epA.きらめきとラピスラズリ

# ⅩⅤ resolution

指先がつんと冷える頃、ついにこの時期が来てしまった



クラスの人が1人ずつ代わり代わりに教室を出ていく




先に教室を出て、帰ってきた者は、暗い表情で床を見つめたり、天井越しに青空を眺めていたり、机に突っ伏したりしていた




1年の終わりが近づくと、例のビックイベントが始まるのだ




学園が進路を問う面接。




夢を追う我々に、夢とは何かを聞くのだ




それはじわじわと自分の番に近づき、ついには俺の目の前に立ちはだかった






︎︎⟡︎︎  ⟡︎︎  ⟡






扉を3回ノックすると中から鉄のように重い低音が返ってきた



「どうぞ」



たった一言ですら威圧を感じるそれは、今まで数々の生徒の挫折と悔しさを聞いてきたのだろう



「失礼します」



扉を開け、深く礼をしてから重苦しい部屋へ踏み込んだ


面接は過去の経験から慣れていたが、この面接は今までのものとは全く違うと、1歩目の空気から全身で感じた



部屋のすぐ前には、艶のある大きなこげ茶のカウンターと、そこの玉座に座り俺を待ち受ける校長、そして隣に静かにこちらをみつめる甘城先生がいた



甘城先生に「そこに座って」と案内され、校長の目の前の質素な椅子に腰を下ろす




「柊雨さん、今日は何の話をするのか分かっていますか」




「はい、自分の中でも考えをまとめてきました」




「君はこの学園に来る前、アイドルをしていたそうじゃないか」




校長の声は平坦だった。感情の読めないそれが、かえって心臓を締め付ける




「学園に来る前にやめましたけどね…」




「そんな君は今も代理学園という場所にいる」




校長の目が、俺の奥底を見透かすように、じっと見つめる。そんな視線に、鳥肌が立つ


きっとこいつは、俺の過去の全部を知っているのだろう




「君の夢をもう一度聞かせてもらえるかな」




ゆっくりと息を吸い込む。喉の奥に、鉄の味がした




「かっこいい、アイドルになりたいです。」




その言葉は、口に出すとひどく脆く、川に流された造花のようだった。俺自身、その言葉が、かつての夢の残骸なのか、それとも新たな蕾なのか答えを出せずにいた




「1度諦めたのに、また元の道に戻りたいというのはあまりにも夢物語ではないかな」



その言葉は一言一句俺に向けられていて、何処にもかわすことが出来なかった




そんなこと分かってる



分かっていて認めたくなかった


“アイドルになりたい”という夢だって、元アイドルが願う夢なのか




「そう言われましても、“アイドルになりたい”。それが俺の全てです」





返したのは「俺」の声だった。だが、そこに混ざっていたものは、紛れもない「僕」の本心だ





それでも、この星で…いや、同じ銀河で僕のことを想って俺のことを見てくれる人に届いて欲しいから


それが故郷の者だろうと、旧友だろうと、先生だろうと学園の友人だろうと



夢と希望で煌めく俺を見て、感じて、同じように夢を追うものに耀きを繋いでいきたい



それが俺の夢で、生半可な気持ちで挫折した現実





でも、今の僕は過去とは違う





沈黙が重く部屋にのしかかる。秒針の音が、海の底の鼓動のように、ゆっくりと、そして確実に、俺とこの一室を刻んでいた






もう、逃げない






「……君の言う『かっこいいアイドル』とは、具体的にどのようなのを指すのかね?」




校長の声は、先ほどよりも僅かに明るくなったような気がした

それが、俺の言葉への興味なのか、それとも何か意図があるのか判断はできなかった



俺は、ゆっくりと顔を上げた



この目に映るのは、校長という仮面を被った、一人の人間だ


その奥に、どんな感情が潜んでいるのかは、俺には知りえない



けれど、俺の言葉は、嘘じゃない




「俺の思うかっこいいアイドルは──」




それはきっと、ステージの上で完璧に輝く「俺」だけじゃない



過去、血筋、仲間。その全てを背負いながら、それでも光を放つ存在




「たとえ消えゆく星になっても、その光が誰かの道標みちしるべになるようなアイドルに、俺はなりたいです」




言い切った瞬間、心臓が大きく脈打った




これは、俺が、自分に誓った「夢」




校長は、小さく頷いた

その表情は依然として読み取れないままだったが、彼の瞳の奥に、一瞬だけ僕の姿が写ったのが、確かに見えた





「……なるほど。柊雨さん。君の夢は確かに聞いた」



その言葉は、まるで何かの鎖のようだが、軽く紙のように、そして静かに俺の心に張り付いた



扉の外では、次の生徒の足音が近づいてくる


俺は立ち上がり、再び深く礼をし重い扉を開けた




教室を出た瞬間、廊下から差し込む陽光がまぶしく目を焼く



先ほどまで感じていた指先の冷えは、いつの間にか消えてしまっていた


代わりに、胸の奥でなにかがざわざわと煌めくように感じた





それは、まるで、瑠璃色の一等星のようで。



そしてその輝きの中に、俺は初めて、蔭を見たのだろう

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【Side story】煌く星の隂【代理学園】 水瀬 @minase_syu02

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