幕間6 ゆめ

「やっほー、ケト!」


 花畑の中だった。珍しく、知っている花ばかりが咲いている。彼岸花、スイートピー、クチナシ。どれも、以前みんなと見に行った花壇の中に咲いていたものだ。

 ペルプは膝まで花に埋まっていた。いつもなら真っ先に綿毛やらくっつき虫やらを付けるのに、今日はただ綺麗に立っていたのだ。ため息を吐く。

「……人違いじゃない?」

「久しぶりだっけ? ごめん、もう時間感覚もなくなっちゃって」

 あの日々のように、強い光を持った目で、私を見ている。口元は、微笑みどころではなく笑っている。それなのに、どこか儚い。触ったらまた消えてしまいそうだ。いや、消えたのは――


 次の時には、私の手を引いて、走っている。

「私、みんなより先に思い出しちゃったんだ。ケトのこと」

 横倒しになった木を飛び越える。木の葉の音が、風となって耳元の髪を攫っていく。私はペルプの二つ結びが、同じように風に飛ばされかけているのを見た。

「気づかされた時には、もう遅かった。ケトのこと、助けに行けなくてごめんね」


 次の時には、机を挟んで向かい合っている。

「別に。私のことはどうだって」

「ね、ケトのことを思い出した後、私がどれくらい泣いたか知ってる?」

 ペルプはショートケーキにフォークを刺した。ペルプはペルプらしく、大口を開けてケーキを迎え入れている。私はドーナツを持ちながら、次の言葉を待つ。

「勿論、カルモとかキロロとかに会えないことでも泣いたけど……てへ、セトラのことも忘れちゃってた」


 次の時には、船の上に立っている。

「私、寂しくなかったんだよね。だって、転校するまで、四人で幸せだったんだよ。戦いも減って、色々な問題も落ち着いて、すっごく幸せだった」

 甲板の上、私の隣に立つペルプは突然口を抑えた。目がぐるぐるしている。甲板から見える海の揺れを見て、船酔いを起こしたらしい。それなのに、首を振ると、また私に向き直る。

「……すっごく、後悔してる。ケトがいなくても大丈夫なんて、そんなことあるわけないのに……!」


 次の時には、最初に出会った路地に立っていた。


「別に、後悔なんてしなくていい。私のことを思い出さなければ、幸せでいられたんでしょ」

 ペルプを傷つけそうなことを言った。私は地面に両手を吐いて俯いていた。その場にいるペルプの表情を見ることができなかった。

「うん。ケトのおかげでね」

「だったら――!」

 何かが空を切る音が聞こえる。ペルプが私に手を差し伸べたのだろう。

「ケトがいた時の幸せに、戻ってきて欲しいの」



 ――幸せに永遠なんて存在しない。



「ペルプは、どこにいるの」

 幸せに爪を突き立てる。ペルプを見上げると、笑顔はやはり歪んでいた。

「もー、ケトってば、すぐに忘れるんだから」

 ペルプは、目を細めた。見たことのない表情だった。嘘ではない。私には、このペルプが前のような幻影だとは思えなかった。

「――幕間ゆめだよ」

ゆめ?」

「うん。最近は、ケトとみんなの夢をいっぱい見るんだ」

 がらがらと、地面が崩れ始めた。落ちる。私だけが。ペルプは、私を見下ろす形で続けた。

「夢ってね、辛い物語ゲンジツセカイの休憩時間なんだって! だから、私を助けに来るのは最後でだいじょーぶ!」

 ペルプに向かって手を伸ばす。今だけは望むべきだ、ペルプもいる現実世界を。それなのに、ペルプは手を大きく振りながら、私に向かって声を張り上げる。

「私、ずっとここにいるから! ケトも含めた思い出の中に!」




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