第19話 不吉を告げる声

 ステルス飛行船「ニュクス」の後部格納庫には数台のエアバイクが並べられていた。 そこにビセンとあおいが連れ立って表れた。

 一切の光を反射しない黒塗りのエアバイクは普通のバイクのタイヤの部分がドローンのようにプロペラに成っていて、前部にはバイクのようにパイロットが跨がり運転を行い、後部には二人くらい立ち乗りが出来るスペースが設置されている。パイロットがエアバイクの運転に専念している間、後部座席の者が索敵や通信、攻撃などを担当する。基本は二人乗りだが、その気になればエアライダー、後部座席に二人、両脇に一人づつの5人を乗せる簡易的な兵員輸送も可能なゲッタールの各種作戦を担う主力エアバイク「シャーク」である。

 シャークが並ぶ中にシャークより一回り大きく白銀に金の女神のエンブレムが施されたエアバイクが一台あった。ビセン専用のエアバイク「ワルキューレ」である。前回は国際警察として信用して貰おうと自己主張が激しいワルキューレに乗るのは控えていたのであるが、事がこうなっては遠慮する必要なしとワルキューレに乗り込むつもりだ。

 ワルキューレの所までビセンは歩いて行くと、あおいの方を向いた。

「どうする? 頂上までエスコートすることも出来るぞ」

「私が最初に根の国の者に襲われたを所にお願いします。儀式が乱れすぎました。そこからやり直します」

 あおいは今日の最初からやり直したい気分で言う。

「作法というやつか。私は儀式が生み出す様式美に理解は有る。まどろっこしいなどと否定はしない。了解した」

 ビセンはこれでもかというほどにハリウッド俳優のように芝居掛かって己の度量の広さを示しつつ恩着せがましく言う。見るものが見ればうざいかも知れないが美形故に中和され見るものによっては崇拝するアイドルにもなる。

「シャポード、分かるか?」

 ビセンは脇に控えていた腹心の部下に尋ねる。ベレー帽を被り厳つい顔をした如何にも軍人風の男である。ビセンなら美人でも傍に置きそうだが、彼は有能という美を見出されビセンに重用されている。

「把握してます。しかし現場は崖崩れが起きたばかりで危険です」

「何の為に我等がいる。あらゆる危険から姫を守ってこその我等だ」

 ビセンがまるで姫を守る騎士のように言うのをあおいは一番の危険はあなたよと白けた気分で聞いている。

「失礼しました」

「よし。

 そこまで姫を案内しよう」

 ビセンは後部座席に乗り込むとあおいに手を差し出し、あおいはここで機嫌を損ねてもいいことがないと諦めた愛想笑いを浮かべビセンの手を取った。

 ビセンは差し出されたあおいの手を引き後部座席に乗せると高らかに宣言した。

「全機発進だ」


 ニュクスの後部ハッチからエアバイクが4台飛び上がっていく。シャークの3台には4人が乗り込んでいるようである。滑るように滑空していくエアバイク隊はほどなくあおいが根の国の者に最初に襲われた場所に辿り着いた。道は崖が崩れ塞がれていたがそこはエアバイク、土砂崩れを飛び越えた先に着陸した。

