第20話 天啓
「何事だ!?」
「分かりません」
リーダーが慌てて無線機を取り出し偵察隊に連絡を取ろうとする。
ズダダダダダダダダーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドラムのビートを刻むが如き銃声が山々に木霊していく。
『おい、応答しろ。何があった? 応答しろ』
リーダーが必死に呼びかけるが応答はなく銃声が再度響いてくることもなかった。
「総員森に向かって防御態勢を取れ」
「はっ」
兵達は銃を構えビセンの前に横列を作って並ぶ。
「姫は下がっていろ」
ビセンはあおいの盾になるように前に出つつ言う。
「はい」
今ビセンたちの意識は森に注がれて背後のあおいに気を配っているものはいない。あおいは逃げるチャンスと思う。
崖に飛び込めば危険かもしれないがビセン達を振り切れる。あおいはタイミングを測ろうとして自分に向けられる不可思議な気配に気付いてしまった。
何が起きているの?
葬邑の儀式を司る者として確かめずにはいられない。あおいは気配の元を探ろうとする。
森の葉一枚一枚を見分け流れてくる風の感触を確かめつつ風に混じる匂いを嗅ぎ分け味わい森の木々に流れる水の鼓動を聞き取る。
感覚を研ぎ澄ますのと相反するように意識は霧の如く拡散させていき己と世界の境を曖昧にさせ世界と溶け合っていく。
あおいは今までこの領域まで来れたことはなかった。だが今は何かに引っ張られるように、あおいは太古に神の声を聞き人々に伝えた神託の巫女に近付いていく。
身構えるが風が流れるだけの静寂な時間が流れる。
「来ないようですね」
「此方を誘っているのか?」
「別ルートに行きますか?」
森を凝視するビセンにリーダーが提案する。敵が森の中で待ち構えているなら別ルートを選ぶのは常道手段では有るがビセンの顔は渋くなる。
「ここで逃げたら敵に次の奇襲の機会を与えるだけになる。これ以上敵にイニシアチブを取らせるのは面白くない」
「分かりました。兵を2名付けて下さい。私が様子を見てきます」
逃げ腰かと思われたリーダーだがビセンの意を汲み直ぐ様己が行くことを提案する。
「敵に各個撃破のチャンスを与えるつもりもない」
「では?」
「私が2名連れて森に突入する。お前達は姫を守っていろ」
己に絶対の自信を持っているビセンは窮地においては己を頼る。
己は有能であり強い、故にこの世の美を独占する資格がある。
これぞビセンの信念である。
裏を返せば弱い者無能な者に美を手にすることはおろか目にする資格すらないと思っている。そんなビセンにとっては美術館や博物館など汚物の極みでしか無いだろう。欲しいと思えば美術館から美術品を強奪し己のみのコレクションにする。
信念に従い己の有能さ強さを示す為ビセンは窮地において尻込みなどしない、罠も敵も食い破るのみ。そして全てを手に入れる。
闘争、強奪、独占。
「それは危険過ぎます」
「貴様、誰の心配をしている。弁えろ」
「っ。申し訳ありませんでした」
シャポードならここでビセンにもう一度くらい反論したかも知れないが、リーダーではここが限界であった。頭を下げて詫びるのであった。
「ここは見通しのいい平地、これだけの人数がいれば出来るな。
分かっていると思うが姫は俺のものだ。姫の美しい顔に傷が一つでも付いたらただでは済まないぞ」
脅しではない本気である。ビセンの美への執着は人の枠を超えている。神に至る美を手に入れる、その願望を叶えるためにビセンは国際シンジゲートゲッタールに入りその欲望を原動力にのし上がっていき今では大幹部の一人である。
美と命の天秤が釣り合っていると自然に考えている。美が損なわれれば代償に命で償って貰うことに何の躊躇もない。
尤もビセンは恐怖だけで部下を従えているかと思えばそうでもなく、有能な者にはそれなりの見返りを与えもしている。
