第2話 招かれざる者
賞金稼ぎとは、ヴァンパイアハンターのことでもある。高額賞金首といえば、今ではヴァンパイアばかりだからだ。
そして、ハンターといっても実力は玉石混交であり、賞金を稼げるのは一流の証でもあった。青年が賞金稼ぎと名乗ったのは、腕利きだというアピールなのだろう。
整った顔は青白く、ぎょっとするほど痩せていた。その痩身に似合わぬ大剣を肩に担ぎ、笑みを浮かべている。
そして、自分に向かって剣を構え殺気を放っているミハイよりも、その後ろを熱心に見つめていた。彼はリディアにこそ、興味があるようだった。
「その言葉が本気なら、殺す」
ミハイの声は普段よりも一段と低く、冷え冷えとしている。今から狩るからよろしくなどと、ふざけた物言いに腹を立てたわけではない。単純に言葉どおりだった。ここにいるのが誰だか分かった上でやって来たとなれば、相当の手練れであろうことは察せられる。だが、相手がその気ならこちらも相当の殺意を持って受けるまでだった。ミハイにとってはリディアの安全が最優先であり、敵は排除するのみである。
しかし、青年はミハイの鋭い視線を受け流して、部屋の中に一歩踏み込んだ。
ミハイはぐっと腰を落とし、左足を引いて半身になる。この狭い部屋の中では、剣は戦いには向かない。だが、腰には短剣が数本仕込まれていたし、武器は一つや二つではなかった。そして、青年のほうも大剣を振るうのは無理がある。どこに武器を隠しているのかと、ミハイは注意深く観察するのだった。
一方、青年は動じることなく、床に横たわる少年の遺体を見つめてニタリと笑った。
「お食事中でした?」
「貴様、一人か」
質問に質問で返した。彼が単身乗り込んできたことは確信めいていたが。
青年は軽く首を傾げた後、そうかと手を打ってアハハと笑った。
「ええ、もちろん一人ですよ。あれですよね。スタン公爵の黒獅子騎士団。追われてるんですよね? でも、俺は奴らとは無関係なんで安心してください。あ、関係なくもないか。潰したの、俺だし」
「……潰した?」
「はい。実はね、昼間にちょっと潰してきたんですよ。一人残らず、皆殺し。殲滅しちゃいましたぁ」
笑って舌を出す青年に、ミハイは背中に冷たいものを感じた。
スタン公爵とは、今は亡き皇帝の弟で旧帝国領の北部を治める大貴族だ。その公爵麾下の黒獅子騎士団は、街の自警団などとは格も質も全く違う鍛え抜かれた精鋭の兵団で、数も500人を下らない。それを一人で皆殺しにしたと、目の前の青年は笑うのだ。
色白で痩せたこの男は、一見するとひ弱そうだが、それが真実ではないことにミハイはとうに気づいている。彼からは血の匂いが漂っているし、何よりその目は餓えた狼の如く危険な色をしているのだから。
「明日には『黒獅子殺しのロシュ』が、俺の二つ名になるでしょうね。売り出し中の身としては、とにかく名前を上げなきゃならないんですよ。だから、御協力ください」
言った瞬間、ロシュと名乗った青年は、ミハイ目がけて大剣を横なぎに大きく振り放った。
ミハイは咄嗟にのけぞるように身をかわし、自身の剣で跳ね上げるようにして大剣をいなした。少しでも遅れていれば、首と胴は泣き別れになっていただろう。しかも、ロシュの大剣は障害物であるはずの壁を紙のように切り裂き、ミハイを襲ったのだ。
剣の頑丈さもさることながら、なんという膂力だとミハイはぞっとする。だが、体は一瞬たりとも動きを止めず、軌道を逸らせた大剣を追いその根元に刃を振り下していた。
大きな音を立てて大剣が床に転がった。その柄を握り締める右手と共にだ。
剣を振るった勢いで、ロシュはこちらに側面を向けている。俯いて動きを止めた彼の表情はよく見えなかった。手首から零れる血が、床に広がっていく。
