第九十二話:闘争の渦~検証㊳~
※※ 92 ※※
思いのほか豪勢だった夕食を終え、
「あんたの話を聞いて気になったことがあるわ」
灼が、ゆっくりと緑茶を
「『平家物語』では以仁王の三条高倉邸に向かった
でも『玉葉』の内容は八条院御所に
つまり平家に近い情報を持ってた頼盛が、以仁王も事前に逃がしたように聞こえるのよね。それだと、ますます頼政たちの動機が分からなくなるわ」
同じように緑茶を
「……まあ、挙兵に至る経緯と動機には諸説あるが、私怨以外では以仁王を捕らえ切れなかった
特に源氏の信仰が
目指しつつある答えに一歩踏み出して、
「――俺の私見は、建久四年<1193>に起きた『
俺は
「え……と、『
灼の
「工藤
俺の口ぶりや態度から話を盛っていると感じたのだろう。急に灼は落ち着きを取り戻し、冷めた瞳を
「た、確かに『
「まあ、いいわ。頼政や以仁王だけでなく、小侍従までも平家と対抗しなければならない動機が伊豆にあるというわけね」
向けられた灼の言葉に、とりあえず安堵を得て、俺は先を続ける。
「伊豆国は律令制下では坂東における島々の一つ――現在の伊豆諸島の一部――と考えられていて
天慶三年<940>平
ちなみに
工藤
応徳二年<1085>伊東氏の祖・工藤
やがて京都では平清盛の勢力が台頭してきており、久須見郷に本領である伊東郷・宇佐美郷・河津郷を併せて『
ここに
灼は動揺の中で
「重盛が寄進したのッ!? しかし、まあ……よりによって二代の
だが、なるほど、と核心へ思い至る。
「……平家の分裂が伊豆にも影響を与え、工藤氏にも内輪
その問いに俺は強く
「そうだ。
当然、警護の責任者は源頼政であり、平治の乱以降、伊豆の知行国主でもあった」
今度は明確な感情以上の確信に変えて、
「続けて」
短く言い置き強く灼が促した。俺は笑みを含めて言葉を継ぐ。
「一方、
親平家派閥へ
安元元年<1175>京都から帰郷した
灼は大きく伸びをして、ソファーに深く腰かけ直す。
「異説や通説、物語……あるいは政治史や土地史など、それぞれの視点で歴史を
灼の笑顔に軽い
「そうだな。それでも俺たちは歴史の断片ですら
「ふふふ。カッコイイこと言って、あんたらしくないわ。まあ……あたしから振った話題だし、そうやって歴史に
言った灼は、
「い、今のは……、あんたと歴史の話をするのが好きという意味で……。そ、そそ、そういう意味ではなくて――ぶどうジュースなのに『モスト・ドゥーヴァ』飲み過ぎちゃった……のかな」
灼は必死な言い訳で声を
「えーと、……俺もお前との歴史の話は楽しいぞ」
おかしみを持ってもう一度、
「お前、
「え?」
落ち着きを取り戻した灼は、ぽかんとなって、その意味を探した。俺の
(あたしの気持ち、全然分かってないッ)
反射的に
「
「り、りょ了解……」
そんな不条理な声に、俺は困り果てた不思議な思いで『
「
『曽我物語』では、京で御所警護に
ここだけ考えてみると、俺の私見では、土地の所有権に関する公的証明書である『
灼が人差し指を唇に
「中世では一つの荘園に対して、多方面に及んで権利を持ってる人たちが重なり合ってるわ。『
俺はその答えを強く受け止め、口を開く。
「ああ。実はこの時期、全国の荘園で同じような事件があったのでは
安元二年<1176>
仕方ない、という仕草を露わにして、灼は声を返す。
「これが原因で
「そうだな。しかし、
灼の正答に俺は納得の色を見せた。
「だが、
さらに宗盛が伊豆・知行国の国司
嫌な予感が胸に
「……そして、以仁王の
「『
そう言い合ってから、俺は
「この時代、清盛よりも重盛の方が歴史的意義は大きいと俺は考える。治承三年<1179>七月に重盛が
治承四年<1180>三月、小侍従は後白河院を鳥羽から脱出させることに成功し、頼政の警護の
小侍従の理想は、源氏となった以仁王が頼政と共に大内警護として後白河院の
確認の声を付け加えた。少し間を置いて灼は、
「お茶、もう一杯飲むでしょ?」
視線を落とし、いつの間にか湯飲みが空になっていたことに気付いた俺は笑って
「ああ。頼む」
「ふふふ。ちょっと休憩入れましょう」
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