第15話 賊虐卿

 懺悔か――と、グニクは記憶を遡った。

 もっとも、懺悔する気など微塵も無かったが。人間でいうそれに値する行いがどれであったかを、考えてみた。



 あれは100年くらい前か。

 グニクは隊を率いて各地で略奪を繰り返していた。既に絞葬隊の隊長を任され、結果も出していた。

 現代のように勇者のいない時代は悪行を働きやすく、魔物にとってはパラダイスだ。絞葬隊は悪逆の限りを尽くした。とにかく略奪、略奪、略奪。人間社会ほどではないが、財産は持っていれば魔王軍内でも一定の地位を築ける。優れたアイテムや奴隷を献上すれば、魔王様にも気に入ってもらえる。腕っぷしだけの馬鹿にはなれない分、グニクはあらゆる工夫を凝らした。

「次はこの王国にしよう。資源が豊かで人口もそこそこだ」

「国ですか? 隊長、村や町ならまだしも国一つを堕とすのはいくらなんでも。船で移動できる人数では兵力が足りませんよ」

「誰が真っ向から全面戦争するっつったよ。俺に任せとけって。国取りってのは、頭一つ取っちまえば終わりなんだよ」

 目についた人間からは全てを奪った。財産、尊厳、純潔、命。

「まあ見てな、俺一人で行く」

「え、一人でですか?」

「ああ。俺が国王の首を獲ったら、まず門番自ら城門を開けさせる。それが合図だ。お前らは堂々と入って来ればいいさ」

 標的は時々、人間以外になることもあった。同族であっても、グニクは容赦をしなかった。いつ自分が奪われる側になるかわからない、そんな恐怖心から配下は『絶対王令ラテン・レッド』を使われるまでもなく、グニクに忠誠を誓っていた。

 人間は、グニクにとって家畜ほどの価値しかなかった。

 グニクの国取りはものの1時間で終わった。

 刃向かう者は皆、舌を噛み切るか同士討ちをさせた。易々と城へ侵入し、衛兵に王の元まで案内させた。妃に王を羽交い絞めにさせながら、『国を寄越せ』と命じる。

 たったそれだけ。武力で制圧する必要など無い。

 王は全権をグニクへと譲り、魔王軍に下ったのだ。

「下劣なヴァンパイアめ! 今すぐ私の国から出て行って!」

 王座の座り心地を楽しむグニクに、激しい罵りを浴びせる女がいた。上等なドレスを着た美しい女で、歳は20前後だった。

 グニクは国王だった男に酒を注がせながら尋ねた。

「誰だあいつ」

「余の娘でございます」

「へ~王女か。威勢の良い女だな」

 国が陥落してから数日後のことだった。外遊から帰って来たこの国の第一王女は事の経緯を知り、勇敢にも身一つでグニクを非難しに来たのだ。その勇気に敬意を表し、グニクは国王らしく衛兵を使って王女を拘束させた。