ミハイが構えを整えると、チッという舌打ちの後、微かな笑い声が聞こえてきた。
「防がれたのも、切られたのも初めてですよ。いい目とスピードをお持ちだ」
ゆっくりとロシュは顔を上げた。白い顔の中で、唇が妖しくほころんでいた。
「でもね、自惚れないほうがいい。伯爵程度の力量では、ホントは俺にかすり傷一つつけられやしないんですよ?」
ロシュは、ミハイに対して正面に向き直った。その左胸の少し上にナイフが深々と刺さっていた。
「御令嬢のナイフが心臓目がけて飛んできたんでね。避けきれずに鎖骨で受けるはめになりました」
ロシュはナイフを抜いた。頬を引きつらせたのはほんの一瞬で、再び見せた笑みは晴れやかでさえあった。右腕も切り落とされているというのに。
彼が現れたとき、ミハイの脳裏に浮かんだ一つの懸念が、どんどんと膨らんでゆく。嫌な汗が滲んだ。
「このナイフ、頂いてもいいですか? やっと貴女に会えた記念に」
「そんなものでいいなら、どうぞ」
リディアもまた笑っていた。赤い唇が三日月のようだ。
自分よりも前に出ようとするのをミハイは止めたが、リディアは首を振ってまるで言う事をきかない。もう大丈夫だと、笑うのだ。
実際、嬉しそうにナイフに付いた血を舐めているロシュからは、もう殺気は感じられなかった。
「なんなら、もっと差し上げるわよ」
殺気を放っているのは、むしろリディアだ。それは、単に殺気と呼ぶには、あまりにも醜悪で毒気を含んでいた。
途端に、ロシュに緊張がはしった。
「……え、あ、遠慮しときます」
「あら、どうして? あんた、ミハイを殺そうとしたくせに」
リディアの瞳が妖しく赤く光り、ロシュは自分の命が風前の灯火だと言うことを一瞬にして悟ったようだ。
距離にして、まだ数メートルは離れていたはずのリディアが、瞬時に彼の眼前に現れ、その小さな手が彼の首を掴んでいた。同時に、ロシュの両ひざが床を強かに打った。
幼い少女の体のどこにそんな力が潜んでいるのか、リディアは片手でロシュの首を強く握り締めて、彼をひざまずかせていたのだ。
ヒューヒューという笛のような小さな音は、気道を塞がれたロシュの口から漏れていた。そして、ゴキッと嫌な音が部屋に響き、彼の首は直角に曲がった。
リディアが彼の胸を軽く押すと、その身体は何の抵抗もなく床に叩きつけられた。
舞い上がった埃の合間から覗く血の気の失せた顔は、そんなバカなといった不思議そうな表情を浮かべていた。
「リディア……お前が手を汚すことはない。何度も言わせるな」
ミハイは大きなため息をつき、リディアの頭の上にそっと手を置いた。
彼女が人を手にかけることはもちろんだが、人外の力を容易に操る様を目の当たりにすることは、彼には耐えがたかった。たとえ、身を守るためでも、初めて見るものではなくても、受け入れ難いことだった。
ミハイにとって、リディアは大切な娘であり、唯一の家族であり、生きる理由だった。彼女の天使のように愛くるしい姿は、幸せだった頃の記憶を絶えず呼び起こすのに、当の本人は闇の住人になり果てていることが、ミハイの胸をかき乱し続けているのだった。
「頼むから、何もしないでくれ……」
「また、それ? でも、私はミハイに怪我させたくないの」
「俺はお前の守護騎士だ。俺が戦わなくてどうする」
「あら、素敵。守られるって快感ね。でも、コイツはだめ……」
ミハイの眉が歪む。やはりかと、唇の動きだけで呟いた。
リディアは、倒れているロシュのわき腹を蹴り飛ばした。
「さっさと起きなさい。それとも心臓をえぐり出されたいの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます