カフェ・アンプデモア
真白透夜@山羊座文学
第1話 アンプデモア
カフェレストラン『アンプデモア』。フランス語で「小さな恋」という意味だ。
昼は限定ランチとスイーツ、夜はカジュアルディナーと気軽にお酒も飲めるオシャレなお店。お客さんはほぼカップルと女性で、いつも賑わっている。美味しい食事と雰囲気もさることながら、ウエイターの
整った顔立ちに優しいオーラ。なじみのお客さんの好みをよく覚えていてメニューをおすすめするというデキる男だった。
♢♢♢
花や植物の装飾、ファンシーな置物が並べられたとても可愛らしい店内。お店の雰囲気は好きだったが店内を見回すと女性客ばかりで、男の那央は戸惑った。
入ってしまったからにはただ帰るわけにはかない。とはいえ店には居づらく、スイーツを買って持ち帰ることにした。
「いらっしゃいませ」
橘がレジに来た。那央は橘に笑顔を向けられ思わず見とれた。田舎の高校出身の那央からすれば、橘はモデルか芸能人かと思うほどだった。
「あ、あの、このガトーショコラとタルトを一つずつ……」
お菓子を食べたい気分ではなかったので、親への手土産にと思って選んだ。食べたいカレーは頼まず、食べたくないスイーツを買う。那央は自分のそういう気の小さいところが嫌だった。
せっかくいいお店を見つけたのに自分の性格のせいで勝手に残念な思い出にしてしまう。もう来ないだろうな……と、思っていた時だった。
「もしかして、そこの大学の新入生ですか?」
「え、はい。そうです」
「不動産会社の袋持ってたんで、もしかしてアパート探ししてるのかと思って」
「はい。今、契約してきたとこなんです」
「そうなんですね! いいところが見つかって良かったですね。入学、おめでとうございます」
橘が再び優しくほほえんだ。思いがけない場所での「おめでとう」に那央はドキリとした。
那央にとってこの大学は猛勉強が必要なレベルで、親からは何度も進路を変えるように言われたし、先生たちも最後まで心配していた。勉強は意地でやったようなものだ。だから合格したときは大げさではなく、飛び上がるほど嬉しかった。
橘は挨拶程度に言ったのだろうが、橘の言葉で本当に大学生になるんだと実感が湧いてきた。那央も自然と笑みがこぼれて、ありがとうございますと返した。
「すみません、急に立ち入ったことを聞いてしまって。私もそこの大学生で、今二年生なんです。だから、同じ大学だったら嬉しいなと思って、声かけちゃいました」
これは……新しい形のナンパなんだろうか。自分みたいな冴えない奴にイケメンが優しく話しかけてくれる。なんだかこそばゆい。
スイーツは丁寧に袋に包まれた。
「お会計は」
「あ! あの……!」
那央は橘の会計を遮った。
「ランチカレーも食べていきます……」
ついイケメンに課金を決めてしまった。橘の顔がパッと明るくなる。
営業上手だ。自分の接客でお客さんが注文してくれるなら、そりゃ嬉しいだろう。
「それは良かった! もしかしたら、女性ばかりなので、入りづらいのかなと思って。今日のカレー、新メニューなんですけど、本当に美味しいんです。せっかくだから食べてほしくて」
橘は自分がカレーを食べることを喜んでくれていたのだ。那央は自分の考え方が恥ずかしくなった。
橘に案内され、店の奥へ入る。彼の白いシャツに黒いベストとパンツ姿は、貴族に仕える有能な執事のようだった。
橘は那央の注文を受けた後、満席になったお店を手際よく回していた。料理を運び、軽く談笑し、気をよくしたお客さんからの新たな注文をとる。皆も、ついカレー課金をした自分と同じ気持ちなのかな、と那央は思った。
まもなく橘がカレーを持ってきた。「ゆっくりしていってくださいね」と声をかけられる。
カレーは橘のおすすめの通り美味しかった。
橘はお客さんから話かけられ、愛想よく応じている。那央はその姿をぼうっと見つめていた。
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