第50話 黒煙立ち上る空の下で

〔これまでのあらすじ〕

黙示録の獣を撃破したシロとクロ。しかし仲間と離れ離れになってしまう。一方、遭遇したバンゲラに敗北を喫したパウクとイグニスはヴィトラとミヅイゥを置いて単独での行動を始めてしまう。

〈神判の日〉まで、1年の半分が終わろうとしていた。


王立騎士団副団長(暫定団長)デフテロ・セグドはクラードの街を見下ろす丘に砲撃部隊を配備していた。

空の一角を覆うガーゴイルの群れが今にもクラードの街に迫っていた。

デフテロはガーゴイルが街に飛来した場合、街ごと焼き尽くす算段を立てていた。クラードの街所属の3等以下の騎士らには街を焼くための支度が整っていた。住民は建物内への避難と外出禁止が言い渡されている。街を焼く場合、多くの犠牲が要求されることは明らかだった。

――しかし、人魔境界線が突破された今、奴らをこれ以上王都に近づけるわけにはいかない。

それが彼の判断だった。

「対地空迎撃戦用意」

想定される対空戦に備えマロゴコの丘に配備されていた大大砲32門。その全てが導入され、横一列に整列していた。

「目標、クラードの街直上のガーゴイル一団。対空砲、装填開始」

丘の上に並んだ大砲に46センチ砲弾が装填されていく。

「副団長、このままではクラードの街が射程内に入ってしまっています。?」

大大砲部隊隊長ブロンバ・フィッツァーが尋ねる。

「ああ。ガーゴイルはなんとしてでもこの場で殲滅せよ。そのためにはいかなる手段も問わない。たとえ住民の命を危険に晒してもな」

「…了解。全砲発射用意!……撃てーッッ」

フィッツァー隊長の一声により32門の大大砲が一斉に火を吹く。

デフテロは双眼鏡で敵の姿を捉える。

「命中率は2割程度か。致死率はさらに下がるとして……。総員、続けて第二射装填開始。装填出来次第撃て」

再び大大砲が火を吹く。

ガーゴイルに当たらずに落下した砲弾がクラードの街に炸裂する。落下した質量弾は家々を砕いていく。

「隊長!あれを!」

砲手の一人が叫ぶ。

「なんだ?……ッ!副団長ッ!」

デフテロは双眼鏡から目を離さずに呟いた。

「やられたか」

ガーゴイルは一斉にクラードの街への奇襲を始めた。

空を支配する邪悪が目下の街へと舞い降りた。

「第三射装填開始。目標、クラードの街全域」

デフテロははっきりと言い放つ。

「副団長!」

「言ったはずだフィッツァー隊長。起きてしまった以上仕方ない。奴らを袋叩きにする絶好の機会だ」

「隊長、全砲装填完了です」

フィッツァーはデフテロを見る。デフテロは再び双眼鏡でガーゴイルが街を襲う様を眺めていた。

フィッツァーは拳を握り締める。

「全砲、撃てーッッ!」

――ドンドンドンドンドンドンドンドンドン

砲撃の振動が丘を震わす。

デフテロは静かに奥歯を噛み締めていた。



「マルセル、おいマルセル!起きろ!」

青年マルセルは目を覚ます。

「悪魔が…踊っている…」

「何馬鹿なこと言ってんだ。ほら、立てるか?」

サディークスはマルセルに手を差し伸べる。

「ああ。ありがとう。俺はどうして…」

「砲弾に巻き込まれたんだ。おかげでトムセル爺さんの家はぺしゃんこさ」

「…は?」

マルセルは背後を振り返る。そこには材木があちこちに飛び出したまま潰れた家があった。その上には黒光りする砲弾が静かに佇んでいた。

「おい…サディークス。ここはまさか……」

「さっきからどうしちまったんだよマルセル。吹き飛ばされた時に頭でも打ったか?まさかも何も、ここはクラ―ドの街だよ」

それは――

「それは俺達の街じゃねえかよ」

「ああそうだよ。ほらマルセル、動けるなら弓を持て。弓兵だろ。奴らが来るぞ」

「奴らって…」

マルセルの頭上をガーゴイルが通り過ぎる。

「クソッ、ヘンネルが連れ去られたぞ!上だ!お前ら矢を放て!」

炸裂炎矢エクリシス!」

「炸裂炎矢!」

「炸裂炎矢!」

地上に残された弓兵達は燃え盛り爆ぜる矢をガーゴイル目掛けて放つ。

「グィイイイイイイイッッッ!」

自身の倍はあるであろう大きさの槍の先を向けながらガーゴイルがマルセル目掛けて急接近する。

「うわっ!」

――バシュッ。

マルセルはポケットから筒を取り出して中心を折ると、警戒弾を放つ。その弾は見事ガーゴイルを落とした。

「やるな!流石弓兵だ」

その間にもサディークスは藁で作った着火剤に火をつけ、周囲の家々に投げ込んでいた。

「おい!お前何やってんだよ!」

マルセルは背後からサディークスの身体をおさえる。

「何って、これが俺達の仕事だろ!?しっかりしてくれよマルセル!」

「なんでするんだよ。なんでできるんだよ!」

「なんでって…そりゃこのための街だからだろ…」

そう答えるサディークスはケロッとしている。マルセルは言葉を失った。

遠くで大砲の音が響く。

「ガーゴイルは必ず殲滅。絶対にこれより内地に入れるな。そういう命令だっただろ。忘れたか?」

「そんな…そんなのねぇよ」

「もういい。お前は突っ立って見てろ。いいから離せ」

サディークスはマルセルの身体を押し飛ばした。マルセルは地面に背中を強打する。

「痛ってえ…。何すんだサ……」

そこには地面にめり込んだ砲弾があった。

「は、はは、うそだろ…?」

マルセルはよろよろと立ち上がる。砲弾から飛び出た右手と左足が千切れて散らばっている。

「チクショウ。チクショウ…!チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウッ!」

乾いた瞳からは涙すら流れない。

「あああああああああああああああああ!」

燃え盛るクラ―ドの街の一角で、青年マルセルは叫んでいた。



魔王イヴリス・サタナスの第6王子、アデル・サタナスが〈怒号雷鳴グロムバラック〉で発生させた黒い雲による長い雨はようやく上がった。

クロはしゃがみ込むと雨でふやけた土を掘り起こし始めた。真っ白な両手を土の中に埋め、そして掻き出す。シロはすぐさまクロの真似をした。2人は穴を横に広げていく。

やがて人が一人入るほどの穴ができた。

シロとクロはそこにアデルの亡骸を静かに寝かせた。

そして掘り起こした土を首のない遺体の上に被せた。

クロはアデルの剣、参幵剣ルイモスを盛られた土の上から突き刺した。

2人は手を合わせる。その手には未だ土がこびりついていた。

「ありがとう。シロ」

どれほど手を合わせていただろうか。クロがそうと溢した。

「いえ…私は別に」

そう答えるシロの声も幾分か力がこもっていないように聞こえる。

――どうして父上はアデルに、服従の首輪をつけたの?

その問いはクロを苦しめた。

「この子は…アデルは、素直でいい子だったのよ。小さい頃はすぐ泣くような子だったのだけど。歳を重ねるごとに、最近は口も聞かなくなって。でもカティファもいるのに。どうして死んじゃったのよ」

――服従の首輪は屈服した相手にしか効果はないはず。アデルは父上に何をしたというの?

「アデルさん…」

『シロとか言ったな。姉上を…よろしく頼む』

最後の言葉とともに破裂したアデルの首の様子はシロの中で繰り返し流れていた。

――クロは…私が守らないと。私は、オシリスの羊だから。

「でもダメね。こんなところでくよくよしていちゃ。早く街に戻らないと」

クロはアデルの墓から目を背けるように顔を上げる。

クラードの街からは黒色の煙が立ち昇っていた。

「そんな…街が…」

「シロ、急ぐわよ」

2人はクラードの街に向かって走り出した。


炸裂炎矢エクリシス

クラードの街へ走るシロとクロを突如爆発が襲った。

クロは咄嗟にシロを抱えて飛び伏せた。

「爆発する矢…前にもあったわね、こんなこと」

「外したか。だが次は…」

男は再び弦を引く。

「待って!撃たないで。私たちはただの旅人よ」

土煙を払いながらクロが言う。

土煙の向こうには5人の男がいた。

「はん。信用ならないな。こんなところに旅人がいる訳がない。出身を言ってみろ」

「……レニカの街」

シロが答える。

「レニカの街だと?あそこはすでに崩壊している」

「知っている。だから引き返してきた」

「クラードの街にか?この先は一本道だぞ」

「そうよ。クラードの街に用があるの。早くガーゴイルに対処しないと」

「テメェ…ふざけんなよ。騎士でもねぇくせに。お前らに何ができるってんだ」

「デフテロ・セグドに聞けばわかるわ。私たちは彼の協力者よ」

「そうかいそうかい。俺は知ってるんだよ」

初めに矢を放った男が言う。

「トムセルの爺さんが魔物に詳しかったからな。ガーゴイルは単独行動はしない。奴らは忠実な存在だ。奴らを送り込んだ黒幕がいる」

「その通りよ。だったら…。いえ違うわ。あなたたちの考えは間違っている!」

「そうか?レニカの街が突如として消滅して、お次は隣町のクラードが襲われたんだ。そして今更街に向かう怪しい二人組。……お前らがガーゴイルを放ったんだろ!?」

男は声を荒げる。

「違う。黒幕は私たちが殺した」

「証明してみせろ、証拠を出せ」

「証拠は……」

男は抑えきれずに矢を放つ。矢はシロとクロの顔の間を通り過ぎて2人の背後で炸裂した。

「落ち着け。まだ黒と決まったわけじゃない」

男は仲間から弓を取り上げられる。

「みんな死んだんだぞ!お前らのせいで!」

男はシロとクロに向かって叫ぶ。

「どういうこと?何があったの!?」

「ガーゴイルをこれ以上内地に入れない為に、クラードの街で対処したんだよ。街の向こうにある丘から砲撃して、街には火が放たれた。俺は自分の故郷を燃やしたんだぞ!二度と帰ることなんかできねぇよ…」

「ガーゴイルは…」

「行くだけ無駄だ。もういやしねぇ」

「あなた…名前は…?」

「……マルセス。マルセス・マルサス」

「そう。マルセス。私はクロ。この子はシロ。お願いだから信じて。あなた達も。私たちは何もしないわ」

マルセル以外の4人の騎士はお互いに目配せをし合う。

「チクショウ…チクショウ……チクショウ…」

マルセルは呟く。その拳は硬く握り締められていた。

「ああ。そうだな。それはできねぇよな。…サディークス」

マルセルは隣の騎士を殴りつけると弓を取り返す。

シロはポシェットからマギアスを取り出す。

「シロ!」

「大丈夫です、クロ。今度は間違えませんから」

シロはマギアスのページをめくる。

「紡がれるは蜘蛛の糸よ。主たる想景を結び顕現せよ。蜘蛛綾取ファデラーノ!」


〈神判の日〉まで残り174日

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オシリスの羊たち 白黒羊 @hi_tu_zi2020

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