第36話 選択

 止まる。

「半径100ぐらい、囲まれてる。…君ってホント、京のこと好きだよね。」

 振り返れば中込と対峙する。また、人混みの中。当然、戦闘は出来ない。林檎ちゃんと胡蝶ちゃんだっている。煙が揺らいだ。


 明治の戦い。戦闘はかなり少なく、また、犠牲を増やす方法を姫崎たちは取ってこなかった。ここまで、刃を重ねたのは火災の件のみ。

 相手方の影を掴むことは幾度かあったが、相手の強大さを鑑みてあえてこちらからは手を出していなかった。火災の後八朔の人斬りも止み、なんなら手を引いたのではないかとも考えられていた。

 そうではない。只、必死に計画していただけだ。仲間が全員揃った状態で、思いどうりにことを運ぶための。


「すみませんが、そこから動かないでください。」

 往来の中央、立ち止まることを余儀なくされる。自然に、一番近くに立ったのは一くんと私だ。人々はその光景に気づかない。

「今日はどうされましたかね。八朔サンは別ですか。」

 不敵に、笑った。

「お前が死ぬのを見に。」


 人が動いた。悲鳴が上がる。近くの人の首に、それぞれ刃を突き付けている。

「ここを囲んでいる者は全員刀を持っています。貴方方が動けばその者たちが無差別に殺します。いくら四大でも、何もできないでしょう?」

 距離がありすぎる。馬鹿ではないようだ。いくらなんでも手が出せない。到達前に死ぬ。

「…随分といたな、帯刀者。」

 るかくんは呆れた顔だ。

「何がしたいのか分からないけど、その人ら、関係ないでしょ。」

「お前には関係あるんだろう?なら、巻き込まれて当然だな。」

 舌打ちする。

「中込サンは本当に京のことよくご存じで。好きなの?」

「まさか。頭まで毒が回ったか?」

 それもお前か。私と喋るときだけ、中込は笑みを消す。

「で、ここまでして何の用?」

 問いかけは届いたのか、中込は一くんの前に立つ。

「姫崎京子か、民衆か、どちらを選びますか?」


「姫崎京子を斎藤さん、貴方が殺してください。それか、同志が民衆を殺すのを黙ってみていてください。どうします?」

 皆、顏に深刻さを刻んだ。一人姫崎京子は笑った。


「なんなの、それ。簡単すぎて悩めないよ。」

 異様さに中込は一歩引く。それを追い一歩前に出る。

「あんまり、下に見ないでくれる?」

 発せられた気配に、恐れを感じないものはいなかった。町の人でさえ分かった、静かな怒り。姫崎に、斎藤に、答えを考える必要など無かった。


 二人には約束事がある。

 死んでも、泣かないこと。お互いを、命を懸けて守ろうなんて思わないこと。

 二人が守りたいのは、この国の人。絶対にそれは揺るがず根底にある。


 中込は、姫崎が死ぬとは、実は思っていなかった。姫崎、斎藤、一炉、黒鉄の主戦力陣に精神的な影響を与える為に用意した場だった。姫崎を守ることで人が死ねば、罪悪感に苛まれるだろうと。

 中込には、人を殺める技術も勇気も無かった。自分は戦闘から逃れられるように、周到に計画を立て、臨んだ。殺されないように、殺さなくて済むように。彼は新選組であったが、実戦に出たことは一度もない。


 その計画も、ずれる。姫崎京子と斎藤一を図り損ねることで。


「京姉ちゃん…?」

 折角連れてきたのに、申し訳ない。

「姉ちゃん、もうお年玉用意したんだよ。一くんから貰ってね。あれ、あの。」

「寝室の箪笥の一番上だろう。」

「そう!」

「俺、京姉ちゃんから、」

 唇に人差し指を寄せる。悲しまないで。この状況を作らせてしまったのも、私。君は何も悪くないの。

 林檎ちゃんと胡蝶ちゃんはぼろぼろ泣いていたが、何も言わなかった。私の大切な友達。改めて愛おしく思った。

 巴さんは林檎ちゃんの手を握り、私を見ていた。そのまなざしがかつての仲間を見ていたのか、可愛がった娘のような私を見ていたのかは分からなかった。


 朱現くんは拳を握り、俯いた。手から血が滴る。

「ちょっとにい、やめて。かっこわるいよ。」

 拳を、そっと撫でた。


 二人が、向き合う。

「どっち?」

「分かるだろ。」

 彼女らは、中込が押し付けた選択の話をしていない。姫崎を殺す刀を選んでいた。

「そりゃあね。」

 姫崎は大刀の方を斎藤に投げて寄越す。腰に残った刀を、宝物のように見つめ、柄に触れた。

 斎藤は、刀を抜く。鞘は捨てる。

 姫崎は、丁寧に煙草を火種に近寄せた。ゆっくり、一呼吸する。


 真っ赤な刀身は、胸を貫いた。

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