第2話 隠し事
朝を迎え、学校までの道のりを一人で向かう。
通学路に入ると、登校中の生徒が増えはじめ、いつの間にか友達と話しながら登校している生徒が目に入る。
一人で歩く僕の前後には、友達と登校する生徒で溢れていた。
もう慣れっこだが、ときどき寂しく思うときもある。
毎日、目の前で仲良く話している生徒を見ればそうなるだろう。
(昨日、名前だけでも聞いとけばよかったな)
(けど、二組にいるんだっけ)
昼休みが終わる頃に、二組を見てみたが昨日の少女の姿はなかった。
学校が終わると、僕は真っ先に例のベンチへ向かう。
ベンチまでは少し距離があるため、歩いているうちに日が沈みはじめる。
歩いていると、奥のほうでベンチに座っている昨日の少女が見えた。
だが、少女の目線は川のほうであり、すごく遠くを見ているように感じる。
正直、二日連続でいるとは思っていなく、少女の姿が見えると少し嬉しい気持ちになっていた。
僕は、ゆっくり近づいてみたが、歩く音が聞こえたのか少女はすぐに振り返える。
少女は僕の姿を見ると、すこし驚いた様子だった。
「びっくした……。どうしたの?」
「ごめん、驚かすつもりはなくて……」
「今日は、私が先に座らせてもらってるよ」
「全然、大丈夫だよ」
少女は、ベンチに座ったままだが、僕は座らず隣に立っていた。
ただ、自分から隣に座る勇気がなかっただけだ。
「ここで何をしていたの?」
「遠くを見ていたの」
「遠く?」
「そう。遠くを」
「そっか」
(遠くって、なんだ……)
「今日も小説を読みに来たの?」
「まぁ……」
「じゃ、ここ座りなよ」
「でも、先に座ってるし」
「なにそれ笑 座りなよ」
少女の一声で隣に座ると、僕はバッグから小説を取り出した。
すると、少女は再び驚いた表情を僕に見せる。
「ほんとに読むの?」
「え……?」
「私が隣で退屈するじゃない」
「そうだよね……」
(普通は会話とかするよな……)
「冗談よ笑 私はここで暇つぶしをしてるだけだから」
「いや、でも……」
「いいの、いいの。目的は小説でしょ?」
「……。いや、まぁ」
(小説だけど、君に会うことでもあったかな……)
だが、少女の視線は僕のバッグ付近にいっていた。
「どうしたの……?」
「あ〜喉乾いたな〜」
「さっき買ってきたもので良ければ」
「もらってもいいの?」
「まだ、開けてないし、いいよ」
「けど、ただで飲むのもな」
「全然、飲んでいいけど」
「じゃ、借りた分、今度お返しするね」
少女は、蓋を開けるとゴクゴクと音を鳴らし、豪快に飲んだ。
すると、少女は半分以上飲んだジュースを僕に渡してきた。
「全部、飲まないの?」
「あとは飲んで」
「えっ……」
(これは間接キスなのか……?)
「もしかして、間接キスとか思った?笑」
「いや……。全然思ってないよ」
(思ってたけど……)
「嫌なら、私が飲むよ」
「……。僕もジュース飲みたいし」
なぜか少女は、僕をじっと眺める。
僕は少女の視線を気にせず、残りのジュースを豪快に飲み干した。
ジュースを飲み終えて少女を見ると、なぜかニヤニヤしている。
「な、なに?」
「なんでもない笑」
「なんだよ……」
僕は、すこし照れくさくなり少女を直視できなかった。
少女は、ずっと僕を見てクスクスを笑っている。
「なんか、かわいいね笑」
「からかわないでよ……。そんなのこと初めて言われたし」
「からかってないよ。あっ、気になってたんだけど名前は?」
「僕は、川沿蒼汰」
「私は、城野沙織里。よろしくね」
「よろしく、城野さん」
僕は、二回目の出会いで少女の名前を知ることができた。
正直、臆病者の僕が、普通に会話をしていることに驚いている。
(クラスメイトとは話せないのに……)
(僕ではなく、城野さんのおかげなのかな)
「やっぱり、沙織里でいいよ」
「じゃ、沙織里さん」
「蒼汰くんでいい?」
「じゃ、それで」
「そういえば、今日の学校はどうだった?」
「学校は……。普通かな?」
「普通ってなによ笑 友達はできたの?」
「……。それは、まだ」
「そっか」
「そういえば、沙織里さんって二組だよね?」
「そうだよ」
「今日は出席してた?」
「してたけど?」
「えっ……」
「なんで?」
「……。いや、なにも」
(全く姿が見れなかったけど、タイミングが悪かったのかな)
「休み時間は、いつも友達と教室の外に出ちゃうからね」
「なるほど……」
「学校では、誰とも話してないの?」
「まぁ、そうだね」
「友達なんてすぐにできるよ」
「そうだと、いいんだけど」
「そういえば、沙織里さんは、この辺に住んでいるの?」
