第1話 美少女は「いいね」が欲しい 2/2

「どーせ昨日も絵ぇ描いてたんっしょ」


 保健室に向かう途中、夏子なつこはからっとした口調で言った。


「ビッグフェスだっけ? ランキング狙ってんだよね」


 夏子はつき合いが長いから、何も言わなくても何でもバレる。


「『いいね』の数がどうのこーの、やってて楽しいん?」

「私の勝手でしょ」

「眉間にしわ寄せて、体壊して絵ぇ描いて。どMすぎ。うける!」

「夏子には私の気持ちなんてわからないわよ」

「うん、わからん。うちは絵ぇ描かんし。けど、咲良さくらが前よりつまんなそうなのはわかんよ」


 何も言わなくても何でもバレるのは、時々煩わしい。


「失礼しま~す」


 夏子は勢いよく保健室の扉を開けた。消毒液の匂いが鼻孔を擽る。


「せんせー、咲良がしんどいって。休ませてやって!」


 保健室の机で教科書とノートを広げていた男子生徒は、咲良たちが保健室に入って来た瞬間、パッと顔を上げ、何か言いたげに口を開き、すぐに口を閉じて俯いた。

 きゅっと身を固くしている。

 眼鏡の奥の瞳は緊張したように揺れていた。


 咲良はそのいかにもオタクっぽい地味な男子生徒に見覚えがある気がした。


 保健室には彼以外誰もいなかった。


「あれ? 日下部くさかべじゃん! がっこ来てたんだぁ」


 夏子は長年の友達相手みたいに、彼に向かって親し気に手を振った。

 男子生徒――日下部は委縮してさらに体を固くさせた。


「知り合い?」

「咲良の鳥あたま! 同じクラスじゃん!」


 咲良は記憶の糸を手繰り寄せた。そういえば高校生になって一ヶ月もしない内に不登校になったクラスメートがいた。


「せんせーどこ行ったん?」


 日下部の肩がびくりと振るえ、恐々と夏子に顔を向けた。

 今にも泣きそうな表情で、見ている方が居たたまれなくなる。


「ま、いいや。ここ使わせて貰うな~」


 夏子は二つあるベッドの内、片方のカーテンを開くと、咲良の腕を引っ張りベッドに座らせた。


「ちょっと! 勝手に使うわけには行かないわよ」

「いーじゃんいーじゃん、細かい事は! じゃっ、うちはきょーしつ戻るから。さっさと寝て元気になりな!」


 夏子はそう言って保健室を後にした。相変わらず強引ゴーイングマイウェイだ。


「俺も出て行くよ!……ゆっくりするのに邪魔だろうし」


 日下部は卑屈な性格のようだ。


「ここで勉強するのは許可を取っているんでしょう。私のことは気にする必要ないわ」

「……ありがとう、嶋中さん」


 一ヶ月しかクラスメートをしてない人間の苗字を覚えられるなんて、夏子と同じく随分と記憶力がいい。


 咲良はカーテンを閉めてベッドに横たわった。ぐわんと頭が円を描く。

 眠ろうとしたが、昨夜投稿したイラストの評価が気になって来た。


 スマートフォンを操作し、ピクフィスにログインする。


 ランクインしているかも。


 ディスプレイに、ピクフィスの管理画面が映し出された。


 嘘……。


 ランクインしていないどころか「いいね」もほとんど付かなかった。


 人気キャラクターを描いた場合、投稿してすぐに「いいね」が付かなければ、埋もれてしまう。

 あれだけやったのに、評価が悪ければ努力がすべて無意味に思える。


 ユメの評価は?


 手首にカッターの刃を当てる気持ちで、咲良はユメのユーザーページにアクセスした。


 彼女は今朝も新しい絵を投稿していた。

 数時間でささっと描いたようなラフ絵だった。

 それなのに、咲良が一ヶ月を費やした絵より「いいね」の数が十倍も多かった。


 キャプションには「ランキング32位ありがとうございます!」と書かれていた。


 こんなラフ絵に負けたの? こっちの方がどう見ても時間も労力もかかっているのに。この子、ほんっと、ムカつく!



 ユメを見つけたのは今年の四月だった。

 咲良が人気アニメのキャラクターのイラストを投稿してすぐ、同じキャラクターの絵をユメが投稿した。


 咲良は同じキャラクターを描いた、前後の投稿者の評価を毎回チェックしていた。自分より評価が低いときは満足した。

 評価が高かった場合も、明らかに上手い人や年上ならスルーできた。


 ユメはその時、咲良よりさほど上手くもない絵で、咲良の十倍以上「いいね」を稼いだ。咲良は急いで彼女のプロフィールを見に行った。

 プロフィールにはつぶやきSNSのアカウントのリンクも貼られていたのでアクセスした。


〈今日から高校生です。不安でいっぱい! 友達ができるといいなぁ〉


 同い年だ。胸が嫌な感じにざわついた。


 このつぶやきにはコメントがたくさんついていた。


「ユメちゃんは可愛いからすぐに友達できるよ」

「あたしが友達になるから大丈夫だよ!」

「不安だったらいつでもここで弱音吐いていいよ?」


 他のつぶやきでも同じようにちやほやされていた。


 咲良は数えるほどしかコメントを貰ったことがない。

 それも「〇〇が可愛い」とか、「〇〇ちゃん、いいですよね」みたいな、誰にでも適用される内容で、短いものばかりだった。



 その日から咲良は、ユメのピクフィスのユーザーページはもちろん、つぶやきSNSも毎日欠かさずチェックした。

 ユメのつぶやきはほとんどが新作イラストの告知だったが、彼女が発見した素敵な物の写真をアップしたり、日常のささやかなことを優しい眼差しで書いていた。


 コメントの返信も丁寧だった。彼女は性格がいい。


 完璧なの? 可愛くない!


〈いつも私を支えてくれてありがとうございます! ファンに恵まれて幸せです。これからも私なりの『可愛い』をお届けしますね!〉


 人柄のよさもあってか、ユメの人気は瞬く間に増え、今やアイドルと化していた。


 羨ましい。


 私だってユメみたいにいっぱい絵を褒められたい。


 あの子の評価を丸ごと貰えるなら、どんな手段でも選ぶわ。


 頭痛がさらにひどくなった。いい加減寝よう。


 すぐ深い眠りに落ちた咲良は、手からスマートフォンがすべり落ちたのに気がつかなかった。

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