「やめて、放しなさい! 私がわからないの? この国の王女よ、みんな目を覚まして!」

 グニクはこうべを垂れる元国王の頭に酒をかけ、もう一度『注げ』と命じた。

「はは、只今」

 元国王は即座に酒を注ぐ。

「やめてお父様! どうしてしまったの!?」

 これがまた元気な王女で、衛兵に二人掛かりで押さえられてもまだ暴れている。元国王が正気でないらしいことを悟ると、王女はグニクのことをキッと睨みつけた。

 か弱い人間から向けられる儚くも鋭い憎悪に、グニクはうっとりした。

「お父様や皆をおかしくしたのはあなたね?」

「如何にも」

「皆を元に戻して!」

「ハハハ、傑作だな。そう言われてハイわかりましたってなると思うか? 俺が言うのもなんだけどよ、何でも自分の言った通りになると思ったら大違いだぜ? 王女様」

「あなたの船を見たわよ……あの帆、魔王軍でしょう!?」

「つくづく馬鹿な女だな、それがわかってるなら引き返せばよかったものを」

「冗談じゃないわ! ここは私たちの国よ。魔王軍なんかがいていい場所じゃない! 私の国を……私の家族を返して!」

「とは言ってもだなぁ王女様、この国はもう魔王軍領なんだよ」

「何を馬鹿なことを」

「国王様からも正式な宣誓をいただいてですねぇ……ああ、国王様か。なあ、給仕係?」

「左様でございます」

「ふざけたことを言わないで! お父様もいつまでそんなことをしているの!? どうして何も着ていないの!?」

 グニクは元国王の頭に酒をかけながら、深々とため息を吐いた。

「お前の娘はうるさいなぁ。どういう教育をしているんだ?」

「申し訳ございませんご主人様」

「しょうがねぇ、俺が代わりに教育してやるよ」

 元国王を蹴ってどかし、グニクは王座から王女を見下ろした。衛兵に両脇から腕を極められて身動きを取れなくされながらも、王女は毅然とした態度を崩さなかった。

「こんなことをして、ただで済むと思ってないでしょうね?」

「お前こそ新国王にそんな態度を取ってただで済むと思ってねぇだろうな?」

「あなたが国王? ふふっ、ヴァンパイアは冗談が下手なのね?」

 王女は忌々しそうに吐き捨てた。

「あなたたち魔王軍なんて、家畜以下の下衆よ! 見ていなさい、今に天罰が下るわ! 私の国を滅茶苦茶にしたことを後悔させて――」

「『漏らせ』」

「――えっ」

 王女は自分の下に目を落とし、サッと青ざめた後、恥辱にみるみる顔を紅潮させた。

「な……は? え、うそ……」

「どうしたんだ王女様。怒鳴ったり黙ったり忙しいな」

 王女の足元に水溜まりができ、ドレスにも染みができていた。

「よく出るな、長旅で溜まってたのか?」

 ハッとして、王女は周囲を見た。従者や衛兵、元国王や元妃までもが彼女を注目していた。王女は涙目になり、戒めを振り解こうと暴れた。

「いや、やめて、こんなこと……放してよ! いい加減にしなさい!」

「おい、『放していいぞ』」

「ハ!」

 衛兵が王女を解放する。すかさず、グニクは命じた。

「『跪け』」

「……へ!?」

 王女はバシャリと音を立ててその場に跪いた。

「なに……どういうこと、これ……?」

 自分の体が言うことを聞かない恐怖に、王女の顔がみるみる引きつっていく。

「『俺を見ろ』」

「うっ!?」

 王女はめいっぱい顔を上げ、王座のグニクを見た。グニクは歯を見せて愉快そうに笑みを浮かべていた。

「なんだ、もう顔が曇ってるな。もっと激しく怒り狂ってくれるものと思ってたんだが」

「あなた……これって……魔法……?」

「そう、魔法。俺の先天魔法ラテンだ」

 グニクは椅子から立ち、カーペットを敷いた階段をゆっくり降りて行った。

「『絶対王令ラテン・レッド』と言ってな。どんな物にでも命令を聞かせられる。俺は生まれた時からこの魔法が扱えた。俺にとっちゃ手足……体の一部みたいなもの。在って当たり前。命令できて当たり前だ」

 跪く王女の前に立つ。グニクは彼女を押さえていた衛兵を一瞥した。

「『死ね』」

「ハ!」

「只今!」

「え……待、何を!?」

 二人の衛兵は剣を抜き、互いの首を貫き合った。揃って倒れた衛兵の血が、王女の上等なドレスを汚した。

 グニクを見ろと命じられていた王女は衛兵の姿を確認することができなかったが、音と震動だけで充分だった。頬に当たった生温かさは、飛び散った血に違いない。

「はっ……ぁ、あっ……」

 震える王女の目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。が、決してグニクから目を離すことは許されなかった。

「ただの人間如きが王を名乗るなんざ、笑わせる。王ってのは絶対でなきゃいけない。俺のようにな」

 グニクは吹き出し、自嘲気味に言った。

「つっても、例外はいるけどな。じゃなきゃあ、今頃は俺が魔王になってる。自分より弱い奴しか従わせられない、下劣な魔法だ。お前の言う通りな」

 グニクは屈んで王女の顔を覗き込んだ。

「でもよぉ、ってことはよぉ……俺の命令に従ってるってことはつまり、お前は俺より弱ぇってことだよな?」

 王女の顎を掴み、鼻が触れ合うほど顔を近づける。間近から王女の目を見つめ、見つめさせ、グニクは寒気がするほど低い声で言った。

「だったらよぉ、何が悪いんだ? 弱ぇ奴の上に立つことの、何がおかしい? お前も王女なんだろ? 下民から搾取する側だろうが。家畜がどうとか言ってたな? そうだよ、お前は家畜より身分が上だから服着てそいつら食ってんだよ。そのお前より俺が上だっつうだけの話だろ? なあ?」

「……っ……」

 グニクは王女を放して立ち上がり、真顔で言った。

「『元国王、元妃を殴り殺せ』」

「はは!」

 元国王は妻へ駆け寄り、一切の躊躇い無くぶん殴った。元妃は黙って夫の暴力を受けた。

「や、やめてお父様! やめて! やめさせてくだ――」

「『黙れ』」

「っっ!?」

「『立て』」

 王女は立ち上がった。視線はグニクに固定されていたが、視界の隅に両親が映っていた。人が人を殴る激しい音が響くなか、グニクは凶悪な笑みを浮かべて言った。

「気に入った。お前は正気のまま死ぬまで飼ってやる」

「~~っ」

「なに、心配するな。暫くこの国にいるつもりだからな。国民を手懐けるにも、元の王族がいた方がやり易い。役に立つうちは、生かしておいてやるよ」

 グニクは親し気に王女の肩を叩き、視線の固定を解いて新たな命令を下した。

「手始めに、『この部屋を片付けておけ。死体もちゃんと捨てて来るように』」

「……っ」

 殴打の音は止んでいた。グニクは元国王を付き従わせて王の間を後にした。

「あ、それから」

 去り際、グニクは王女を振り向いた。心は拒否しても、体は命令を忠実にこなす。彼女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、衛兵の死体から剣を引き抜こうとしていた。

「……」

 なんだ、つまらないな――と、グニクは思った。

 いつもの顔だ。いつもいじめてる奴隷たちと変わらない。怯え切った顔。最初の威勢は見る影も無い。

「掃除に邪魔そうだから、『服を脱いでもいいぞ』」

 途端に、グニクは彼女への興味が失せてしまった。

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