「私の家に来たいの?」
「いや、そういうことではなく」
「この先、真っ直ぐ行ったところだよ」
ずっと笑顔だった沙織里は、この質問に対してだけ、すこし寂しそうな顔で僕に伝える。
不思議に思ったが、とくに聞き返すことはしなかった。
「蒼汰くんは……。いまの生活は好き?」
「いまの生活? 好きではないけど」
「どうして?」
「僕は、早く大人になって今の生活から抜け出したいかな」
「そうなんだ。私は逆かな」
「逆?」
「私は、いまの生活がずっと続いて欲しいかな。大人にならず、このまま」
「学生のままってこと?」
「そうだよ」
「いまの生活が楽しいから?」
「ん〜。それは、すこし違うかも」
「蒼汰くんは、いまが楽しくないから?」
「沙織里さんと違って、僕は楽しいと思えるような毎日じゃないから」
「私も毎日が楽しいわけじゃないよ」
「僕と違って、楽しい人生を送ってる風に見えたから」
「私も楽しい毎日なんかじゃないよ」
「それって、どういう……」
「ごめん、長居しすぎたね。そろそろ、帰えろうか」
「……。うん」
僕たちは、ベンチから立ち上がると、お互い逆方向に真っ直ぐ歩きだした。
沙織里は、すこし歩くと、振り返り僕に向かって大きく手を降る。
前回と同様に僕は、すこし照れくさいながらも手を降り返す。
沙織里は、手を振り終えたあとにニコッと笑い、その場をあとにした。
沙織里と会った翌日も学校に行き、昼休みに隣の教室を見てみるが、沙織里の姿はなかった。
(友達と、どこかでご飯を食べているのかな)
僕は、そのまま屋上に向かい、一人でご飯を食べていると扉のほうから女子生徒の会話が聞こえてきた。
声はどんどん大きく聞こえ始め、ドアを開ける音が聞こえる。
話し声が聞こえると、僕は急いで隅のほうに隠れた。
(つい、隠れちゃった)
(隣のクラスの人かな……?)
二人は、しばらく他愛もない話をしていたが途中で話が切り替わった。
「ねぇ、聞いた?」
「なにが?」
「今日、別のクラスの子が通学途中で城野さん見たんだって」
「えぇ?うそ?」
「びっくりだよね?」
「もう、外に出ても平気なの?」
「わからないけど、走ってどこかに行くの見たんだって」
「もう何ヶ月も学校に来てないから存在を忘れてたよ」
「わかる〜」
二人は、どうやら沙織里の会話をしている。
僕は、会話がギリギリ聞こえる距離を保ち、耳をすませた。
「すごく可愛いのについてないよね〜」
「ほんとに。入学したときは、男子全員が見に来てたしね」
「私の元彼も好きになってたから、ちょっとムカついたけど笑」
「女子は城野さん嫌いな人多かったよね」
「最悪……」
「なに?」
「ごめん、携帯忘れたから教室行ってもいい?」
「しょうがないな〜。戻ろっか」
屋上の扉が開き階段を降りていく音が聞こえたので、様子を見てみると女子生徒の姿はなかった。
「やっと、行ったか……」
(さっきの話は、沙織里さんのことなのかな……)
(でも、学校に来ていないってどういうことだ……)
(来ているって本人は言っていたけど……違う人なのかな)
僕は二人の会話を聞いて、頭の中が整理できずにいた。
授業を終えて、隣のクラスを見てみるが沙織里の姿はない。
いろいろなことを考えながら帰り道を歩いていると、ベンチが見えてきたがそこにも沙織里の姿はなかった。
今日は、そのまま帰ろうとしたが、後ろから誰かに声をかけられた。
「蒼汰くん?」
振り返ると、目の前には沙織里が立っていた。
「沙織里さん?」
「そうだけど笑 友達はできた?」
「いや、まだだけど……」
「なんか、いい報告があるかと期待したのに」
「それは、時間がかかるかも」
「今日の学校はどうだった?」
「普段と変わらないかな」
「私と話すときみたいに、もっと愛想を良くするとかは?」
「愛想が悪そうに思われてるかな?」
「なんか、イメージね」
「やっぱり、そうだよね……」
「私は大丈夫だけど、他の人にはそう思われてるんじゃない?」
「転校してから、ずっとこんな感じだったから……」
「あっそうだ。私、今日は帰らないとだから」
「えっ、あぁ……ごめん。邪魔しちゃって」
「なんで謝るの笑 じゃ、また今度話そうね」
沙織里は、僕に手を振り、その場をあとにした。
翌日も同じように学校に行き、授業を受ける。
僕と話そうとする人は、もちろんいない。
(やっぱり、愛想を良くするべきかな……)
授業が進み、昼休みになると廊下がいつもより賑やかになっていた。
男女が集まり、なにかを見ている。
すると、人がどんどん集まり、お祭りのような状態だった。
(なんだ……)
(喧嘩か?)
