星空区の瞬き

かわの

二次創作(嘘)

魔法少女マジカル☆アヴィオール

「私と契約して魔法少女になって!」


 うだるような暑さの中、私は独り、公園のベンチでソーダ味のアイスを頬張っていた。口の中に広がる冷たさとシャリシャリとした食感が酷暑をいくらかマシにする。


「アヴィちゃん、もしも〜し?」


 ……木陰でアイスでも食べて涼んでいれば熱中症による幻聴や幻覚は治まるかと思ったけど、私は私が思ってるよりも重症らしい。

 目の前に飛んでいる羽が生えた小さいのが未だに消えない。


「幻聴でも幻覚でもないわ。私は桜の妖精」

「……今7月だぞ」

「そうなの、だから大変なのよ」


 幻覚曰く、この世界では悪い妖精が人々の精神的な「」を折ることでその人を怪物にしてしまうんだとか。それを人知れず食い止めているのが、桜の妖精様らしい。


「ただ私は桜の妖精だから桜が咲いている時期以外は全然駄目で……」

「1年の殆どがダメじゃん」

「ううっ、ご名答……そこで必要になるのが、魔法少女なの」


 話を聞いているうちにアイスを食べ終えた私は、ひとまずこの妖精が幻ではないと認めた。言っていること自体はまだ半信半疑だけど。


「ようするにオマエの代わりに戦えってことだな。それで、契約して私に何か見返りとかがあるのか?」


 桜の妖精は困ったように首を傾げる。


「うーん、特にないけど」

「ない!?」


 完全に想定外の答えだった。報酬もなしに自分の身を危険に晒せだなんて要求を飲むはずがない。

 でもね、と妖精は続ける。


「アヴィちゃんって粗雑な態度で他人を遠ざようとする割には寂しがり屋で世話焼きだし困ってる人を見かけたら放っておけなくて何だかんだで助けちゃうタイプだと思ったから声をかけたの……」

「私のことバカにしてるのか?」


     ◇


 私が魔法少女になってから2週間が過ぎた。

 すっかり扱いに慣れた魔法の弓から放たれた矢は不可思議な軌道を描きながら怪物に命中し、爆裂。赤い光のパーティクルを輝かせる。


「よし、こんなもんか」


 決着を予期して、私は物陰に姿を隠す。怪物からタールのように負の感情が溶け落ちて、中から高校生くらいの女の人が現れた。


「あれ、あたし……何してたんだっけ」


 しばらく不思議そうにしていたが、やがて夕日が差す路地を歩いていった。きっと無事に帰れるだろう。


「お疲れ様アヴィちゃん。獅子奮迅の働きね」

「暇だからやってるだけだ、暇だから」


 桜の妖精の労いを適当に受け流したが、私自身それなりの達成感を感じていた。フリルが多い魔法少女の衣装もかわいくて気に入っている。

 ……つまり結局、私は妖精の目論見通りにタダで利用されている訳だけど。


「さっきのは『友達の支柱』ね。大切な友達と喧嘩したところを悪い妖精に目を付けたんでしょうね」

「友達ね……確かにまあまあ強かったな」


 の強さは絶望の深さ。負の感情という器が大きければ大きい程、悪い妖精が魔力を注ぎやすくなり、強くなるらしい。


「かなり手強い相手だったから増援が必要かと思ったけど、アヴィちゃんは凄いわ」

「適当にやってるだけ、だ……っ!?」


 突然、冬の夜の雨に打たれたみたいな冷たさが背中に走る。間違いない。新手のだ。それもさっきの「友達の支柱」とは比べ物にならない程の暗い気持ちを感じる。


「さ、桜の妖精、何だよアレは!?」

「あれは『MMOの支柱』……長年プレイしてたゲームのサービス終了が発表されたのね……可哀想に」


 今まさにへと変貌しつつある悪い妖精の犠牲者。辛うじて見えていた緑色の服と赤縁のメガネが真っ黒な闇に覆われると、黒く輝く闇の剣と盾が形成された。


「なんか『友達の支柱』より全然強そうじゃないか!?」

「個人の絶望を他人の物差しで測ること程愚かなことは無いわ、アヴィちゃん」

「そういうものか……?」


 どの道、かなり厳しい戦いになりそうだ。幸い支柱との距離はそれなりに離れている。せめて先制攻撃をと考えて弓を強く引き絞って威力重視の矢を射つ。赤い光が一直線に疾る。


「MMOの支柱」は剣を横薙ぎにした。私の赤は掻き消され圧倒的な黒が場を支配する。


「アヴィちゃん、危ないっ……!」


 私の視界の端に、簡単に真っ二つになる電柱が映る。じゃあ、私がこれを食らったら?