 4台のエアバイクが着地しアサルトライフルで武装しバックパックを背負った兵士達12名が辺りに展開して警戒態勢を取る。

「ここでいいかね」

「はい。ありがとうございます。では護衛をお願いします」

 あおいは護衛に力を込めて皮肉げに言うと安全ベルトを外し後部座席から降りた。そしてスタスタと一人で中断された儀式を再開すべく歩き出す。

「おい、二人ほど先行しろ」

「はっ」

 ビセンに命令され兵士二人が小走りしてあおいに先行して行く。

「ビセン様」

「どうした?」

 ビセンとあおいの間が開いたタイミングを見計らってシャポードがビセンに潜めた声で話しかける。

「浦原の残した作品の調査に向かった部隊からの定時連絡が途絶えました」

「なんだと」

 ビセンの秀麗な顔が僅かに渋面する。

「それともう一つ現場処理をしていた部隊も戻ってきません」

「彼奴等の別の部隊に襲われたのか?」

「それはまだ不明ですが、この一帯にまだ敵がいることは確実です」

 その不明の敵こそ御簾神である。ビセンは認識してないが御簾神の方では完全に認識して動いている。これぞ御簾神が握る唯一のアドバンテージであり、今もどこかで鷹の如く獲物を襲うタイミングを見定めているのであろう。

「放置は出来ないな」

 ビセンは自分が描いた完璧な絵図に不確定さが紛れ込んだのを感じる。

「どう致しますか?」

「姫の護衛も有るそんなには部隊を割けないな。

 部下を一人付ける。シャポードお前がシャークで現場処理をしていた場所に向かえ。事態の把握が急務だ」

「此方が手薄になりますが」

 シャポードは主を案じるように言う。

「私がいる。心配などおこがましいぞ」

 ビセンは怒気を込めて言う。

「失礼しました」

「それにこれは信頼する者でなければ任せられない」

「そこまで言われましたら従うしかありませんな」

 ビセンもシャポードには気を使っているのかフォローを入れ、シャポードも主にそこまで気を使われては従うしか無い。

「この場には1人残り待機。何かあれば連絡する。残りはこのまま姫の護衛を続ける」

 尊大で傲慢のようなビセンだが対処は細かく素早い。そうでなければ国際シンジゲートで幹部は務まらない。

「了解です」

 それぞれが動き出し、初動で護衛部隊は14名から11名に減ってしまった。それでも完全武装している優位を自信にビセン達は隊列を組み進み出すのであった。


 元は舗装されていた崖伝いの道を歩いていたがやがて登山道に入り、狭い山道を隊列を伸ばしながら進んで行く。幸い斜面で木々は斑で見通しは悪くない。それでも奇襲を警戒しつつ進んでいくと、やがてストリートバスケが出来るくらいの広さの平地に出た。目的地に着いた訳では無いが開放感に兵士達の表情が和らぐ。

 観光地として栄えた頃には展望スポットとして賑わっていたのであろう。反対側は切り立った崖で視界を遮るものはなく緑の山々が連なり醸し出す絶景が広がっていた。

 進む先には高い木が鬱蒼と茂る森があり、道は森の中に伸びている。

「先の森が嫌な感じだな」

 これが敵がいないハイキングなら左右を高い木に挟まれて伸びる道で都会の喧騒を離れた森林浴を楽しめたであろう。だが今はそうはいかない。奇襲を掛ける側にとって視界を遮る木々は味方であり、される側にとっては嫌なことこの上ない敵である。

「2人、偵察に向かわせろ。偵察が終わるまで本体はここで休憩を取る」

「了解しました」

 ビセンはシャポードの代わりになった部隊のリーダーに命じ、命じられたリーダーは部下に指示を出しに行った。

 ビセンが部下に指示を出している中、あおいはここからの景色を俯瞰するように見ていた。その横顔は人を超えた存在のように凛々しく、しばし見惚れた後にビセンはあおいに話し掛ける。

「葦原の姫」

「なんですか?」

「偵察隊を出す。それが戻るまでここで休憩とする」

「敵ですか?」

「分からないが未知の敵が潜んでいる可能性が高い。姫の安全の為だ」

「分かりました」

 眼の前の男以上の敵はいないと思いつつもあおいも思うところがあるのか体力を回復しておこうと素直に従った。そしてかつて観光用に設置された石のベンチに座り、自分で用意しておいた水筒の水を飲みだした。

 人心地する時が流れその弛緩を破るように

「ぎゃああああああああああああああああああああああああ」

 森から不吉を告げる悲鳴が響いてくるのであった。

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