第23話 美法が死んでから

「魔王は異世界から来たんですよ!」


 自信満々に言うイリハに対し、

「それはあり得ないな」

 と美法は一刀両断した。


「どうしてですか?」

「魔王はクユリ人として生まれたんだろう? もし異世界から来たのなら、私たちみたいに、突然現れるはずだ。それに私たちの見た目も、クユリ人とは少し違う。魔王が異世界人なら、クユリ人だとは伝わっていないはずだ」


 どうやらこの手の知識は、美法より俺の方が詳しいらしい。俺は反論した。


「そうとも限らない。俺たちは異世界したけど、魔王は異世界をしたのだとすれば辻褄はあう」

「どう違うんだ?」

 美法は眉をひそめた。

「俺たちは元の姿のままこっちの世界に来たけど、魔王は、いわば魂だけこっちの世界に来て、こっちの世界の赤ん坊として生まれたんだ」

「……輪廻転生したってことか」


 まぁその理解で間違いないか。


「仮に魔王が異世界から……俺たちの世界から来たとすれば、魔王がいまだに魔法を使える理由は説明がつく。だけどそうなると……」


 魔王はいったい、いつの時代の、どこの誰だ?


「イリハ。魔王が生まれたのは、正確に何年前だ?」

「え? さぁ、正確な年代は私も……。伝説では、五百十二年以上昔とされていますが」

「五百十二? なんでそんな中途半端な……」


 いや、違う。いまイリハは、八進法で数を言ったんだ。それを翻訳魔法が、勝手に十進法に直したに違いない。

 十進法の512は、八進法で1000。つまりイリハは、「千年以上昔」と言ったに過ぎない。おそらくあまり正確ではないだろう。千年前かもしれないし、千百年前かもしれない。

 まぁ、どちらにせよ、十進法では500~600年くらいの間に収まるだろう。


「西暦で言うと、1400年頃から1500年頃。日本でいえば戦国時代か……。まさか、戦国武将の誰かが?」

「どうだろうな」

 美法は鼻で笑った。

「あっちの世界とこっちの世界で、時間の進み方が同じとは限らない。そもそも並行しているかも怪しい。仮に同じでも、一日の長さや一年の日数は当然違うだろうからな」

「一日の長さ……違うか?」


 俺が聞くと、美法は足を組みなおした。


「……これは私の感覚だが、こっちに来てから、一日が早く過ぎている気がする」

 なんだって?

「楯太郎はそんな気しないか?」


 ……言われてみると、こっちに来てから、本を読むスピードが落ちた気がしている。ちょっとの間だけ本を読んでいたつもりなのに、いつの間にか夜になっていることが多かった。こっちの世界の数学書を理解するのに時間がかかっているだけだと思っていたが、もしかして、こっちの世界の方が一日が短いのか?


「まあ、今となっては確かめようのないことだ」

 と美法はあっけらかんとした。ほとんど気にしてもないようだ。


 だが、俺は気になる。なんとかして、あっちとこっちの時間の進み方を比べる方法はないだろうか?

 ……あ、そうだ。


「俺がこっちに来たのは、美法より後だ。そして、俺がイリハと出会ったのは、美法が誘拐を始めてから……何日後だ、イリハ?」

「え? ええと……」

 イリハは首を傾げて数え始めた。

「ジュンタローさんと出会ったのは、私の両親が誘拐された次の日です。両親が誘拐されたのは、知識人の誘拐が報道されてから三日か四日ほどあと。ですから、ジュンタローさんと会ったのは、誘拐が始まって五日か六日くらいあとだと思います」

「美法は、こっちに来てすぐ誘拐を始めたのか?」


 美法は黒歴史を掘り返されたときのような、嫌そうな顔をした。


「いや。最初の数日は本屋に行ったり、町の人と話そうとしたりしていた。だがそのうちに面倒くさくなって、知識人を集めて一気に情報を得ようとしたんだ」

「だとすると、俺が来たのは美法が来てから十日くらいあとか。それで、美法が死んだのはいつだ?」

「は?」


 美法はまた嫌そうな顔をして、渋々といった感じで答えた。


「20XX年の五月八日だ。朝、学校に行く途中で事故に遭った」

 五月八日だって?

「俺は五月十一日だ。同じ年の」


 俺たちが死んだ日は、たった三日しか離れていない。なのに、こっちの世界に来たのは十日違う。つまり、俺たちの世界とこっちの世界は、時間の進みが違う。


「だから言っただろう。あっちとこっちで、時間の進み方が同じとは限らない。そもそも神なら、未来や過去に自由に行き来できる可能性だってある」

「過去や未来に行く魔法はありませんから、当然、神様にもそれは無理だと思います」

 イリハが反論したが、正直そこはいま、あまり重要ではない。俺たちは現に、日数の違いが生じていることを突き止めた。魔王の正体を探る手掛かりはなくなってしまった。

 もっとも、仮に魔王が戦国武将の誰それだとわかったところで、倒せるかどうかはわからないのだが。


 俺が時間の進み方を気にしている理由は、もうひとつある。

 魔王を倒したあと、俺は元の世界へ帰れる約束だ。だがそれは、いったい何日後の世界に帰るのか?

 俺がこっちの世界に来てから、もう二十日以上経っている。時間の進み方が同じなら、元の世界でもそれだけの日数が経っていることになる。だがもし、元の世界に戻ったら十年経っていた、なんてことになったら……。


 そう不安がっていたのだが、今の美法の話からすると、案外楽観的に考えていいのかもしれない。

 俺と美法が死んだ日は三日違いで、こっちの世界に来たのは十日違い。つまりこっちの世界は、元の世界より時間の進みが三倍遅い。こっちの世界での二十日は、元の世界で一週間くらいってことになる。

 一週間、俺の体はどうなっているのだろう? あの事故で完全に死んでいたら、とっくに火葬まで終わっている頃だ。「生き返らせてやる」と言っていた以上、そんなことにはなっていないと思うのだが……。


 これ以上は、考えても仕方がない。俺は神の言葉を信じて、魔王を倒しに行くしかないのだ。

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