 分かりきっていた。死ぬ。考えるまでもないことだった。もう、避けられない――。


 ……ガラガラとブロック塀の崩れる音がする。酷い砂煙で何も見えない。けど、生きてるみたいだ。

 ふと、私は誰かの腕に抱かれていることに気が付いた。庇ってくれたのか。

 その人は私の頭をぽんぽんと叩くと、私の前に立つ。それから、ちゃきり、と音を立てて取り出したのは、刀。


「刀使いの魔法少女……?」


 そして、駆け出す。目にも止まらぬ速さで「MMOの支柱」に接近すると、その斬撃をギリギリで跳んで躱す。すれ違いざまに刀を振えばいともたやすく首が落ちた。

 ぐらりと倒れ込んだ支柱からメガネの女性を助け出すと、その魔法少女は刀を鞘に収めた。


「結果的に呼んだ増援が無駄にならなくて良かったわ」


 桜の妖精はくすくすと笑う。

 白い長髪をツーサイドアップにした刀の魔法少女は、振り向きざまにその長い髪をふぁさっとかき上げる。なんというか、結構美人だなと思った。

 ……とりあえずお礼を言わなきゃ。


「あ、あの……助けてくれて、ありがとう」


 少し恥ずかしくなるくらいたどたどしくなってしまった感謝の言葉に、彼女はにこりと笑顔で応えてくれた。


「アヴィちゃん、紹介するわね。私と契約して魔法少女になってくれた朔月くんよ」

「よろしく〜」

「ん、え、男!?」


     ◇


 朔月と出会ってからしばらく経った。私たちは2人で協力して支柱を倒すようになっていた。自分で言うのも何だけど、結構息が合ってるし、仲良くやれてる、とは思う。

 今日も街のパトロール……という名目で一緒に遊んでいる。夏の全盛期を過ぎたとはいえまだまだ暑い。私たちは涼しい場所でお昼ご飯を食べるためにファミレスに入った。


「……つまりオマエはかわいい衣装を着れるから魔法少女をやっている、と?」

「うん。あと刀を使ってみたくてさ。真剣なんて振り回したら普通捕まるし」

「はあ」


 仲良くやれてるとは思うけど、正直コイツは相当……変わり者だ。まあ、悪いヤツではない。


「それを言うならアヴィも変わり者でしょ。特に理由もないのに戦ってるなんてさ」


 ガムシロップを2つ入れたミルクティーをストローで掻き混ぜながら朔月は言う。


「確かに最初は流されて戦ってたけど」

「最初は?」

「……」


 私は注文したハンバーグをナイフで切って口に運ぶ。とてつもなく熱いが我慢する。喋れない状態にならないと、恥ずかしいことを言いそうになったから。


「ハンバーグおいしい?」


 熱くて涙が出そうになりながら私はうんうんと頷く。私の様子が可笑しかったのか朔月はけらけらと笑った。


「俺もハンバーグにすればよかったかな」


 やや味わいきれなかった一口目を流し込んで、グラスの水を飲み口の中を冷やす。ちょっと損した気分だ。


「まあ、次に来たときに頼めば――」


 その時、大きな地響きがした。

 地震とはまた違う、ズシンという異質な振動。店内も騒然としている。


「2人とも、外に出て!」


 桜の妖精がどこからともなく現れて呼びかける。


「妖精さん、今の地響きは?」

「支柱が出たのか!?」

「ええ、でも今回のは今までとは訳が違う」


 私は食事代に十分足りるお金をレジに置いて店外へと飛び出す。


「今暴れているのはこれまで支柱を操っていた黒幕、よ」


 そこに鎮座していたのは……ビルと同じくらいに巨大な、どろどろに溶けたドス黒い兎のような何かだった。


「桜さああああん酷いですよううわあたしの邪魔ばかりしていじわるですううああ」


 まるで泥の中に引き摺り込まれるみたいな、悍ましい悲鳴みたいな声が全身を貫く。


「……私に対する悪感情を自分に注いで『兎の支柱』に堕ちたのね、兎さん」

「ど、どうやって倒すんだよあんなの!?」


 相談する暇もなく「兎の支柱」から不定形の腕が伸びてきて、私たちに叩きつけられる。

 すんでのところで何とか避けるも、破壊力の次元が違った。建物のガラスは割れ、車は横転し、私たちも吹き飛ばされた。空中で変身したお陰で、無傷で着地出来たけど……。

 私たちは建物の影に隠れ、体勢を立て直す。


「妖精さん。あれ、弱点とかないの」

「『支柱』は身体の中心部分が本体になる。そこを撃ち抜けば兎の妖精に攻撃が命中するわ」

「撃ち抜くって言ったって……!」


 私は朔月と桜の妖精の会話を聞きつつ弓矢で攻撃してみる。が、効果は全く見られない。


「全然効かないぞ!」

「あのデカさじゃ俺の刀はもっと意味ないし、どうすれば……!?」

「……2人とも。まずは、ありがとう」


