴族主義こそ、カレードウルフにとって害悪でしかないぞ」
「そんなの興味ないってば」
主義だの主張だの……よくやるわ、ほんと。
実を言うと、ジーク様も別に『貴族主義が正しい』なんて思ってないの。
ただ、今あるものを再利用するほうが、単純に『早い』から。一日でも早くカレードウルフ共和国を安定させるには、ね。
それと、もうひとつ。私たちには『貴族主義』でなければならない理由があった。貴族社会の栄華を取り戻すため? ううん、そんな大それたものじゃなくって……。
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