その事をよく分かっているリーダーは恐怖に魂を震わせつつも褒美を夢見て魂を奮い立たせもする。
「承知しています。命の代えても姫を守ります」
「よかろう。
姫話は聞いて・・・」
ビセンは佩刀していた剣を抜きながらあおいに尋ねようとし、あおいがトランス状態みたいになっていることに気付いた。
「姫?」
「土地が乱れだしている」
「なんだと」
「来ます。この地の国津神に成らんと集まった神子達が私に宿る土地の魂魄を求めて暴走を始めました」
あおいが人間を超越した表情、神の如き表情で告げる。
ビセンはその美に数秒見惚れてしまった。平時ならこのまま数時間でもその美を堪能していただろうが今は有事である。ビセンは未練を捨て現実に立ち返る。
「どういう意味だ」
ビセンがあおいに問い質すより早くあおいが睥睨する先、森から黒い塊が砲弾の如く飛び出してきたのだ。
「撃てっ」
ビセンの判断は早く、訓練が行き届いた兵士達はビセンの命令に疑問を抱くこと無く黒い塊に対して銃口を向け引き金を絞る。
アサルトライフルが火を吹き弾丸は確実に黒い塊に当たってはいるが、その足は止まらない。
「クソっクソ」
「なんでとまらねえんだ」
兵士達は恐慌に陥る一歩手前ながらもその場から逃げること無く撃ち続ける。
5メートル
3メートル
もはや目前にまで迫ってきた黒き塊だったが
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
銃口の寸前で轟音を立てて倒れた。
最初こそ弾丸なぞものともせずに迫って来たが、あと一歩という所でついに力尽き倒れたようだ。
黒き塊。
それは2メートル近い巨大な猪であった。
「獣?
偵察隊は獣に殺られたというのか?」
兵達は倒れたい大猪に銃口を向けたまま近づき銃口の先で突いたりして生死を確かめる。
ここは人の手が離れ野生に帰りつつ有る土地。獣に襲われても不思議ではない。
「姫、杞憂は取り除いた。儀式を再開しよう」
「終わってません」
「何?」
あおいの言葉を合図に森から黒く蠢くものが津波の如く溢れ出した。黒く蠢くものはあおいを達を飲み込まんとまっすぐに向かってくる。
それを見た兵士達は全身の鳥肌が悍け立つ。
「ねっネズミ!?」
恐怖だけでなく生理的嫌悪感を湧きたて迫り来る黒く蠢くものそれはネズミの大群であった。
「うっうわあああああああああああああああああ」
「慌てるな。落ち着いて銃で殺せ」
嫌悪感を飲み込み銃でネズミを撃つがネズミの大軍を前に銃弾で一匹二匹、数十匹殺したところで意味はない。ネズミ達は一心不乱に襲い掛かってくる。これに対抗するなら面攻撃する爆薬や火炎放射器がいるが誤って周りに被害を出す可能性も高い。美の強奪を主とするビセン達にとって忌むべき兵器で通常装備していない。
「ぎゃあああああああああああああああああああああ」
黒く蠢く津波に飲まれた兵士の一人が肌が露出している首筋や耳、鼻などを少しづつ少しづつ鼠達に食い千切られ喰われていく。
「醜きものが私に触れるな」
ビセンは剣のスタンモードを起動させ広範囲に高電圧を放ち鼠を撃退していく。それでも所詮津波を岩一つで堰き止めようとするようなものでジリジリとビセン達は崖側に追い込まれていく。
「これは一体何なんだ?」
それでおビセンはあおいを己の背に庇い続ける。
「このまま私に宿る土地の魂魄を奪われれば、荒ぶる神が生まれてしまう」
あおいは打開策を求めてあたりを見渡し、そのタイミングを狙っていたかのように典型が告げられるように名前を叫ばれた。
「あおいーーーーーーーーーーーーーー」
天より鷹が舞い降りる。
あおいが上を見れば、御簾神が遥か上空からエアバイクで急降下してくるのであった。
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