 桜の妖精が私たちに告げる。


「私の勝手なお願いを聞いて、よくここまで戦ってくれたわ。一応2人の願い事も叶える形にはしたけど、それでも大変な日々だったと思う」

「願い事? 私、そんなのしたっけ……?」


 桜の妖精は困ったように笑った。


「私たちはね、人間の心が読めるの。朔月くんの願い事は単純で明快だったけど、あなたは……そうね、今ならアヴィちゃん自身でも分かるかもしれないわ」


 魔法少女になってから、支柱を倒して、巻き込まれた人を助けて。

 危ないときもあったけど、朔月に助けられて。

 それからは2人で協力して、魔法少女が関係ないときでも朔月と一緒に過ごしたりして。


「……うん、何となく分かった気がする」

「そう。ならきっと大丈夫。アヴィちゃんと朔月くん、2人の力を合わせて弓矢を射って。アドバイスは、それだけよ」


 私は頷いた。それから朔月と目を合わせて、再び頷く。私たち2人は大通りの真ん中へと飛び出した。


「やああっと出てきましたねえ桜さんの魔法少女さんたちい」


 兎の支柱が不快な金切り声で喋る。

 でも、もう何も恐くない。


「朔月、私ずっと友達が欲しかったんだ。だからこの夏は……凄く楽しかった」

「そうなんだ。俺は、良い友達だった?」

「うん。わたしの、最高の友達」

「それは良かった」


 私たちは魔法の矢を番える。魔力が混ざり合って、何倍にも膨れ上がる。


「なっ……なんですかあそれはあああ」

「オマエを終わらせる弓矢だ、『兎の支柱』!」


 眩い光が矢に収束していく。これを撃てば倒せるという確信があった。


「わあたしがうさぎさんだってこと忘れてませんかああ!?」


 突如、「兎の支柱」は空高く跳び上がった。地面に大穴が空き、雄叫びと共に。

 あの巨体からは考えられない程の跳躍。私たちを……押し潰す気だ。


 思わず動揺してしまいそうになる私の肩を、朔月はそっと抱いてくれた。


「大丈夫、当たれば倒せるんだから」

「……うん」


 辺りを影が覆う。落下してくる、闇の化身。

 私たちは弓矢を上に構えて、射る。


 瞬間、光の矢が兎の支柱を貫いた。嫌な鳴き声は止み、兎を象っていた泥も空中でその形を失って崩壊していく。

 やり遂げた。私たちは、勝ったんだ。


「朔月――」

「アヴィ、危ないッ!」


 私は朔月に突き飛ばされて後ろに倒れる。直後、泥が落ちてきた。

 消えつつある支柱の残骸が、さっきまで私のいた場所に。今は朔月がいた場所に。


「さ、朔月」


 負の感情を具現化させた泥が溶けて消滅すると、そこには、血に塗れた、朔月の姿があった。


「嘘、私が、私の、せいで……!」


 駆け寄って抱き留めても、どうすればいいか分からない。ひしゃげた身体はそんな状態だった。


「アヴィちゃん!」

「桜っ、どうしよう、朔月が……!」


 その先を言うのが怖かった。言えば、本当にそうなってしまう気がした。そんな私を桜の妖精は落ち着かせる。


「よく聞いて。魔法少女は回復魔法を使えるの」

「どうやって!? 私にも出来るのか……朔月を、治せるのか……!?」


 妖精はこくりと頷く。大丈夫。簡単よ、と。


「キスをするだけなの」

「え?」

「まあ少し抵抗はあるかもしれないけど魔法少女の女の子同士だし、あっ朔月くん、か……」

「……絶対それで助かるんだな!?」


 仕方がない。不可抗力だ。それしかないんだから。

 そ、そして、私は……。


     ◇


 午前6時、少し前。

 俺は若干の寝苦しさで目を覚ました。


 寝苦しさの理由はすぐに分かった。一緒に寝ていたアヴィが俺に強く抱き着いていたから、ちょっと暑くなってしまったみたいだ。


「エアコンつけっぱで寝てもいいかな。もう7月だし、サクラさんお金持ちだし……」


 しかし、早起きも悪いことではない。何と言ってもアヴィの寝顔が見れる! しかも超至近距離! 可愛い!


「……でも、うなされてる? 起こした方が良いかな」


 アヴィはよく悪夢を見るようで、なかなか眠れない日もあるって言っていた。今日もそうなのかもしれない。

 俺がどうしたものかと迷っていると、アヴィの瞼がぴくりと動いて、薄目を開けた。


「あ、起きた。アヴィ、おはよ……」


 おはようの挨拶は、途中までしか言えなかった。アヴィはぱたりと倒れ、今度は安心したように静かに寝息を立て始めた。


「え……え?」


 感じる暑さの原因は、タイマーで切れたエアコンのせいばかりではないらしい。

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