海産物を丸ごと吐き出す機械
「先輩、あの……」
「なに後輩」
「コピー機が壊れちゃって」
「まじ。エラー内容みた? 紙は入ってる? インク足りてる?」
「えっと、エラーは出てないんですけど。印刷口が、ちょっと変で」
ちょっと変とは。
「どう変なの?」
「うーんと、」
後輩はなんて言ったらいいか、と言い淀む。
「……たこせんが」
「え?」
「たこせんべいが出てきて」
「は?」
思わず口をぱっかり開けて雑に聞き返してしまった。
自分の耳と、相手の正気と、世界の仕組みを同時に疑うことなんてあるんだ。
「これです」
と差し出されたのでつい手のひらに受け取ってしまった。それはいやに面積が広くて薄っぺらな、妙な模様の入った煎餅。
「これたこせん? 俺の知ってるやつと違う」
「たぶん江ノ島とかのやつです、たこ一尾をプレスして作る……」
「これ丸ごとたこなの!?」
おそらくそんなことを議論している場合ではないのだが、つまりこれはカートゥーンよろしくぺしゃんこになったまる一匹の蛸。無惨な姿ながら美味しそうである。
「これがコピー機から」
「はい……」
「ウソでしょ、さすがに」
しかし半年も大事にしている後輩は実直無垢で、人をからかって遊ぶようなやつじゃない。ただ困り果てた顔で、手渡したたこせんべいを見下ろしている。
ついでにたこせんべい屋さんも近所にはない。
「……もっかい印刷してみよ」
再び後輩に適当な紙をセットしてもらい、問題のコピー機のスタートボタンを押してみた。
ガー、といつもと同じ音でコピー機が作動する。
「なにしてるの」
コピー室外から参加してくるアンニュイな声。騒ぎを聞きつけた上司が顔を覗かせていた。
「コピー機からたこせんべいが出てくるんです」
「まあ。たこせんが」
報告しているそばから紙ならぬものが吐き出されてくる。もはや設定したA4サイズですらない。
「でっか」
「二枚も。美味しそう」
つい上司がこぼす言葉に、自分もつられて腹の虫を鳴らした。
焼いた海産物の匂いがふわりと漂ってくる。おい、こんなもん昼前のオフィスで嗅がすなよ。
「やるじゃん、コピー機。ひたすら紙を出してくれるよりおれこっちのが好きかも」
「お二人とも言ってる場合じゃないですよ。これってシステム部に連絡するべきですかね」
「システム部にこの状況を?」
もうまともに対処しようとしているのは後輩だけだ。コピー機がまともでないせいで、正しい判断ができているかは置いておいて。
「信じてもらえるか五分五分だけれど」
上司も真面目な顔をして顎に手を当てる。内容がトンチキすぎて十割も信じてもらえないと思うが。
「迷惑電話だと思われないでしょうか」
「社内内線だよ」
「それで番号って何でしたっけ。せんぱ、……ええ食べてる……」
空腹に耐えかねたので上司と揃ってせんべいを齧りまくっているのがバレた。
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