第54話 無力な暗躍者

 ディクスンの獲得可能なクラスの中には、密偵というものもある。

 斥候などと似たようなものだが、どうも特に戦争や諜報に向いたものらしい。

 だが段階としては初級のクラスで、ステータス補整も少ない。

 ならば一度手放した、剣闘士をもう一度獲得した方がいい。

 ただクラスによって、獲得出来るスキルや、ステータスの補整値も変わってくるのだ。


 基本的には戦闘系のクラスを選んでいるディクスン。

 だが魔法戦士と神官はともかく、その後に選んだ荷役や探索者は、便利さや生存能力を高めるスキルを得るために選んだ。

 次の暗殺者も、戦場から離脱するために選んだと言ってもいい。

 何か倒さなくてはいけない人間が出来れば、正面から対決するのではなく、暗殺でもって対応する。

 前世の自分の人格が影響しているのだろう。


 やっと剣闘士のクラスを取ったら、今度はそれを魔導師にチェンジ。

 とにかく生存能力を高めて、そして有益性も高めていった。

 今回のような仕事を請け負っても、暗殺者というクラスのスキルは役に立つ。

 暗殺ではなく、密偵としての諜報活動を行うために。

 常にまず、生き残ることを考えるディクスン。

 だが困難な状況に臨むと、それを正面から乗り越えろという、自分の人格の内なる声が叫んでいる。


 前世の自分が足を引っ張る。

 だがこれまた前世の知識により、安全な手段を考えるのだ。

「国がどれだけ監視をしているか、魔法で分からないかな?」

「そういう恩恵持ってないの?」

「持っているけど漏れがあるかもしれない」

 どれだけ感知能力を高めても、それを上回る監視者の存在を、ディクスンは否定しきれない。

 臆病なのだ。


 前世の知識と、人格までを受け継ぎながら、記憶は消したディクスン。

 知識だけの方が、よほど上手く活用出来たのではないか。

 巨大な後悔と自己嫌悪が、人格の根底にある。

 それでいていまだに、保身を第一に考えるのだ。

 なにしろこの世界は、前世の自分の環境と比べて、あまりにも危険すぎる。


 毒や病気に対する、一般人の抵抗力は低い。

 もっとも病気に感染すると、逆に抵抗がつくあたり、これは前世にも少しあった現象だろうか。

 一度かかれば抗体が出来て、かからなくなる病気はあった。

 病気耐性スキルは、それとは全く違うものだが。

 魔物の存在があり、戦うことでエネルギー問題を解決出来る。

 そして人間同士も、それなりに争っている。


 中央で政変が起これば、辺境にも影響がある。

 一応辺境は辺境だけで、生活が成り立つ程度の生産力は持っている。

 しかし余裕をもって生きるためには、やはり交易などが必要となる。

(どの世界のどの時代でも、どこかでは戦争が起こっているもんだ)

 戦争が起こってはいなくても、治安が悪いことは普通なのだ。

 ならばディクスンも、中央に混乱が起こらないよう、体制側で動くべきであろう。

 立身出世を狙うならば、むしろ乱世を望むべきなのだろうが。


 ただこの世界は、邪神のみならず魔王までも存在する。

 邪神の復活は一度きりであったが、魔王は魔族を束ねる存在として、何度か誕生しているのだ。

 そしてそれと戦うためには、人間側はまとまらなければいけない。

 世界の危機においても、実際はまとまらなかったらしい。

 さすがに邪神復活の折には、まとまらなければ絶滅しそうであったので、ほぼ助け合うことに成功したのだが。

 それも歴史には裏があるだろう。




 ディクスンにとって魔法は、あくまでも手段の一つ。

 実際の戦闘では、近距離で戦う場合、槍と斧を組み合わせることが多い。

 人型の小さなものであれば、短剣を使ったりもするが。

 少しこだわって作ってもらったのは、曲剣である。

 受けにも使えるように、片刃にしたものだ。

 日本刀に近いものだが、強度はより重視している。

 体重が軽い今は、まだ扱いきれていないものだが。


 ディクスンと違って、魔法が目的そのものになっている人間も、この世界にはいくらでもいる。 

 ミスティアはそういう存在であり、そして魔法を追及していけば、やがて世界の神秘にも触れることになる。

(異世界転生者の中でも、この世界を知っている人間は、初めて会った) 

 こちらの世界の実際にあった歴史を、物語として伝えたとディクスンは説明した。

 ゲームと言っても意味が分からなかっただろうから。


 ダンジョンは邪神の降臨と共に、この世界に出現した。

 そして100層を超えるダンジョンは、一つの独立した世界に近い。

 あるいはその果てに、他の世界に至る扉があるのか。

 実際にダンジョンの研究から、転移の魔法は生まれたりしている。

(邪神を滅ぼすことは、逆に世界をも滅ぼす)

 だからこそ復活した邪神も、消滅させるのではなく、封印することしか出来ない。

(千年や二千年後でも、どうせまた邪神は復活する)

