第29話 納得②

 しばらくって、仕事終わりのカフェに沢村花穂を呼んだ。前に来たあのカフェのテラス席で。

「久しぶり」

「元気?」

「まぁまぁ」

 少し話はぎこちない。久しぶり過ぎてなのか、もしくは何かを意識いしきしてなのか、どっちか分からなかった。話したいことはあったのに、いざ前にすると切り出しにくい。

「あ、あのさ」

「ん? 何」

「俺、今まで休みの日とかって外に出てたの。洋服とか靴とか、買い物したり映画観たり、ご飯食べて帰ったり」

「うん」

「仕事帰りは、合コン行ったりして楽しんだりさ」

「ふっ」

 沢村は、吹き出した。そして、慌てて

「そうだよね、あの時も大変だったもんね」

「ああ、忘れてたけど。俺が水かけられた時ね」

 初めて会った時は、水をぶっかけられた。

「でもさ、なんか最近、家で自炊じすいして、弁当作って会社に持って行って。あんまり、合コンとかも行かなくなっちゃったんだよね。なんか、地味じみになったのか、ダサくなったかな」

「なんで?」

「まぁ、お金は使わなくなったんだけどさ、それでいいのかな。前と変わっちゃったことに自分でも戸惑とまどっててさ」

「そっか」

 沢村は、カフェオレを飲んだ。いつもは、こんなこと人に話さない。なかなか、腹割はらわって話せる人なんていない。何を言われるか分からないし、どんなことを思われるか怖いから。いい顔して、面倒めんどうや話が重いことはけたかった。


「私は……」

 一言ひとこと、言いかけて止まった。少し、考えて。曖昧あいまいな空気が流れる。でも、俺はかすことはしなかった。彼女のタイミングで、待っていられた。大きく息をくと続きを、ポツリポツリと話した。


「私は、まわりが当たり前のようなライフイベントとか、常識とか、きっと出来なかったりするんだろうなって思って生きてる」

「どうして」

「う~ん、周りが言う、家が裕福ゆうふくとか一般家庭とか中流ちゅうりゅうとかじゃないから。最初は、そんなの関係無いやって言い聞かせてたけど……」

 背を少し伸ばして、遠くを見つめた。

「社会に出て、働いて、あらゆるというか見えない差を感じた時、ああ経済力とか大事なんだなって、言い訳にしたくないんだけど」

「うん」

「あっ、ごめんね。えっと、私と会ってからだよね。料理したりとか、味噌汁みそしる作ったり、弁当作ったり。それが無ければ今まで通りってことだよね」

 話がれてしまったと思ったのか、沢村は慌てて話しを戻した。

「えっ、いや……」

 俺はあわてて、否定ひていしようとしたけど沢村は続けた。

「えっと、月本君だっけ。楽しめる時は、楽しんだ方が良いよ。そんなの後からでも、いつでも出来るんだから。私みたいに、あっという間に、おばさんになっちゃう。うん、えっと……私の言ってることは貧乏びんぼうくさいから」

「待って、そんなこと思ってない」

 急に、沢村は距離を置いた。初めて名前を呼んでくれたけど、ちょっとよそよそしい。なんか、マズいこと言ったんだっけ。明らかに様子がおかしい。なんで? そんな自分で、おばさんって。俺は、動揺どうようしながら伝えた。


「俺、自分が変わってることは正直、戸惑とまどったけど、貧乏くさいなんて思ってない。逆に、こんな話出来る人いないし。そんなに俺と年齢、変わんないでしょ」

「ううん。もう40だもん」

「は?」

 俺は、一瞬、頭がフレーズした。ちょっと待て、目の前にいる女性が40。何が?年齢ねんれいだよな。えっ、今の40って、こんな感じなの。年上だと思ってたけど? はっ? そして、パニックになった。待て待て、俺はまだ30になるかなってところだぞ。あっ、俺の精神年齢せいしんねんれいが高いのか……違う、そういうことじゃねぇ。

「えっ、なんで俺と買い物とか行ったの?」

「えっ、計量スプーン欲しいって言われたから」

「いやいやいや、俺とスーパーにも行ったじゃん」

「あ~、行ったね。なんでだっけ?」


 フフッ、沢村が笑った。俺は、少しイラっとした。俺の時間とトキメキを返せよ。トキめいた自分がバカみたいじゃね。何を、俺は考えていたんだ。かかっていた魔法がけたかのように、サーと冷静になった。


「だから、嫌でしょ。こんな化粧っ気もなくて、年だけとっちゃって。ごめん、そんな……言い出しにくかったから、私からは連絡しなかったの。嫌ならこれで…」

 少し、寂しそうな彼女の笑顔を、俺は見逃みのがさなかった。少し、そっぽむいて話題を変えようとした。


「べ、別に、驚いただけだから。あっ、そのデカいリュック何なんだよ。いつも、何が入ってんの。重そうだけど」

 デカいバックパックをに目線めせんうつした。

「あっ、これ? いつも仕事帰りにジムに行ってるから。着替えとか……」


 話し始めた瞬間に、俺は顔をおおってしまった。もう、俺って奴は。嬉しさと恥ずかしさで気持ちが舞い上がってしまった。40だぞ。顔がニヤけるのを我慢がまんできずに両手でおおった。


「何? どうしたの」

「もう~! 俺と一緒じゃん。何だよ、ジムって。そんな顔してないだろ」

「どういう顔?」

「ごめん、ちょっと取り乱した」

 ふ~っ、俺は大きく深呼吸しんこきゅうした。笑っちゃいけない。でも、笑ってしまう。沢村はそれにツッコんだ。いたずらっ子の顔をしながら

「なに? 何、急にどうしたの。月本く~ん」

 少し、ひじれて来る。その声が、甘くて優しかった。

「ジムに行ってるんですか? あっ、会社の方? そっち?」

「違う、運動の方。面白おもしろくない」

「うるせぇな、言ってみただけだよ」

 もう、本当、上手く立ち回れない。待って、俺、本当はもうちょっと上手く出来る。


「健康診断で、運動不足で引っ掛かったんだ。だから、それで始めたの」

 ああ、理由も現実的だ。そうだよな、きっとそういうお年頃なんだろうな。

「月本君は?」

「俺? 俺は……モテたいから」

「そうだろうね、そんな気がした。私ね、休みの日、ジムに行く時、お弁当持ってくの。水筒すいとうと。今ね、食べれるところがあるから、すごいよね」

「ちょっと、待って。俺、初めて聞いたよ。ジムをピクニックのように行く人。水筒って、マイボトルって言えよ。ラウンジな、頼むから。もう、何なんだよ……」


 彼女のかざらない人柄ひとがらに、俺はあきれつつも笑ってしまう。ありのままの俺を受け入れてくれる。こんな俺でも。カッコつけなくても、話を無理に盛り上げなくても、こんな些細ささいな事で、よろこび笑い合えるんだ。





























































































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