アンドリバース

富良野なすび

最新の魔女

          0/最新の魔法使い/〇〇〇〇


「以前の魔法と現在の魔法が大きく異なる点は生きることに執着しなくなってしまったことにある。生きること以外の願いがおおきくなり、自身に課せられた運命や魂に刻まれた原点すら変化してしまうことがある。ソレが魔法を秘匿にせざるを得なかった理由だ。祈りや願いはその精神まで及んでしまう可能性があるということだ」


 原初の魔女は築き上げるだろうこの先を生きる同志たちに淡々と告げた。

 悠久を生きる自身とは別に限られた生しか受けない彼らにとっては悲観するような事実だったが、残された彼らの文明は原初の魔女が引き継いでいくだろうと信じた。


 たった十年でそれほどの発展を遂げた同志たちは悲観することなく、自分たちが豊かになりすぎたことを受け入れ、魔法は一部の者たちによって秘匿する道を選んだ。それは争いを産む種としか成り得ない、明らかに時代を先取りした現象だった。


 以降、小さな村の人々は魔法を行使することなく、呆気なく放棄することになった。慣れ親しんだ場所を一度捨て、もう一度村を興した。その土地で魔法使い達は秘匿とした魔法の研究を歴史に残すことなく研究を続けていた。自身の世継ぎには決して知られることのない技術。古代の遺産において特異的に発展を遂げた文明が遺されているのは原初の魔女が生まれた土地だった。或いは離反し、魔女の支配下から離れた魔法使いが独自に発展させ、魔女の手によって葬られた歴史の名残であった。


 人類の歩みに反しないように魔法使いたちは歴史から姿を消した。

 だが、その歩みは現在まで続いている。

 私たちのすぐそばを歩いていた。

”なに、簡単な話だよ。私は人間が好きなんだ。あの人が創ったものは決して間違いじゃない”


 二〇〇八年七月

 私は師匠から面倒なことを頼まれていた。

 かなり腰が重い事案だった。

 自然のための考慮や社会的なルールに関してはまだからっきしだけれど、面倒を通り越してやってはいけないことだと私でもわかった。

 珍しく外出していた師匠は掘り出し物を手に握って爽快な面持ちで帰って来たのだった。


 そして、ちょうど良いところで優秀な弟子と鉢遭ったとか言って、師匠から私への依頼だった。

 師匠がルンルンと帰ってくる代物とは恐竜の化石だった。恐竜が見たいから白亜紀の骨の化石を復元してほしい、小型の恐竜らしいから大丈夫だ――なんてお願いされるとは思ってもみなかった。仕事のインスピレーションが欲しいだとかなんとか。

 そんな風に建前をつけてはいるが、絶対に興味本位だろう。


「絶対まずいですよ、師匠」

「大丈夫大丈夫、気づかれる前に消せばいいんだから」


 そういって工具で乱雑になっているデスクに腰をかけてころころと笑っている。

 こっちの気も知らないで。なにかあったら全部師匠だけでやらせよう、そう決めてなくなく魔法を使うことにした。

 応接室のような空間にある小さなテーブルを乱雑な部屋の隅に避けて、ソファーが並んだ場所にそっと化石の入った箱を置いた。


 ここに住んでいる人が師匠一人だというのに、片付けられることもなく所狭しと並んである貴重な絵画や壁画の一部やらなんやらで、この一階には通路と一定の区分けされたスペース以外に許された場所がなかった。

 溜息をつきながら、ようやく座って腹を括った。

 化石に手をかざして祈りを込める。


「ちなみに小型の恐竜ってどのくらいの大きさになるんですか?」

「知らなーい、だってアタシはそっちの分野の人じゃないもん。譲ってくれた人が言うには全長二メートルくらいだって話だけど――縦か横かも聞いとくべきだった」


 と神妙な顔をしてはっきりとしていないことを呟いていることに腹が立った。

 私の心とは裏腹に化石にはじんわりと仄かな光が灯る。


「そんな事前知識もなしで私にこんなことをやらせないでください!」

「だってアタシの魔法じゃそんな真似できないもの。都合よく愛弟子にできそうな魔法を持っている子がいるじゃない、なら使えるものは使わないとね。いやー、優秀な弟子が居てくれて助かるね」


 美しい瞳を輝かせてニヤニヤと笑みをこぼしている。

 やがて化石も強い光を放ち始めた。

 いけない、雑念が入ると結果が変わってしまう。

 自身の祈りに集中する。

 ゆっくりと、私らしい祈り、それは――という私の中身。

 さらけ出すようで香月さんに見られていることが恥ずかしいような気がする。

 いつもこの瞬間は私の生き方を晒しているような気分になる。

 祈りを込めてから五分ほどが経過したころでその化石に異変が起きた。

 とたん、淡い輝きから一気に閃光のように光が突き抜けた。


「師匠――まずい気がします」

「そう?」


 すぐ祈りを中止した。

 私の直感は間違いないと言っている。

 復元の魔法はすでに終えているのに様子がおかしい。

 光り続ける化石を見ながら一目散に部屋の隅っこまで逃げ出した。

 とたんに光が大きくなり肉体を造り始めた。

 樹のように太い肉体を形成しながら下から順番に色づいていく。

 鈍い音と天井を突き破る大きな破壊音を立ててこの世に恐竜が復活したのだった。

 恐竜様のご尊顔も見えないまま復活した巨体を呆然と眺めることしかできなかった。


「この野郎! 天井を直せ!」

 大人気もなく恐竜に向かって吼える師匠。

「そんなの後で良いでしょ! どうにかしてください!」

「うるさい! ここはアタシの家だ!」

「だから何だって言うんですか! 周りの人たちに気づかれちゃうでしょ!」

 ふん、と鼻を鳴らしてやや不服そうに大人しくなる。

「仕方ない、これだと大きすぎるから少しばかり小さくなってもらおう。私の恐竜が――」


 師匠が小さなため息をついて、指先を向けると瞬きする間もなく小さくなった。

「なにが二メートルだ、三メートル近くあったぞ」


 夜空が見えてしまうほど大きく開いた天井を呆然と眺めながら愚痴を零している。

 子犬程度の大きさにすると可愛らしく――見えてこなかった。そもそも私はそれほど爬虫類が好きではなかった。普通だ。

 太古に存在した恐竜は呆気なくワンコと変わらないサイズになってしまった。

 小さくなった恐竜はギィと鳴いている。

 腕には羽らしきものがついている。もしかすると飛ぶことができるのかもしれない。


 師匠が抱きかかえてじっくりと観察している。

 裏表、ところかまわず舐め回すように。

 いっしょになって一つの歴史を観察している。

「師匠これどうするんですか?」

「もちろん飼う、餌やりはお願いね」

 当然といわんばかりに仕事が増えた。


「私はやりませんよ」

「アタシだって忙しいんだ。アタシだって世話はもちろんする、貴女は餌やり。それ以外はアタシ。それに良い研究材料だ」


 恐竜を下から眺めたり、口の中を覗いてみたり、師匠の眼がソレからずっとはなれることはなかった。


「研究ってそりゃあ良い研究でしょうけど――さっきも言ってた研究分野が違うのでは?」

「恐竜の研究ならね。これはすごい発見だよ。古代の生物はすでに魔法に近いものが得ていたのかもしれない」

「どうしてそう考えるんですか?」

「この子からは祈りの力と同じ性質を感じる」

 ふむ、としばし思案した後に口にした。

「いや、生きることこそが命あるものにとって――そうか」


 発展しすぎた力は身を滅ぼす。だから正しく扱いその運命を全うしなくてはいけない、と師匠はしきりに話していたことを思い出した。その話をするときはよく悲しそうな表情をしていた。その時の表情にそっくりだった。

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