亜種二世4

 *



 カレンは真剣に考え、この答えに達していた。声をかけるなら、ヒロキしかないと。

 たぶん、ヒロキは異端者だ。前にコッソリ、父のパソコンで見たグールゲームの参加者に、ヒロキにそっくりなタイプがいた。あれが矯正された異端者だったのだ。

 でも、だからと言って、ヒロキを通報する気はなかった。何しろ、カレンはある人物に会いたくて、わざと異端狩りに捕まったのだから。


 憧れの殺人鬼。現代のジャック・ザ・リッパーとまで言われる孤高の破壊者。沈黙のマリオネットだ。

 あの美しい殺人者にもう一度だけでもいい。会いたい。もっとも、あのときも姿はほとんど見ていないのだが。ただ、去っていくシルエットだけが見えた。明るい月夜だった。スラリと背が高く、とても細身の少年のような体形だった。


(あたしの神。あたしを救ってくれた人。あなたのためなら、死んでもかまわないよ)


 カレンの実の父は小六のとき死んだ。母は美人だったが、一人で娘を育てられるような人ではなかった。かなりのメンヘラで、男に依存するタイプ。その上、金遣いが荒く、見栄っぱり。ほどなくして再婚したのは当然のなりゆきだった。相手は金持ちの社長だ。母の好みのイケオジ。でも、いかにもワンマン社長って感じで、カレンは好きになれなかった。優しかった実父とは大違い。

 でも、義父じたいは仕事が忙しく、ほとんど家庭にいなかったから、まだいい。問題は義父が離婚した前妻とのあいだにもうけた長男だ。カレンより五歳年上の高校二年生だった。とつぜん親同士が結婚して義兄妹になった赤の他人。それも、カレンの母のせいで、義兄の母は離婚された。そんなの恨まれるに決まっている。

 案の定、義兄はカレンを嫌った。恨むなら母を恨めばいいのに、義父が母に甘いことはよく知っていて、カレンをいじめたのだ。小学六年の女の子と高校二年の男。力でも理屈でもかなうわけがない。陰湿で凄惨なイジメ。便器に顔をつっこまれたこともある。

 だが、ほんとにつらかったのは、カレンが中一になって、初潮が始まったあとだ。義兄が毎晩のようにカレンの布団のなかに入ってくるようになった。痛くて、みじめで、気持ち悪かった。虫唾の走る感覚。母に訴えても、そんなの我慢しなさいで終わり。義父に相談したが怒鳴られた。おれの息子がそんなことするわけない、おまえはなんて意地の悪い嘘つき娘だ、と……。


 こんなヤツら、みんな死ねばいいと思った。でも、じっさいには泣き寝入りするしかなかった。中学生の女の子なんて、親が守ってくれなければ、どうすることもできない。その親が守ってくれないのだ。


 毎日、心が殺された。耐えるだけの日々。そして、呪詛。こいつらみんな死ねと、つぶやき続ける。


 そんなある日だった。その願いがとつぜん叶った。前々から世間をさわがせる連続殺人犯がいるということは知っていた。テレビでも言っていたし、友達もウワサしていた。


「ねぇ、知ってる? カレン。沈黙のマリオネットって」

「何? ゲーム?」

「そんなんじゃないよ! ニュースであんなに言ってるのに。現代の切り裂き魔とかいう殺人犯だよぉ」

「ああ、なんか言ってるね」

「毎晩、人が殺されてるんだよ」

「ふうん」

「正体は絶対、グールだって」

「ふうん」

「ヤダ。なんで、そんな反応薄いの?」

「だって、興味ないもん」

「ええ! なんで? めっちゃ美形だって話だよ?」

「そうなの?」

「目撃者の話だとさ。見とれるくらい綺麗なんだって」

「ふうん」

 ちょっとだけ心が動いたものの、カレンの頭は呪詛でいっぱいだった。他人が殺されようがなんだろうが気にしなかった。義兄に弄ばれるくらいなら、見ず知らずの男に泊めてもらうほうがまだマシだ。でも、たいていはホテルで一時間とか、車のなかでとか。


 あの夜はそういう男からお小遣いをもらって、その金でゲーセンで遊んだ。所持金がなくなったので、しかたなく家に帰ったのは真夜中だった。こっそり裏口から入っていけば、義兄に見つからずにすむと思ったのだ。

 だが、その日の家のなかは、入ったときから何かがおかしかった。変な匂いがただよってたし、どこかで水の音がした。ピトピト、ポトン。水道がゆるんでるときみたいな。廊下にも水がこぼれているみたいだった。ときどき、ぬれている。どこかから、ぐう……とか、ううう……だとか、うなるような声も聞こえる。


 たった今、このうちのなかで何かが起こってる——


 ふるえながら、カレンは立ちすくんだ。すると、とつぜん、誰かが階段をかけおりてきた。カレンがそこにいるとは思っていなかったのだろう。おどろいたようすで玄関をとびだしていった。

 家族に見つかったらいけないと思って、照明をつけていなかったので、暗闇のなかで一瞬、見ただけだが、長髪をうしろで縛った美形だった。ただ、すれちがうとき、すさまじい血の匂いがした。


(な、何? 何が起こってるの?)


 カレンは怖々、二階へあがってみた。手前は義父と母の寝室。奥に義兄の部屋だ。ドアは両方ひらきっぱなしになっていた。そして、のぞいたカレンは自分の願いが叶えられたことを知った。

 血だまりのなかで全身を切り刻まれて重なる義父と母。隣室には義兄も倒れていた。しかも、そのとき義兄はまだ、ほんのわずかに息があったのだ。うう、ううとうめきながら、目だけでカレンに助けを求めていた。声は出せても言葉にはできない。それこそが、『沈黙のマリオネット』の所以。義兄は口の両端を耳まで引き裂かれ、その上で、麻糸と大きな畳針みたいなものを使い、荒っぽく縫いあわされていた。その口がマリオネットみたいだから、そんなふうに呼ばれる。

 カレンはブツブツと腹の底からこみあげるかたまりを抑えられなかった。気づくと爆笑していた。


「ははは……あはは。ヒヒ……ハハハハハー!」

「うっ……うう……」

「うわっ、きったねぇー! 醜い臓物ぶちまけやがって、キモイんだよ! イモムシかっての。てめえは虫か? 虫か?」

「う……」


 笑いながら、はみだした義兄の腸をしつようにふみにじった。

 いつもカレンを力づく引き裂いてきた兄が、無惨に引き裂かれているさまを見るのは、この上なく心地よかった。あのときの爽快さを、カレンは今でも鮮明におぼえている。


 だから、は神だ。カレンの恩人であり、憧れそのもの。


 沈黙のマリオネットはカレンの家の事件のあと、異端狩りに捕まったというウワサが流れた。でも、その後も彼にほどこされた印を持つ死体は見つかったし、あのウワサはデマだったんだろう。

 安心していたのに、今年の春ごろから、マリオネットの犯行はピタリとおさまった。今度こそほんとに狩られたらしい。彼は今、収容所にいるはずだ。

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