僕も気になり、すこし様子を見に行くことにした。
一人の生徒に対して、すごい人数で囲っているが見える。
だが、僕は目の前の光景が信じられなかった。
囲まれていたのは、制服姿の沙織里だったからだ。
少しずつ前に行くと、ようやく沙織里と目が合う。
「蒼汰くん?」
「沙織里さん……」
「城野さん、そいつだれ?」
「お前、知り合いなのか?」
「あっ……いや」
「そう。私の友達なの」
「えぇー!?」
「誰だよ、こいつ」
「蒼汰くん、行こっか」
「えっ……どこへ」
沙織里は僕の手を取り、多くの生徒を無視して廊下を走った。
僕は行き場所がわからないまま、引っ張られ続ける。
数分後に辿り着いたのは、誰もいない屋上だった。
「ごめん、こうしないと静かにならなかったでしょ」
「そうだけど、ここまでしなくても……」
「それに、男子たちを追い払うの大変だったから、ちょうど良かったの」
「沙織里さんが来ると、いつもこうなの?」
「たまに来ると、こうなるのかな……」
「たまに……?」
「あっ……」
僕の発言で、沙織里は困った表情をする。
だが、その後は僕に事情を打ち明けてくれた。
「久々に学校にきたの」
「そうなんだ……。けど、なんでいつも制服だったの」
「私服でフラフラしてるより、制服のほうがいいでしょ?」
「どうなんだろう……。夜遅くに制服でいるのも怪しいかと」
「実は、女子たちが沙織里さんの話をしているのを聞いたんだ」
「悪い噂?」
「いや……。学校に来れてないとか」
「……。実は、そうなの。嘘ついててごめんね」
「僕はいいけど、沙織里さんは大丈夫なの?」
「私は大丈夫だよ。色々あって、たまにしか来れないだけ」
「そっか……」
(なんて、返せばいいんだろう……あまり、踏み込んではいけないと思うし)
「なんでか、気になる?」
「気になるけど……別に無理に話さなくても」
「じゃ、話すタイミングがあったらね」
「わかった」
「他に聞きたいことある?」
「他に?」
「ない?」
「えっと……好きな食べものとか?」
「なに、その質問 笑」
「なんとなく……」
「ん〜、ケーキかな」
「……。僕は、あんまり食べたことないかな」
「そんな人いるんだ」
「誕生日以外で食べるものなの?」
「普通、あったら食べない?」
「あっ!それより、学校近くの張り紙見た?」
「張り紙? 見てないけど」
「近くで大きな花火大会があるんだって」
「花火大会?」
「大きな花火とか見てみたくない?」
「まぁ……。小さい頃なら親と一緒に見たことあるけど」
「いいな〜。大きな花火は見たことないんだ」
「いつあるの?」
「日付は、ちゃんと見てないけど近々あるんじゃないかな」
「ベンチから見れたりするのかな……」
「一緒に見てくれるの?」
「い……嫌なら全然いいんだけど」
(沙織里さんは人気者だし、僕以外に見に行く人なんて、たくさんいるだろうし)
「じゃ、一緒に見よっか」
「えっ……本当に?」
「嫌なら別の人と行くけど?」
「嫌なわけないよ」
「やったぁ。 じゃ、約束ね」
お互い、お昼ご飯を食べずに会話だけで1時間を過ごしていた。
すると、チャイムが鳴り、お昼休み終了の合図が屋上に響く。
授業が再開してからは、沙織里と話す機会はなく、あっという間に午後の授業が終わる。
帰りに隣のクラスを見てみるが、沙織里の姿はなかった。
僕のあとに、違うクラスの男子たちが教室内の男子生徒や女子生徒に問いかけているのを目にする。
だが、男子たちは沙織里がいないと知ると、すぐに何処かに行ってしまった。
(沙織里さんは人気者だな……)
(学校に来ると、毎日誰かに呼ばれて……。そりゃ、美人だし、人気ないはずがないか)
(けど、そんな人が、なんで僕と話してくれるんだ)
(友達がいないのを気にしているのかな……)
沙織里の姿がないことを確認すると、僕は学校をあとにしてベンチへ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます