第55話

「せ、先生……なの、ですか……?」


 鋼鉄の中から聞き覚えがある声にピークコッドは思わずもう一度訪ねてしまう。

 学院から姿を消し、何処かへと行ってしまったと思われたピークコッドの恩師が何故ここにいるのかという疑問が浮かんだがそんなことはどうでもよかった。

 ずっと探していた人がやっと見つかった。その感情だけが心を支配していた。


「本当に先生なんですね! お、俺、ずっと先生がいなくなった後、先生が帝国の方に向かったっていう噂を聞いて、それでずっと探してて……それで……」

「……そうか。心配かけてすまなかったね」

「……っ!」


 自分よりも他人を気遣うような物腰の柔らかな声色は姿を見せなくても正しくピークコッドの知っている先生であり、それは疑いようがなかった。

 戦場というこの場で緊張による胸の鼓動が早いが同時に安心感も沸き起こるこの感情は不思議な感覚であった。


「よかったです、その……無事だったようで……。そ、それでこれってどういう……?」

「ああ、これかい? これはね魔導アーマーの一種で魔導ゴーレムというものだよ。最も、これは試作型だけどね」

「せ、先生……?」


 目の前にいる先生はピークコッドの疑問に対して戦場という異様な空間の中で妙に気分が良い声で答えていった。


「あの、それって……」

「実はねピークコッド君、これを造ったのは私なんだよ。元々魔導兵器はオルトラン様が設計したものだが、そこには私のアイディアも詰まっている。これもそうさ」

「あ、あの……」

「急に姿を消して本当に悪かった。しかし帝国あっちから突然、私にスカウトが来たんだ。最初は罠の可能性も考えたけど私は行くことにしたんだ。君に黙っていたのは向かうにしてもリスクがあるから敵対している帝国側に行くことを周囲にバレるわけにもいかなたったからね。訳を言わずに消えたのは今でも申し訳ないと思っているよ。放棄した私の研究を尻ぬぐいする羽目になっただろうから」

「それは別に……」

「しかし……帝国は素晴らしい所だぞピークコッド君。ここでは意味を成さなかった私の研究が帝国では求められていたんだ。こんなに……嬉しいことはなかったよ……!」


 先生の様子が明らかに変わるのを見てピークコッドの背筋に悪寒が走る。

 確かに目の前にいる無機質な塊の中から聞こえるこの声は先生のものだが本当に先生なのだろうか? そんな疑問が過ってしまうほど彼が変わっていたという事実を心が否定したがっていた。


「こちら側だと私はね、魔導技術部の副支局長を任されているんだ。周りを見てくれピークコッド君。私の研究が技術となって、あんなにも存在している!」

「先生……」

「さっきも言ったが今はこの魔導ゴーレムの実践投入のテストをしてるんだ。キメラ兵を造ったのを流用してモンスターで生み出した人工筋肉を魔結晶でブーストすると並みのドラゴンなら十分対応できるなんて本当に……」

「先生っ!!!」


 黒い煙が未だに舞っているこの場でピークコッドの叫びが先生の話を遮る。

 先ほどまで嬉しそうに語っていた先生の様子は一遍し、暗く、無機質な視線がこちらを見下ろしているのを感じると震えが止まらなくなっていく。

 緊張、喜び、戸惑い、疑問。様々な感情が喉に熱を帯びらせ詰まらせるような感覚に意識が飛びそうな気分になったがピークコッドは腹に力を込めて気を持ち直し、沸きあがるこの気持ちを声に出した。


「先生はそんなことをするために、帝国に行ったってこと、ですか……?」

「……そう捉えて構わないさ」

「な、なんでですか! 先生の研究って魔力をうまく扱えない人でも役に立つ魔道具に繋がるっていうのじゃ……! これじゃあ人を傷つけてるモノを作っているだけじゃないですか!?」

「……ピークコッド君、私はね。学院で教鞭をとる以前に研究者なんだ。研究は常に結果を求められるが見合う価値がなければ捨てられるモノなのさ。世間でいう世捨て人や何かに没頭する者がを受けているか、君になら分かるだろう。この世界に溢れ、流れている魔力を識るというのはそちら側ではそのカテゴリーに過ぎなかったということさ」

「…………」

「そんなことよりも君とこんな場であったがここで会えたのはいい機会だ。ピークコッド君、今からでも帝国こちらに来ないかい?」

「……えっ? それってどういう……」

「意味はそのままだよ。君を僕の助手として向かい入れたいんだ。何、あっちでの席はちゃんと私が準備するから心配しなくていい。私の上司は今は魔導将軍の地位にいる。彼に私から話を通せばそれぐらいはやってくれるはずさ。だから何も心配はいらないよ」

「…………」


 身上事情をつまらなさそうに話していた時とは一変して先生はさっきと同じ優しい声色でピークコッドに話しかけながら巨大な手を前に差し伸べていた。

 眼前に迫ったそれを見て思わず動揺したがピークコッドの横で何かの音が聞こえる。

 そこには黒い煙で未だに苦しんでいるラティムが体を地面に倒れた様子であった。


「……くッ!!!」

「……!!」


 ピークコッドは彼の姿を見て一瞬過った誘惑を払うように先生の手から距離を取り、拒否の姿勢を示しながら自身の手から魔法陣を発現させた。


「ハァ……! ハァ……! 先生、質の悪い冗談っていうのはね……俺、嫌いなんです……!」

「だいぶ混乱しているようだね。まぁ無理もない。なにせこんな場で話すことではないからね」

「先生! 今すぐここから手を引いてください! じゃないと俺、撃ちますよ……!」

「君程度の魔術でこの場がどうにかなると思っているのかい? くだらない見栄のために虚勢を張るのは滑稽にしか映らないよ」

「先生ッ!!!」

「これは君にとって最後のチャンスなんだよ? 私を信じてついてきた君を優秀だと評価している。君の横を見てみなさい。このドラゴンは私の魔導ゴーレムに力で追いつかれたという事実を。それは数少ない竜騎兵もすでに過去のモノになりつつあるということも。ピークコッド君、今は時代が変わろうとしている時なんだ。こんなドラゴンなんて放っておいて私と一緒に来なさい」

「ううっ……ああああっ!!!」


 先生の挑発に乗るようにピークコッドは手から無属性の魔術【魔術矢マジックアロー】を数発放つ。

 今のピークコッドは理性的ではなかった。自分の魔術程度じゃ意味がないということは分かっていたがそれでも撃った。横で苦しんでいるラティムを含め犠牲になった竜騎兵たちを先生は貶したのだ。

 撃たずにはいられなかったのだ。


「無駄なことを……」


 怒りを込めた【魔術矢マジックアロー】を先生は魔導ゴーレムの片手でいとも簡単に打ち消していく。

 だが先生は気が付かなかった。巨大な手を目の前で翳したためか視界が遮られており、さらに青い粒子となって四散するピークコッドの魔術が目くらましになっている。

 彼の魔術の裏から巨大な青い火球が迫ってきたことに一瞬、気づくのが遅れた。


「な……っ!」


 翳した手をすり抜けてラティムが放った青い火球が魔導ゴーレムの上半身に直撃する。

 その炎は業火となり魔導ゴーレムの体を包み込んでいった。


「ぐっ! この力……まだ動けたのか……!!」

「ラ、ラティム……!」

「……!」

「しかも火力は……! 不味いな、さすがに熱で暴走しかけている……! 今回のところはこれで引き下がるしかないな」

「先生ッ!! 逃げるんですか!?」

「君も私のように熱くなっているようだねピークコッド君。この魔導ゴーレムはまだ試作の段階なんだ。もう十分にテストはできた。動けなくなる前に消えるとするよ。それに……二つ目の"目的"も完了した。もう用はない」

「二つ目……?」

「ではさよならだ。ピークコッド君」


 先生はそう言うと巨体を動かして戦場から姿を消していく。

 気が付くと周囲にあった黒い煙はすでに薄くなっており、先生が撤退した方向には帝国兵たちの姿が見えなくなっていった。


「二つ目ってなんだ……?」


 助かったことよりも先生の言ったこの言葉にピークコッドの頭の中に疑問を残す。

 ふとピークコッドは周囲がよく見えることに気が付くと、その煙は何処へ行ったのかという疑問に対しての答えはすでに出ていた。


「ラティム……?」


 黒い霧の向かう先はピークコッドの横にいる存在。

 そこには紫色の体色がヘドロのように濁った色へと変色したラティムの姿が目に映ったのだった。

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