 復活させてしまうのが、人間や魔族の業と言えるだろう。


 200年前の内乱の時代、混沌の血統がどうして、野望を持ってしまったのか。

 それをミスティアは知っているし、だからこそ珍しくも人間社会に、かなりの干渉をしようとしている。

 もちろん共同研究者に近い、ディクスンを守る必要も、ある程度は感じているが。

 そんな彼女は冒険者ギルドの近く、混雑した店の中で、もりもりと食事をしていた。

 細いミスティアであるが、実際のところはよく食べる。

 そして同じテーブルの対面に、ひっそりと座る老人。

 見逃されない程度に、存在感を抑えている。


「あの子は……実際には子供とは、思わないほうがいいけど」

「異世界からの転生者など、神殿に知られればややこしいですからな」

 神々が存在する世界。

 それがこの世界だと、間違いなく言えるのだ。

 なぜならば異世界転生する折に、神々に遭ったという人間が、それなりに多かったのだから。

「暗殺者は神殿が?」

「あそこは魔窟でありましょう」

「どこでも暗部はあるからね」

 あるいは王国自体よりも、厄介であるかもしれない組織。

 国の暗部であるならば、ギベリウスの力で抑えられるのだが。


 ミスティアとの挨拶もそこそこに、二人は話し合っていた。

 今のミスティアの名前を、ギベリウスは知らなかった。

 だが鉄級の冒険者など、そんな枠に収まるはずもない。

 分かってはいたが、人間の世界で生きるためには、上手く素性をごまかしていくしかない。

「奇跡の権能を管理してもらうためには、どうしても必要ではあるけど」

 過去には神殿勢力が強くなりすぎ、そのために魔王が誕生し、政治への影響力を弱める必要もあったのだ。


 つまらなさそうな、あるいは面倒そうな、ミスティアの表情。

 ギベリウスの知る彼女は、昔から全く変わらない。

 魔法とはそもそも何なのか、それを知りたいと考える魔法使い。

 多くの魔法使いは、確かにその基礎研究を、やっていたりもする。

「王国の方は大丈夫かな?」

「そちらは儂の力も及びますからな」

 魔法使いの中には、俗世から距離を置く者もいる。

 ギベリウスはその中で、俗世をちゃんと利用して、魔法を研究している者だ。




 ディクスンの知らないところで、事態は動いている。

 むしろ一人の貴族の子供が、事態の解決が出来るとは、思ってもいないであろうが。

 戸籍については王国以上に、神殿の方が詳しく調べている。

 なぜなら多くの場合、クラスを授かる時に、神官の奇跡が必要であるからだ。


 人間にとって好意的で、その成長と文化を見守りたい、と考える神。

 それとは対照的に、世界の状況を維持するのみ、として存在する神もいる。

 多くの人格神は、新たに神となった人間が多い。

 かつての神々の数は、それこそ少ないものであったのだが。

 魔法の方を信じる魔法使いも、神への祈りを捧げないわけではない。

 ミスティアの場合も、奇跡が全く使えないわけではないのだ。


 神といってもその力は様々。

 中には特別に、人間が大好きな神様もいる。

 そして基本的には、不干渉であることが多い。

 神を猛烈に信じる人間ほど、意外と奇跡を使えない、というのはよくあることだ。

 神は意図的に、自分の基準によってのみ、人間に奇跡を授ける。


 魔法の極みというのは、神の力に達するものなのか。

 邪神由来のこの力を、もう人々は便利すぎて、手放すことが出来ない。

 祈りではなく、自分の知恵でもって、世界に関与することが出来る。

 それが魔法の本質である。

 魔力が多ければ、それで強いというわけでもない。

 正しく理解して使えば、わずかな魔力でも強大な魔法使いを、倒すことは出来る。


 そんな神殿が、ミスティアを警戒するのは、もうずっと昔からのことなのだ。

 それでも昔に比べれば、今の神殿はずっとマイルドで、純粋に社会のために機能している。

「潰した方がいいかな? 潰せる?」

「さて」

 ギベリウスは思案したが、本当は即座に応答できる質問であった。

「巨大な力というのはどうしても、下手に消してしまうと悪い影響が出るものです」

 ミスティアには分からない、脆弱な人間の社会であろうが。


 冒険者をやっている、などと言っていた。

 過去にもそうやって、冒険者をやっていたのだ。

「ルナーティア様はどうされたいのです?」

「私はどうとでもするけど、ディーが殺されるのは困る」

 ディクスンの持っている異世界の知識は、簡単に全部教えてもらえる量ではない。

 それに異世界の知識があるからこそ、新しい発想もあるのだ。

「彼の天恵も、普通の魔法使いじゃどうしても、手に入らないものだしね」

 ディクスンが選ばなかった、転生時の天恵の一つ。

 真理への接続という、そんなギフトがあったものなのだ。


 かつてそれを手に入れて、魔王になった存在がいた。

 人間であったが、古くからの神々ではなく、邪神の信徒となったのだ。

 それは邪神の存在を、正しく理解してしまったことによる。

 そして人間の世界を転覆させようとすれば、魔族をまとめるのも当然のことだ。

「神殿は心のよりどころ、便利なものとしてのみ存在を許し、権力を持たせるべきではありませんからな」

「まあそうだね」

 過去の歴史の裏を知っていれば、それには頷くミスティアである。


 ミスティアはギベリウスとは全く別の方法で、真理にたどり着こうとしている。

 彼女だからこそ出来ることで、ギベリウスには不可能なことだ。

 こうやって本当に久しぶりに、会えるだけでも充分なもの。

 しばらくは王都にいるのだから、またその知見を得られるとギベリウスは喜ぶ。

「ああ、それと今は名前が違っているから、ティアとだけ呼んでね」

「魔導王ルナーティアは、行方不明のままですか」

「面倒なんだけどね」

 歴史の陰に没して、それでも自然と名前が売れてしまう。

 ミスティアはその厄介さを、しっかりと理解しているのであった。

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