端庫菜式無題

端庫菜わか

「リュプーという鳥をご存知ありませんか」

「はい?」

 人の少ない駅のホーム、線路沿いに流れてくる風に縮こまっている背中によくわからない質問が投げかけられて。振り返っても特に見覚えのないスーツ姿の若者が立っているくらいで面白そうなものはないし、この男以上に怪しいものもない。

 答えるのもどうかと思ったけれど、無視したところでこの約十分、同じようなスーツの男が二人きりで一緒に電車を待っていることに変わりはない。気まずくない方を選んで、自分はこのヘンテコな話題に乗ることにする。

「とり? なんて?」

「昔、何かの本で読んだんですよ。聞いたことありませんか」

「うーん知らないなあ。どんなのなんだ」

 男は興味を持ってもらえたことが嬉しいのかにこ、と目を細めて笑う。怪しげではあるが、愛想や良し。

 その鳥を頭に思い浮かべているのか彼は視線を斜め上に向け、瞬きと共に正面へ戻すとゆっくり話し出した。


「夜に一人で森を歩いていますと、後ろから鳥がついてきて、『ああ!』『ああ!』と、執拗に声を上げるんです。それに対しうっかり振り返り『なんの用だ?』などと返事をしてしまうとまずい。鳥はますますついてきて、様々なお話をし始めるのです。

 鳥の話を聞きながら歩いていると気付けば森深くの池まで辿り着きます。水面を覗くと先程まで鳥が話していたエピソードが映像になって映っています。見終わるまで顔を上げることができず、見終わると池に落とされ水死します。溺れて意識が遠くなる最中、鳥が言うのが聞こえるのです。」


『ほら、これで何だかわかったろう!』


「…………」

「知りません?」

「知らないなあ」

 最後の問いかけに被せるようにしてバッサリ言い切る。

「意味わかんない上にめっちゃ怖いけど。なに今の? ホラー?」

「さあ。どこかの国の民話か何かでしょうか」

 見た目の説明をしてくれるのかと思ったのに、蓋を開けてみると世にも奇妙なタイプの怪談だった。何を聞かされたんだ、今。

「鳥の話してるんだよね?」

「はい。鳥の姿をした、妖精らしいんですが」

 それ鳥じゃないよね。

「妖精辞典みたいな本をむかぁしに地元の図書館で読んだんですが、いまだにそいつだけ頭から離れないんです。というのも、他の本やサイトで調べても一切出てこないんですよ。正直、困ってます」

 彼は肩をすくめて困っている人の仕草をする。

「へー……」

 鳥クイズの時点ですでに相当に興味がなかったが、妖精なんて言われるといよいよどうにもできない。どちらにせよ詳しくないし。

「協力できそうにないな。悪いけど」

「そうですか……」

 特に残念そうには見えないが、男は仕方がないといった表情で溜め息を吐く。仕事終わりだろうにこんな話をして、疲れないんだろうか。ちなみに自分はすごく疲れる。

「なんで俺に聞いたの? 知るわけないだろ、そんなマイナーそうなフェアリーのことなんて」

「博識そうだなと思ったんですが」

「見た目で判断するなよ」

 内容がニッチすぎて褒められている気がしない。

「……それさあ、探してどうすんの? 実際いるかどうか確認したいってこと?」

「いえ、実在はどうでも。どこの国なのか、由来はなんなのか、知識としてはっきりしておきたいんです。単なる知識欲ってやつです」

 それはそれで知らない相手に話しかけられるのは大したものだが、。

「俺からしたらあんたこそリュプーなんじゃないのって思っちゃうんだけど。」

「はい? ……ああ、なるほど」

 察した男は笑って頷く。


 他に誰も待っていない夜の駅。一人かと思ったらいつの間にか後ろに立っていた男に声をかけられ、なにやら訳のわからない質問をされる。ここは森ではないし彼は人間だ。

 しかし奇しくも構図が似通っていた。


「…………え、まさか違うよね?」

「そんなオチの見えたホラー面白くないでしょ、僕はホラー自体見ないしよく知らないですけどね。だって怖いから」

 肩をすくめる仕草が異様に似合う男は呑気に溜め息を吐いている。自分はそういうことを信じやすいたちではないし別に彼を本当にリュプーだと思っているわけではないが、じりじりとホームの黄色い線から一メートル、二メートルと内側にずれていく。自分の変な動きを目の前で話す相手が気付かないわけもなく、薄笑いの口から苦笑が漏れる。

「けど、だとすればあなた、もう手遅れですね。」


「あの、突き落としたりしませんよ」

「わかってるんだけどさ」

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